不器用な話




※元忍者設定


共に保野と遊郭の女を暗殺したのが丁度昨夜のことだ。
私にまかせておけ、と何処か憂いを含んだ笑みで言うと、ナマエは俺の前から消えた。それから数刻の間、ずっとナマエの事が頭から離れなかった。大丈夫だと己に言い聞かせても、ふとあいつの後姿を思い出してしまう。まるでもう帰ってこないような錯覚に、中村さんが静止の声を上げているのに気付かず、気付けば奉行所から抜け出していた。



足元に転がる二つの亡骸を見据えていると、「なぜ追ってきたのだ」と怒りを含んだ声を投げかけられた。返答するまもなく、ナマエは俺の襟を思い切り握ると珍しく怒りを露にした。

「なぜ、来たのだ!私一人で十分だったというのに・・・!」
「お主にだけ、背負わせる訳にはいかんだろう」
「そんな、そんな下らぬ理由で来たのか!この、この大馬鹿者め・・・!」

酷く錯乱した様子にどうしたのかと顔を窺えば、此方が驚かざるおえなかった。いつもの悠々とした雰囲気は欠片も無く、目に涙を溜め弱弱しく俺を見上げていた。
「お主、涙が・・・」と無意識のうちに呟けば、ナマエはハッと我に返り距離を取ろうとした。いきなり逃げられると、反射的に掴んでしまうもので。先程まで俺の襟を握っていたナマエの腕を掴むと、自身に引き寄せ抱きすくめた。華奢な体に、改めて何と大きな物を背負わせてしまったのだと人知れず後悔した。ただ、こうして抱きしめている体が温かいことに酷く安心した。部屋に充満する血の匂いさえなければ、何時までもこうしていたかった。



昨夜のことに思いをはせていると、いつの間にかナマエの家に着いたようで。あの後、別れ際に明日の夜更けに家に来てほしいと言われた為、約束どおりに来たという訳だ。夜間ということもあり、あまり音を立てないように家に上がらせて貰うと、縁側に腰掛け悠々と煙管を吸っているナマエの姿があった。無言で隣に座れば、心なしかナマエは薄く笑ったようだった。
虫の鳴く声が、ただただその場に響いていた。暫くの無言の末、先に口を開いたのはナマエだった。

「主に、伝えねばならないことがある」

顔を背けながらも、ナマエの声色は真剣そのものだった。何だと相槌を打つと、ナマエは暫くの沈黙の後、「私は抜け忍だ」と呟いた。俺が動揺し、言葉の真偽を疑っている空気を感じ取ったのか、ナマエはスラスラと説明してくれた。
数年前、ある町のある領主に仕えていたこと。領主の命により、影で暗躍したこと。領主が死に、屋敷が燃やされた際自身も死んだように見せかけたこと。ずっと待ち焦がれていた、自由が手に入ったこと。そして最後に、切りたいのなら切れ、と声の抑揚を変えずに言った。す、とナマエは襟を少し肌蹴させ、白い首筋を露にする。ここを切れ、ということなのだろうか。

「私はな、郷四郎。お主になら、切られたっていい。お主になら--」
「、なぜ」
「・・・あの日、本当は保野達を暗殺した後、この町を去る予定だった。私が全て、背負ってしまえばよかったのだ。だが、お主が来て、ああまで言ってくれたというのに自分の事を隠し立てするのは、不義理だ。たとえ喋ったせいで死ぬことになっても、それは仕方の無いことだ」

一通り喋りつくすと、ナマエは煙管を咥えた。そして紫煙をゆっくりと吐きながら、再度「切らないのか」と俺に尋ねた。答えなど、とうに決まっておるというのに。

「俺は・・・切らん。お前が疚しい理由で奉行所に来ているとは、思えん」
「甘いのだな・・・もし私が隠密だったらどうするのだ」
「先程のように自分の不利益になるようなことは、隠密は言わん。それに、お前が隠密だと確証を得たとき、俺が切ってやる」
「・・・私は、私はここにいても、良いのだろう、か」
「当たり前だ」

真っ直ぐとナマエを見据えそう言えば、ナマエは無表情ながらも口を一の字にさせ、一筋の涙を流した。こちらが驚き、目を見開いているとナマエはほろほろと涙を流しながら、「すまない。なぜだか、とまらないのだ」と苦笑いを零した。その笑顔のなんと辛そうなことか。
気付けばナマエの頭に手を回し、己の胸元に抱き寄せていた。やわらかいナマエの髪の毛が、手の中に満たされる。
ごうしろう、とナマエがか細い声で鳴いた。声に反応し視線を向ければ、目頭を赤くしたナマエと目が合う。
御奉行の大義をなすために、恋心などは不要だと信じて疑わなかった。だが、ナマエを前にして抱いているこの感情は、きっと捨てたその感情なのだろう。
お互いの息が止まると同時に、薄らと唇が触れ合う。互いに慣れない行いのせいか、どちらとも無く直ぐに唇は離れた。す、と先程よりも胸にかかる力が重くなった事に、ナマエが体を預けてくれているのだと気がついた。ナマエの精一杯の甘え方なのだと思うと、何といじらしい姿なことか。その行動に答えるように一層強く抱きすくめれば、甘い香りが鼻孔を擽った。
月夜が照らす中、二人の影は重なったままだった。
二人が己の感情を言葉に出すようになったのは、それから長い月日を経た後である。



(20120628)

不器用同士のイチャイチャっていいよね!








- ALICE+ -