「お前さん、俺の護衛を頼まれてはくれないか?」
そう問われていつものように二つ返事で返したのはつい先ほどのことだ。道中平和な雰囲気に気を良くした茂呂が、お前さんがいると攘夷の連中にあまり絡まれなくてな、なんて愉快そうに笑いながら言うのだから呆れたものだ。いくら護衛がいるとはいえ、命が狙われているのだから帯刀でもすれば良いものを、この男は滅多に刀を持たない。
それに従来からあまり話さない私に良く絡んできたり、護衛を頼んだりとしてくるのだが、碌に会話を弾ませれない私と居て飽きないものなのか。全くよく分からない男だとつくづく思う。
茂呂のたわいもない会話に相槌を打ちつつ、肩を並べて歩く。ふと、視界の端に映るある一つの屋台に目を奪われた。
きらきらと輝くソレを見て、思わず足を止めてしまった。別に生娘のように光物とかが好きなわけではないが、かんざしや髪飾りだけはどうしても目が行ってしまう癖がある。すれ違う町娘の顔よりも、髪飾りに注目していると気づいたときには思わず苦笑いを零したものだ。
数秒ほど足を止めていると、屋台のお婆さんはナマエの姿に気が付き、「あらお嬢さん!何か買っていくかい?」と気のいい笑顔で問いかけた。
声をかけられ、は、と初めて今の状況に意識が回る。帯刀した女がこんな小間物に興味津々だなんて思われてはたまらない。なるべく動揺の色を表さないようにしながらかんざしに注視していた視線をおばあさんに向け、いや、別にいい、と言おうとしたが、それは茂呂の言葉によってかき消された。
「おいおいナマエ、護衛人が勝手に居なくなるなんて職務放棄もいいところだぜ。お蔭で俺は空気に話しかけてる変人みたいに見られちまっただろ」
明後日の方向から、頭をかきながら茂呂は歩いてきた。どうやら私が足を止めたことに気が付かず、そのまま暫く歩いていたようだ。
すっかり護衛の事を忘失していたことに再度ハッとする。いかん、仕事を忘れるなど私としたことが失態を晒してしまった。「ぬ、すまぬ。今戻る」とやや早口で捲し立て、この店から離れようとする。が、そんな私とは対照的に茂呂は何故か店の前まで歩いてきた。
「で、何をそんな大層見つめてたんだ?俺にも見せてくれよ」
「…!なんでも、ない!」
思わず語気を強めて言ってしまったことに、後悔した。珍しく動揺している私の姿に茂呂は一瞬驚いたようであったが、すぐにその感情は興味へと移り変わったようで。
含みのある笑みを零しながら「何にそんな動揺してるんだよ」と茂呂が屋台を覗き込む。
「お、なんだ。綺麗な髪飾りじゃないか」
「そうでしょう?いやぁこの髪飾りわねぇ……」
茂呂とお婆さんが他愛もない話をしているのを、一歩後ろに下がって傍観する。はぁ、穴があったら入りたいものだとつくづく思う。この場からすぐに去っても良いのだが、茂呂の護衛という任務がある以上それはできない。はぁ、と深いため息を吐くことしか私にはできなかった。
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「お、ちゃんと待っていたか。偉い偉い」
「…」
屋台から戻ってきた茂呂が腕を組みながら、うんうんと満足そうにうなずく姿を横目にため息を吐く。今後この件についてからかわれたりするのだろうかと思うと酷く憂鬱だ。願わくば誰にも口外しないでもらいたいが、茂呂の事だ。何人かには漏れることは必然だろう。まったく、人に自分の事を知られるというのはどうも苦手で、まずどう反応を返せばいいかも分からない。今まで人と付き合ってこなかったつけがこんな所で出るとは、全く想定外も良い所だ。
「それにしても、お前さんこういうのが好きなのかい?」
「…、特に。ただ、目が行っただけだ」
ほう、そうかいと言うと茂呂は笑った。こんなぶっきらぼうな返答にさえ眉一つ寄せない茂呂には感謝している。感謝の言葉は死んでも述べないだろうが。
「よし、ナマエ。ちょっとこっちに来い」
手招きする茂呂に従い、彼の目の前に移動する。ほれ、と彼が差し出したものを受け取ると、思わず目を見開いた。私の手には、先程眺めていた髪飾りがキラキラと輝いていたのだ。
「おっと、お礼なんて言うなよ。お前さんには何度も命を助けられてるんだ。それに運上所頭取茂呂茂、これぐらいの出費はなんてことない」
「さっ、そろそろ行くぞ」と言うと、茂呂は向きを変えた。いきなりの贈り物に勝手が分からず、柄にもなくオロオロしてしまう。「お、おい…」と弱弱しく呼び止めてみるが、茂呂は別段気にすることなく、「どうした?」と返した。
「どうしてコレを…」
「おいおい、俺にそれを言わせるか?」
そう言うと、いささか困り顔の茂呂は頬を掻いた。そんな様子に何か困らせてしまったのだろうかと思い、慌てて弁解の言葉を探すが口下手な私には酷く難儀なことで。結局なぜか「ぬ、そうではなくて、その…ありがとう」と感謝の言葉を述べる形になってしまった。
対する茂呂は、これは珍しいものを見たというように目を見開かせた。刺客を目の前にしても動じないナマエが、ただ髪飾りを貰っただけでこの動揺っぷりだ。まったく、面白い奴さんだぜと笑みを零さずにはいられなかった。
数日後、黒髪に映えるその髪飾りを見て茂呂が嬉しそうに笑ったことをナマエはまだ知らないのだった。
20120913