あの子の音は少し特殊な音がする。
炭治郎のようにひどく優しい音でも、伊之助のように豪快で乱雑な音でもない、ずっと、もっとごちゃごちゃとしていて、何かを切望しているような、諦念しているような、ちぐはぐでひどく痛々しい。
そんな彼女はどこか不安定なのに、それでも刀を振るう凛とした横顔はそれを感じさせないほど気丈であった。
彼女とは一度だけ会ったことがある。最終選別の藤襲山でのことだ。
普段でも気の小さい俺なのに、鬼がいる山の中に自ら入るなんて自殺行為じみた事をしなきゃいけない事に若干キレつつも、カチカチと小刻みに震える手でなんとか刀を握る。
鬼特有の音に囲まれた中、ガサガサと茂みが鳴った。
ぎゃああと情けない叫び声を上げ腰を抜かした俺を、好機だとでもいうように涎を垂らした鬼たちが群がるように襲いかかってくる。
すべての時間がゆっくり流れる感覚。
こちらに伸ばされる手も、鬼たちの下賤な笑い声も、滴る涎もなにもかも。
その時、俺は思った。ああ、此処が俺の死に場所かって。
するりと手から抜けた刀がカシャンと音を立てて落ちる。空いた両手で守るように頭を庇い目を瞑る。
今度はこんな殺伐とした世界じゃなくて、平和で平凡な世界に生まれたい。
ぎゃあ、という醜い悲鳴を皮切りに自分を囲んでいた音が少なくなっていた。
恐る恐る目を開けると最後の一匹の首を躊躇なく掻っ切る女の子がいた。
え……?
刀を収めたその子はこちらに来ると大丈夫?と手を差し伸べた。その手を取った瞬間、安堵からかぼろぼろと涙が溢れる。ありがとうとお礼を言いたいのにしゃくりをあげる喉がひりついて上手く言葉にできない。そんな俺を軽蔑するどころか、困った顔で戸惑いながらも隣に腰を落ち着け、ぽんぽんと背中を優しく叩かれる。
「大丈夫だよ、この辺りはもう」
ゆっくりと紡がれた言葉が胸にじんわりと溶けた。
呼吸が楽になって、細く息を吐いた。
「鬼ってこわいよね」
こくんと頷く。彼女は笑いながら「一緒だ」と零した。手はまだ背中に添えられていた。温かい。
「私ね、鬼が憎いとかそういうんじゃないの」
そう話を切り出した彼女はぽつりぽつりと話し始めた。
「家族を鬼に殺されたとか、代々鬼殺隊員でとかそういうのでもない。ただその生き方が、死に方が羨ましいとか、そんな不純な動機しかなくて…」
え、と声を出すと彼女はバツが悪そうに言葉を被せた。音が混ざる。
「ほら、鬼殺隊の人達って信念とか誇りを持って戦ってるじゃない?……でも私にはそんな信念や誇りなんてないから、ちょっと後ろめたいなって」
そう苦く笑った彼女は、なんて事ないといった風に立ち上がった。
ざらりと音が濁った。
「もう大丈夫そうだね」
先程までの苦々しい笑みから一転、ぱっと明るい笑顔に変わる。
声をかけるが早いか、彼女はするりと闇に溶けるように消えていった。
それから俺は一度も彼女に声をかけることも、彼女の視界に映り込むこともできていない。


今日、あの子を見かけた。あの子の音はあの時と変わらずごちゃごちゃしていて、ちぐはぐで、痛々しい。
「善逸、ほら行くぞ」
「……あ、うん」
はっと視線を外す。不思議そうにこちらを見ながら歩き始める炭治郎につられて歩みを進める。
「なあ炭治郎、あの子……」
「あの子?……ああ、確か同期の子だろ?話したことはないけれど……善逸、あの子がどうかしたのか?」
「……あー、うん……いや、なんでもない」
彼女の意志の強そうな音の中に淀んだ音があるのは俺しか知らない。
単発
小指