タナカ

 テーブルシティにはアカデミーへと続く長い階段がある。その途中で腰を下ろし、広場で行われている生徒同士のポケモンバトルを眺めていると隣に誰かが座った。ちらりと横目で見れば、スター団のロゴが記されたヘルメットを被り星型のゴーグルをつけた女生徒が同じように広場へと顔を向けている。俺は彼女をよく知っていた。
 お互いに無言が続いて、二人の間の沈黙を破ったのは彼女だった。

「あんたはわたしと違っていじめてたわけじゃないでしょ」
「たいして変わんねぇだろ」
「それもそうか」
「おい」

 冷やかしにきたのか、と睨みつければ彼女は口に手を添えて笑った。これが彼女なりの励まし方だと解っているから文句を言ったりはしない。むしろ俺に気を遣えるようになるまで心の傷が癒えたのならそれを喜んでやるべきか。

「こんなわたしでも受け入れてくれたんだからさ、怖がらなくても大丈夫だよ」

 膝を抱えた彼女の目はバトルコートに向けられたままだったが、多分見ているのはこの景色ではない。そして頭に思い浮かべている人物も俺とは違う。

「それは、ビワがお人好しだからだろ」
「言い方が気に食わないけど否定できないなぁ。あの子は優しすぎるよ。心配しちゃうくらいに。でもその優しさに救われたからわたしはビワちゃんを守る。ねぇ、ピーニャくんは?」
「あいつは、」

 答えなんて解りきってる。むしろそれ以外にはない。いっそのこと嫌いになってくれたら吹っ切れたのかもしれないけど無理なんだろうな。彼女が受け入れられたように、ピーニャもビワも他の連中だって俺を許してくれるんだ。揃いも揃ってお人好しばかりで困ってしまう。

「はぁ……なんで優しい奴の周りには優しい奴らしか集まらねぇのかな」

 額を抑えて唸る俺に彼女はまた笑った。そして抱えていた膝をグッと伸ばすように立ち上がる。

「あんたが思ってるほど難しくないのかもよ。じゃ、わたしそろそろ行くね」
「おう。タナカ、ありがとな」
「どういたしまして。今度クレープ奢ってね」

 片手を上げて軽い足取りで階段を下りていく彼女にはもうあの頃の暗い影はない。皆、ちゃんと前に進んでいる。俺はどうだろう。少しずつバトルの感覚を思い出してきて、将来のことも考え始めて、と取り上げるのは自分のことばかりだ。これ以上逃げずにピーニャと向き合わなきゃ本当に進めたとは言えないんじゃないか。
 広場のバトルコートではバトルを終えた生徒たちが気持ちのいい笑顔で握手をしていた。



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