※似非関西弁
※ヒロインが標準語
『美桜からのチョコ、楽しみにしてるわ』
過去にそう言った彼を罵倒してやりたい。
決着は、バレンタインデー
「財前くん!チョコあげる!」
女子特有の、甘ったるい声が私の耳に届く。
今日は二月十四日。
世の乙女たちにとっての、大イベントの日である。
そんな大イベントは四天宝寺中学校も例外ではない。
私の隣の席にいる、テニス部レギュラーの財前光は朝から、ちらほらと女子生徒からチョコを貰っている。
切れ長の目に黒髪。両耳には複数のピアス。
二年生でテニス部レギュラーというだけあって、小柄だが身体には程よく筋肉がついている。
口数は少ないが、この年頃の女の子たちには『クールでかっこいい』というくくりになるのだろうか。
「さっきから、なに見てんねん」
「べーつーにー」
机の上に置かれたチョコを眺めていた光は、私の視線に気が付いた。
そう、私はずっと光を見つめていたのだ。
見つめる、というより睨み付ける、という表現の方が正しい。
私の光に対しての気持ちも知らないでチョコ貰いやがって。
私からのチョコ楽しみにしてたんじゃなかったのかよ。
満更でもなさそうに受け取ってたのが、また苛つく。
カーディガンのポケットに入っている、綺麗にラッピングされた袋を軽く撫でる。
ふんっと不機嫌に窓の外を見ると、曇天が広がっていた。
***
「げ…」
「あ…」
職員室で用事を済ませ、教室の扉を開けた瞬間、男女二人の声が重なる。
前者は大して可愛くもない私の声。
後者は、気だるそうな雰囲気を含んだ声――。
「なんで光が教室にいるの?部活は?」
今日、私がチョコを渡し損ねた想い人。
「雨、降ってるからミーティングだけで終わったわ。美桜、折りたたみ傘持ってなさそうやから」
「光だってないから教室にいるんでしょ?」
「それはどうやろ」
光の隣―もとい自分の席―に座ると、折り畳み傘を手にした光のドヤ顔が目に映る。
「………なんで帰らないの…?」
素直に頭に浮かんだ疑問を口にすると、溜め息をはかれた。なんでだ。
頬杖をついて脚を組んだ彼が、さも当たり前のことの様に呟いた言葉に私の思考は白に染まる。
「美桜からチョコ貰ってないからや」
「は?」
教室の沈黙を、ざーざーと雨音が掻き消す。
光の切れ長の瞳が、私の間抜けな顔を捕えている。
"期待"という言葉が、否が応にも浮かんでしまう。
いつもより大きく、耳の奥から心臓の音が聞こえた。
――聞こえはしたのだが。
…なんでこいつ、こんな上から目線なんだ。
「他の子からチョコ貰ってたのに、私からのチョコ必要?それに、光の分のチョコ用意してないし」
素直にチョコあげるほど、私は優しくありませんよーだ。
欲しかったら素直に言ってほしい。
俯いて、そう発したので光の表情はわからない。
けれど期待していた言葉は、私の耳には届かなかった。
「無いならしゃーないわな」
「……え、」
がたがたと音がして顔を上げると、テニスバックを持って立ち上がった光が視界に入る。
まさに帰る気満々の格好で。
「またな」
無表情のまま、背中を向けた彼が遠ざかっていく。
歩く度に蛍光灯の光が、ちかちかとピアスに反射した。
『美桜からのチョコ、楽しみにしてるわ』
『無いならしゃーないわな』
光は、私のチョコが欲しいのか欲しくないのか、どっちなんだ。
勢い良く立ち上がった私は、カーディガンの中にある、ラッピングされた袋を取り出した。
「はっきりしろ!馬鹿光!!」
そして、思い切り光の後頭部めがけて投げつけてやった。
「渡すの遅いねん。あほ」
見事、チョコがクリーンヒットした後頭部を擦りながら言った彼の表情は、満足そうだった。
Fin.
(このチョコ、ばっきばきに砕けてるんやけど)
(……さっき光に投げちゃったからかな、ご愛嬌ってことで!)
────おまけ
「光、せっかくチョコあげたんだから食べてよ」
「ハート型砕けてるけど、しゃーないから食べたる」
「だから、なんでそんな上から目線――」
「っ、まず!何入れたら、こんな味になんねん…!」
「………光、ぜんざい好きだから、ぜんざい味のチョコ」
「味見してから渡せや」
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