ピーニャ

 その日、スター団あく組チームセギンのアジトでは新たに設立されるSTCに向けてのトレーニングが行われていた。バトルの訓練施設として運営側のレベルはある程度の水準は満たされているべきだとピーニャが提案したのをきっかけに各チームもそれぞれに励んでいるようだ。そしてチームセギンでは団のメンバーではない俺が指導員役としてトレーニングに招かれていた。
 団ラッシュでは手持ちのポケモンを三体のみ使用できること、制限時間やノルマがあることなど一通りの説明を受けてから腰に付けたホルダーからダークボールを三つ選んで宙に投げる。ボールから出てきたポケモンたちにピーニャが少しばかり驚いた様子を見せた。

「ナマエくん、サザンドラなんて育ててたんだ」
「あー……丁度あの騒動の頃だったから知らねぇか。従兄からタマゴを貰ったんだよ。で、孵化したのがこの子だ」
「ドラゴンタイプは育成が難しいってよく聞くし、サザンドラは基本的に凶暴な性格してるじゃん?」
「あく好きなら育てられるだろってさ。気楽に言ってくれるよなぁ」
「それでできちゃうキミもマジでヤバすぎっしょ」

 キリッとした眉を八の字にさせて若干引いてるピーニャに笑いながら額の半分以上を覆い隠すヘアバンドに触れる。確かに育てるのには苦労した。モノズ時代に思いっきり頭突きをされてできた傷は今でも額に残ってる程だ。

「あれ? あくタイプじゃない子がいるね」

 足元にちょこんと座って不思議そうに俺たちを見上げている、つい最近になって捕まえたばかりのイーブイを抱き上げる。

「俺が何も考えずにゲットするわけないだろ」
「そっか! ブラッキーに進化させてあくタイプにしちゃう的な?」
「ご名答。招かれたついでに俺もここでこの子ら育てさせてもらうよ」

 俺が選んだのはサザンドラ、イーブイ、そしてヤミカラス。団のメンバーが使用するポケモンたちとの練度の差を配慮し、他の手持ちでは訓練にならないだろうと考えての選出だ。サザンドラもそうと言えるのだが生憎と手持ちが五体しかいないので仕方がない。それに本格的に育て始めようとしていたヤミカラスとイーブイをメインにして戦うから問題はないだろう。

「ってことはナマエくんの手持ちはあとヘルガーとゾロア、で合ってる?」
「ゾロアならもうゾロアークに進化してるぞ」
「あ、そうだよね。捕まえたの入学してすぐだったしさすがに?」

 すると腰のホルダーのボールからゾロアークが飛び出してきた、のはいいのだがピーニャの姿を捉えるなり俺の後ろに隠れてしまった。その様子がどこか警戒しているようにも見えて肩を竦める。

「久しぶりだから恥ずかしがってんのか。ゾロアの時はかなり懐いてたのにな」
「しょうがないよ。キミと仲良かった時のことも、そうじゃない時のことも知ってるなら、さ」
「あー……だな」

 そうだ。ゾロアークにもヘルガーにも随分と心配をかけてしまった。ホルダーに着いているモンスターボールがカタカタと少し揺れ、小さい頃からの相棒が心配してくれていることが解る。感謝するようにボールをひと撫でして、二人の間に流れる気まずい雰囲気にきょとんとしているイーブイを地面へと降ろした。
 なにも事情を知らないイーブイやヤミカラスたちが無邪気に戯れる姿に口元を緩めながら立ち上がると、背中に強い衝撃を受けた。体勢が整わないまま前へと傾く体。視界には驚いた表情を浮かべて咄嗟に手を広げるピーニャ。そのまま受け止められる形で寄りかかったせいで二人とも地面に転がってしまった。

「こらゾロアーク、危ないだろ!」

 地面についた両手で体を支えながら後ろを振り向くとゾロアークはつーんとそっぽを向いていた。機嫌が悪いわけではないようだが、どうしてか様子がおかしい。

「ははっ……いたずら好きなのは変わらないみたいだね」
「わ、悪いピーニャ。すぐに退くから」
「うん。そうしてくれると助かる、かな」

 遠慮気味に肩を押され慌てて下を見ればピーニャは困ったように笑っていた。その顔は少し赤らんでいるようにも見える。急な出来事だったし勢いもあったしで俺の体とぶつかってしまったのだろうか。急いで覆いかぶさるようにしていた身を起こして上から退くと、どこかホッとしたような表情をされた。事故とは言え男相手に押し倒されるのはそりゃ嫌だよな。

「大丈夫か? 頭とか、打ってないか?」

 そう言いながらピーニャが起き上がるのに手を貸せば躊躇いがちに掴まれる。

「平気。むしろ支えられなくてボクってばダサすぎ」
「気にすることでもねぇだろ。結構勢いあったし、俺のほうが背でかいしさ」
「でもナマエくんのほうが体重軽いっしょ?」
「おわっ!?」

 立ち上がり服に着いた砂を落としてやっていると、腰を掴まれてぐっと持ち上げられた。突然の予想外なことに驚いて見下ろせば「ほら?」と可愛らしく首を傾げられる。やってることは全然可愛くない。むしろこんなにも軽々と持ち上げられたことに少しショックすら覚える。出会った頃はヒョロっとしてたくせに。

「お前……知らねぇ間に随分力持ちになったな」
「へへっ。ビワちゃんに特訓してもらってるからね!」
「特訓って、ポケモンバトルのだろ。つーかいい加減に下ろせよ」
「えー、まだよくない?」
「楽しそうにすんな。お前、性格もあくタイプっぽくなってねぇか」
「ほんと!?」
「言っとくけど褒めてないぞ」

 そんなアホみたいなことをしていてすっかりトレーニングのことを忘れていた俺たちだったが、いつの間にかご機嫌になったゾロアークが飛び掛かってきたことにより無事思い出すことができたのであった。

 一方、とっくにそれぞれの配置についていたチームセギンのメンバーたちはというと。

「ボス、仲直りできて本当によかった……!」
「うんうん。ボスは隠そうとしてたけど、ずっとあの人のこと気にしてたもんねぇ」
「んー、でもあれは仲が良いとはちょっと違うような?」
「気のせいだって! あんなに楽しそうならそれでいいじゃん」

 いつでも団ラッシュが始められる準備はできていたのだが、誰一人として声を掛けず暖かい眼差しで二人を見守っていたという。



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