※不器用な話の1年後くらい
「いただきます」
折角私が作った飯だというのに、いつもと変わらない口調で言うのだからつまらない。ご飯に豆腐の味噌汁、沢庵に焼き魚とまぁ普通の食事ではあるが、旨そうだくらいの感想は言って欲しいものである。だが口調とは裏腹に、すいすい進む彼の箸を見て少しだけ機嫌が良くなる。良かった、口には合ったようだ。
※※※
町人からいつものお礼という事で、魚を貰ったのがつい先程の事だった。それはありがたい事ではあるのだが、どうぞどうぞと五匹も手渡され、どうしたものかと思った矢先に郷四郎と出会した。彼とは色々あって今は恋仲みたいなモノなのだが、あまりそういう雰囲気にはならない。お互いそういう事に不得手なせいである。
とはいえ腐らせてしまうのは忍びない、食べていかないかという私の言葉に、少し呆れつつも来てくれる辺り、やはり恋仲なのだとぼんやりと思う。
借り家といえど、私の家は好かないらしい。毛だった畳、一部屋しかない間取り、引きっぱなしの布団を見て毎度眉を寄せている。来るや否や開口一番「相変わらず酷いところに住んでいるな」と言い放つぐらいだ。まぁ、否定できないが。
※※※
残りの三匹を干物にし、そんなこんなで晩飯をご馳走している訳なのだが、郷四郎の箸とは裏腹に自分の箸が止まる。この魚、酷く食べづらい。ご当地の魚と聞いていたが、アジなどとは違った骨格に思わず顔をしかめる。なんというか、骨が多すぎる。
「くっ…お主、山育ちだろう」
郷四郎のクツクツと笑う姿に、眉を寄せる。悔しいが、彼の綺麗に食べられている魚と私の魚では雲泥の差があった。海の男というのが嫌でも分かる。
「アジやタイならもっと綺麗に食べれる」という苦し紛れの言い訳に、ちょっとだけ小馬鹿にした笑いが帰ってくる。
「どうだかな」
「ぐ、ならば今度はアジで勝負だ」
「ん」
いつでもいいぞと上機嫌に言ってくる辺り、自信があるのだろう。アジに何か仕掛けでもしてやろうかと思いつつ、ちらりと郷四郎をうかがい見る。次々とご飯が消えていく様子は、意外と見てて面白い。
日に焼けて黒くなった肌に精悍な顔つき、お世辞にも愛想の良いとは言えない目付き。身長差もあってあまり顔をまじまじと見る機会が無かったので、共に食卓を交えるなどなんだか新鮮な気分である。私の視線に気が付いたのか、愛想の悪い目が此方に向けられる。なんだと言いたげな目だ。
「何を見ている」
「いや、一枚目みたいな顔つきだなと思ってな」
深い意味は無いぞと付け足して言えば、フンと鼻であしらわれる。冗談を言ったと思われた時の、いつもの対応である。この男に冗談は通じないのだ。
相変わらずつまらん男だと眉尻を下げていると、ふと郷四郎が思い出したかのように顔をあげた。
「お主、明日は暇か」
「なんだ、藪から棒に」
「明日、非番でな」
それだけ言うと、視線を落とし箸を動かしていた。ご飯が空になっていたので、よそって渡してやる。ん、と軽い返事の後、「それで、お主は」と聞かれ、やっと先程の質問に答えてない事に気が付いた。
「ん…大丈夫だ。 予定はない」
「そうか。 ならば明日、俺に付き合え」
「お、何処に行くのだ」
浮き足だった声で聞けば、「芝居でも見に行くか」といつもの調子で帰ってくる。
芝居。意外だと飛び出そうになる言葉を必死に押さえ込む。私の知る限り、郷四郎に芝居見物の趣味はないはずだ。十中八九私に合わせてくれたのだろう。しかし、趣味などの話をした記憶はない。いつ知ったのだと疑問を浮かべずにはいられなかった。
「…私が芝居好きなのを知ってたのか?」
「前に言ってたからな」
そうなのか?自分でも覚えていないが、まぁ当たっている辺りそうなのだろう。
なんというか、見た目に似合わず本当に…豆な所がある。恐らく言ったとしても、相当前のはずだ。よく覚えてるなと思うと共に、ふいに、顔に熱がこもる。大事にされていると気が付いてしまった事に、動揺を隠しきれない。
「…おい」
「ど、どうした?」
どもった声からして、明らかに私の方がどうしたという様子なのだが気にせず進める。とにかく落ち着こうと、顔を背け深呼吸を
「っ、」
深呼吸するまもなく、何かに引っ張られたと思えば引きっぱなしの布団の上に転がされていた。まだ食べきれてないご飯はいつの間にか机ごと軽く横にずらされている。いつの間に、と思うと同時に自分の上に黒い影が伸びてくる。
「ご、ごうしろう。 まて、どうしたんだ」
ドスドスと迫りくる郷四郎に、手を伸ばし一度止まれと合図する。逃げるように後退するが、この狭い部屋だ。容赦なく己の手は捕まり、布団の上に縫い付けられる。灯りの行き渡ってないこの部屋では、私の上に股がる郷四郎の顔は黄昏時のように影が差している。一番近い行灯も、私が腕を伸ばしても届かない距離に置いてある。
「暗いな」
そう呟くと、郷四郎は私の上から身を乗り出した。とは言え、結局乗られてる状態は変わらず、手も押さえられたままで逃げることも出来ない。
「うっ」
少しだけ眩しく、目を細める。郷四郎が行灯を引っ張ってきたのだ。薄目を開ければ、先程より鮮明にみえる彼の顔に、ドクドクと心臓の音が嫌でも高鳴る。すぐに目が合うこの距離から逃げるように、顔を背け顔を隠す。とにかく落ち着く時間が欲しかった。
掴んでいる手とは違う、もう片方の手が私の頬に添えられる。そっぽを向いている私の顔を、正面に戻そうと力が込められる。いやだと言わんばかりに全力でその手に抗った。
痺れを切らした郷四郎が「おい、こっちを向け」と苛立ち混じりの声をあげたが、それでも反抗する私の様子にひとつ溜め息を溢すと、先程より強い力が手に込められた。さすがにこれには敵わず、否応なしに顔を正面に向けられる。
「いったい、なんの、つもりだ!」
正面に顔を向けるや否や、感情と言葉が一つになって飛び出ていく。感情を剥き出しにして言葉を発するなんて、酷く久しぶりな気がする。
対する郷四郎は悠々と私を見下ろしているのだから質が悪い。
「たまには仮面を被っていないお主と話がしたい」
「、なにを…」
「気付かぬとでも思ってるのか 」
キリキリと、郷四郎の掴んでいる力が強まっていく。
彼のいう仮面が、私の飄々とした部分を指しているのは明白だった。冗談や嘘を言う所も勿論のこと、本心の読めない所が気に食わないのだろう。
桶に入った水の如く、私は感情を努めて均一で保っている。忍の頃の、名残でもあった。感情を捨てるのではなく、制御することが大事なのだと教えられ、育ってきたのだ。自由になったといえど、そう簡単に生き方を変えるなどできない。
ふいに、郷四郎の真っ直ぐな瞳に、己の視線を絡め取られる。どうしてか反らすことの出来ないその瞳の前では、いつもの冗談や嘘の言葉は、呪いでもかかったかのように出せなかった。
「…何を、はなしたいの、だ」
絞り出すように言った言葉は、酷く掠れていた。とはいえすぐそこに郷四郎の顔があるのだ、聞き漏らすはずがない。
「何でもいい。ただお主の本心に、触れたいのだ」
割れ物でも触れるかのように、優しく頬を撫でられる。剥き出しの感情を撫でられるような感覚に、己の感情が、高ぶるのがよく分かる。カッと熱くなった目頭から、ボロボロと涙があふれでた。普段感情を押さえているせいか、一度制御出来なくなると私もどうしたらいいのか分からなかった。もはや桶の水は、掻き乱された状態だ。
流石に泣かれるとは思っていなかったのだろう。目を見開くと散々掴んでいた手も離し、「すまぬ、泣かせるつもりでは…」とバツが悪そうに言った。
私の上から降りようとする郷四郎の腕を掴み、自分の元へ引き寄せる。不意討ちだったのだろう、驚きの声と共に、彼は簡単に降ってきた。鬢付け油の匂いが、鼻をくすぐる。
おい、とちょっとだけ困った声がかけられるが、そのまま襟を掴んで厚い胸に顔を埋めた。止まらぬ涙に反応してか、嗚咽が零れ、肩が揺れる。たどたどしく頭を撫でてくれる彼の手に、何故だかまた涙が零れた。
「二度も泣かせてしまって、すまぬ」
頭を撫でながら、思い詰めたように言う彼の言葉に思わず顔をあげる。あれから一年近く経つというのに、まるで昨日の事のように言うのだ。ほんとうに、この男は。
あの時を思い出しているのか、苦虫を噛み潰したような顔になっている彼の唇に、口付けを落とす。
驚いた顔を向けた後、情を孕んだ瞳が影を出した。理性と本能が、せめぎ合っているような目。目を合わせながら、襟を引っ張りもう一度口付けをしようと顔を近づける。
ぐ、と郷四郎の顔が落ちてきて、深い口付けが落とされる。啄むような、と思えば、獣のような、口付けの雨が振る。
ごうしろう、と名前を呼べば、名残惜しそうに雨は止まった。餓えた獣のような、余裕のない瞳が向けられる。
すきだと呟きながら、首元に口付けを一つ。一呼吸おいて、強く郷四郎に抱きすくめられる。どちらの熱かは分からないが、お互い肌に汗を滲ませていた。
彼の大きな手が、幾分かはだけた私の着物に手をかける。
行灯の光が、ゆらりと揺れた。
※※※
「味噌汁が冷たい、ご飯が硬い、魚も硬い」
無惨な姿となった昨日の晩御飯を朝食代わりにしているのだが、剥き出しで置いておいたそれが美味しいはずもなく。忌々しげに呟けば、少しだけ郷四郎はバツが悪そうに頬を掻いた。
何も今思えば、あの時私を布団の上に放り投げる必要は無かったハズだ。食べ終わってからでも良かったはずである。郷四郎自身、食べ終わっている状態だったということが少し腹立たしい。
「食事中に酷い男だ 」
「ぐ…悪かったと言っておるだろう。それに、理由もなく付き倒した訳ではない」
「…理由?」
「あの時が一番、お主が動揺していたように見えた。そういうときでないと、ろくに感情を出さないではないか」
普通に話してもお主は茶化すか誤魔化すかだからな。私の用意したお茶を啜りつつ、仕方のないことだったと郷四郎は一人で頷いた。何だか腑に落ちないが、丁度食べ終わったのでそれ以上は聞かないことにし、食器を片付ける。
「昼には集まれるのか」
「私は大丈夫だぞ。 風呂屋までそう遠くはないしな」
「わかった。 俺の準備が出来次第、また来る」
それだけいうと、すぐそこの出口にへと郷四郎は足を進めた。ガラガラと音をたて戸を開ける背中に、「行ってらっしゃい」と無意識に声が出ていた。その声に反応してか、郷四郎が此方に振り向き、ちょっとだけ、口元を緩ませた。
「行ってくる」
ピシャリと閉められた戸の中で、まるで夫婦のようだと心のなかで身悶えする。なんだか家にいるのも恥ずかしくて、足早に風呂屋に向かった。
(20170802)
結婚エンドを作りたい…