「ようあんちゃん、ちょっと寄っていかないか」
少し遠くで聞きなれた声が聞こえ、思わず振り返ればそこには見慣れた女が男を客引きしていた。いつもと違う点を上げるとすれば、大層な着物を拵え、薄い化粧を施しているところだろうか。相変わらず腰には不似合いな2刀の刀をぶら下げていたが。
奉行勢力に力を貸す者でありながら、このようなふしだらな行為をするなど許せるはずもなく。まったく、何をやっているんだあいつは、と深いため息を吐きながら女の方へ足を進める。
当の本人はまだこちらに気づいていない様で、揚々と男と話をしている。近くに行けば行くほど会話の内容がはっきりし、どうやら客引いた奴に口説かれているようだった。一抹の苛立ちを覚えつつ、進める足は次第に速くなっていった。
「お嬢ちゃんが相手をしてくれるのかい?」
「残念ながら私は用心棒係でな。だが、お前さんが気に入りそうな子は揃ってるぞ」
「へぇ?そりゃ楽しみだ」
「だろう?ささ、百聞は一見に如かずと言うじゃないか」
にやけ面の男の背を押しながら、ナマエは遊楽の扉の中に消えた。「一名様ご案内ー」とナマエが言う頃には、郷四郎はすっかり扉の前まで来ていた。
そしてすぐにナマエは扉の中から、ひーふーみー・・・と指を折って数えながら出てきた。視線はすっかり指の方に釘付けで、目の前に居るというのにこちらに気づいていないようだった。「おい」と痺れを切らした郷四郎が問いかければ、やっと気づいたようで「おや、郷四郎じゃないか。こんな所で会うだなんて奇遇だな」と笑みを零しながら言った。
「奇遇だな、ではないだろう!奉行に力を貸す者というのにこのような、ふしだらな行為などしおって・・・!」
怒声に怒り肩でまくしたてたが、ナマエは「そんなに怒るな怒るな。たまには町人達と仲良くなることも必要だろう?」と笑ってるだけだった。これのどこに仲良くなる要素があるのだ、と眉間に皺を寄せながら睨むと、ナマエは肩を落として「相変わらず頭が固いな、主は・・・」と諦めた様な口調でぼやいた。
「しかしながらな、きちんと理由があっての行為なのだぞ、これは。・・・だが、安心しろ、もう終わった」
何のことだと声を荒上げる前に、ナマエはちょっと待っていろ、と言うと再度遊郭の扉の中に消えて行った。そして数分もしない内に、「待たせたな」と悠々と煙管を咥えながら帰ってきた。
「・・・で?なぜこのような所で働いていたのだ」
「まぁ、ここでは何だ。飯屋にでも行かぬか?道中で詳しく話そうではないか」
な?と笑みを浮かべながら顔を覗き込んできたナマエに、思いがけず息を呑んだ。今日の衣装に化粧、それに程よく夕焼けに染まったナマエはひどく艶やかに見え、郷四郎は異性として意識せざる終えなかった。心境を読まれぬようサッと顔を逸らすと同時に、「・・・俺は奢らんぞ」と呟くと、ナマエは郷四郎の心境など露知らず、「安心しろ、今日は私のおごりだ」と言いながら郷四郎の隣に並んだ。
しばらく歩くとナマエは口を開き、ケラケラと笑いながら先程の説明をしだした。
「さよとな・・・いや、郷四郎には天原の名無しっ子と言った方が分かりやすいか。ま、名無しっ子と遊郭で遊んでいたら、壷を蹴り壊してしまってな。舞風に働いて返せ、と言われてあの時に至るという訳だ」
頭を振りながら、「はぁ・・・侍とあろうものがなんと情けないのだ」とげんなりした顔で見れば、ナマエはハハハ、と笑い煙管の煙を吐いた。そしていささか自慢げに、「だが、一刻の間に10人も客引きできたぞ?」と言えば、郷四郎は「自慢するようなことではないぞ」と目を細めた。
「相変わらずつれないな。・・・しかし、私は遊郭でも十分に働けそうだな」
無論、そんな気は微塵も無いのだが、ナマエはからかい半分に呟いてみる。途端に、ナマエは煙管を持っている方の手を郷四郎の大きな手に捕らわれ、壁に押し付けられた。どん、といささか大きな音がしたが、幸い周りには誰も居らず、注目されるような事はなかった。ナマエは流石にこのような行動は予期しておらず、思わず目を見開いた。腕に一抹の痛さを覚え、ほんのり顔を顰めると同時に、郷四郎が何時にも無く真顔でこちらを見据えているのに気がついた。
「俺は、許さんぞ」
そう言うと、郷四郎は固く握り締めていた手を離した。ふん、と顔を逸らす郷四郎とは対照的に、ナマエは「中々の独占欲だな」と笑いながら先程捕まれていた手をプラプラと振りながら言った。
「戯けめ。・・・行くぞ」と、しかめっ面の郷四郎は先に進んでいった。不機嫌そうにドスドスと歩くその姿に再度笑い、やれやれと駆け足で郷四郎の隣に移動する。隣に並べば、ちゃんとこちらの速度にあわせて歩いてくれるのがなんとも可笑しかった。
「安心しろ、郷四郎。私は--」
次の言葉を出す前に、ぐ、と口をつぐんだ。一抹の恥ずかしさ、それとそんな言葉を言い切れる自信が、無かった。
((情けない、な。"共に居るぞ"さえ言えないのか))
(・・・何だ、何を言おうとした)
(いや、・・・何でもない)
(お主・・・仕返しのつもりか)
(ハハハ、どうだろうな。お、店が見えてきたぞ)
(おい、話は終わってないぞ!)
(20120617)
何で主人公すぐ消えてまうん?(エンディング的な意味で)