本を読むという事は、私の唯一の趣味と言ってもいいだろう。ジャックに飼われていたころからも、こんな僻地に住んでからも、ずっと続いている趣味だ。
しかし、ここパンドラにおいて本など圧倒的に数が少ない。悲しいことに、読書するよりも暖の替わりに燃やされたり、トイレの紙代わりにされたりしているモノの方が多いだろう。おかげで趣味を続けるために、同じ本を何度も読み返す羽目になる。
そんな境遇の中で、友人が新しい本を見つけてきたと聞いて、どうして黙っていることができるだろうか。本を得る為なら並大抵以上のことはする。例え、それが大嫌いな酒を共に飲むことだったとしても、だ。
「おう、時間通りに来たな」
「…正確には、5分前だ」
「おいおい、ローランドみたいなこと言うなよな。せっかくの酒が白けちまうだろ」
「はぁ…まったく。だいたい、なんで私が来る前から酒を飲んでるんだ、モーデカイ」
「こんな酒、水だよ水。この程度じゃ俺は酔わないっつーの」
なぁブラッド?と上機嫌に相棒ブラットウィングと戯れている姿を横目に見つつ、はぁ…と大きなため息を零す。まぁ、どうせ私は十分に酒を飲めないだろうので別段構わないのだが。周りに散らばる酒瓶を見てふと、本当にモーデカイが酔っていないのか?という疑問が湧きあがった。もし酔っているのであれば、上手い事言えば私が酒を飲むことも回避できるかもしれない。
「なぁ…モーデカイ。持ってきた酒は全部差し上げよう。その変わり私は飲まないっていうのは、」
「駄目にきまってんだろ」
先程と打って変わって言う低い声色に、冗談の色は一つも感じられなかった。どうやら言った通り全く酔っていないようで。全く残念で仕方がない。
酒は飲めないことはないが、すぐ酔ってしまうから好きではない。おまけに頭痛もすぐに来るときた。真偽は分からないが、モーデカイの様に酔っていても照準が合うなら良いのだが、勿論私にそんな能力はない。パンドラで照準が合わせられないとなると、少しばかり生死が分かれることになる。故に、ここに来てから酒を飲んだことはない。それも、今日までとなりそうだが。
「モーデカイ、とりあえずお酒を渡しておく。モクシ―のお店のRakk酒…ではなく、ザフォードの店のRakk酒だ」
「おいおい、俺はモクシ―の店の、って言ったよな。…なんだ、まだあの事気にしてたのか」
「うるさい。だいたい、私がサンクチュアリに行かない理由は知っている癖に、わざとそこを指定しただろう」
「まぁ、な」なんて悪びれもせず返す姿に、思わず眉を寄せる。元ハイぺリオン専属のヴォルトハンターがサンクチュアリに行くだなんて、一体どれだけの人が不愉快に思う事か。
私が隣に腰を下ろすと同時に、モーデカイは酒の蓋を開けた。まるで水同然に飲んでいく姿には何時見ても首を傾げてしまう。ぷは、とモーデカイがビンから口を離すと、私に酒瓶を一つ放り投げてきた。しぶしぶながらもビンの蓋をあけ、己の口に注ぎ込む。アルコールの味が口全体に広がる感覚に、顔を顰めざる負えなかった。一部始終を見ていたモーデカイが笑いながら、「思った通り、不味そうに飲むなぁ」などと言うものだから腹が立つ。
「私が、酒を嫌いだと知っているだろうに、こんな交換条件を、だす、なんて。ひどい、やつだ」
酒瓶の半分くらいまで飲んだだけで、呂律が怪しくなってきている。対するモーデカイは丁度3本目に取り掛かっているときたものだ。まったく、同じ酒を飲んでいるとは到底思えない。
「否定はしないぜ?とりあえず、ナマエが酔いつぶれたら約束通り本を渡すから安心しろよ」
「…思考が、鈍るまで飲むのは、賢明とは思えない」
「安心しろよ、この俺がついているんだぜ?それにブラッドもいるしな!」
モーデカイのそばにいたブラットウィングが名前に反応してか、律儀に鳴いて答える。「なぁブラッド?」と顔を綻ばせながらブラットを撫でるモーデカイに、「相変わらず変わってないな」と酒を煽りながら零す。お前もだろ、と言われた気がしたが、無視して新しい酒瓶に手を伸ばし、蓋を開ける。
「そういえば、ローランドもリリスも、お前に会いたがっていたぞ」
「…私だって、会いたいさ。だが、自分の体に何もないとは、言い切れない。もしかしたら、爆発する可能性だって、あるのだぞ。腐っても、元ジャックの披検体、だしな」
「…お前は、被害者だろ。それに、今はこうしてクリムゾン・レイダースの一員だろうが。過去のことは割り切った方が、いいんじゃねぇの?」
「そう単純には、いかないだろう。それに直接ローランドと話せば、よからぬ噂が、たつ。…迷惑は、かけたくない」
モーデカイが何か言おうとしたが、私はそれを遮るように手に持っていた酒瓶を一気に飲み干した。カッと頭に昇るアルコールに、視界がぼやける。これは、飲みすぎたな、と人知れず後悔の念に苛まれつつ、壁にもたれかかる。ひんやりとした感触が気持ちよかったが、ズキズキと痛む頭が何とも邪魔だった。
昔、ヴォルトハンターだった私はちょっとしたミスで瀕死の怪我を負ったのだ。そんなとき、ありがたくない事にハイぺリオンの人間が丁度私を発見し、回収し…。最終的に馬鹿げた治癒能力を持つ人間へと変貌した。とはいえ、命の恩人であるジャックに逆らうことも出来ず、昔は言われたとおりにモーデカイ達と共にヴォルトを探し回ったのだ。
暫くの沈黙の後、モーデカイが納得いかないと言わんばかりに顔を顰め、「だったら、なんで俺にはこうして会えるんだよ。爆発するかもしれないんだろ?」と声を荒上げた。
「ふふ、たかが20ドルの、懸賞金にやつに、ジャックがそこまでするとは、思えないからな」
くっくっと喉の奥で笑えば、今日初めてモーデカイが不機嫌そうに顔を歪めた気がした。ぼやけた視界では、定かかどうか分からないが。酒は嫌いだが、今日は上手に酔えたのかもしれない。
「モーデカイ。私はもう、飲めないぞ」
空にした酒瓶をそばに置きつつ降参の意を伝える。何故かモーデカイは黙って酒を飲んでいる。
「…俺は、言ったよなぁ?”酔いつぶれるまで”って」
「だがこれ以上は、無理だ。腕に、力も入らない」
頭が重くて仕方がないのだ、と伝えると、前に座るモーデカイが無言で不敵に笑う。嫌な予感が体を駆け巡ったが、残念な事に完全に酔いが回った体では碌に動かせない。
「安心しろよ。ちゃーんと、酔いつぶれるまで…俺が飲ませてやるよ」
「お、おい。一体何を、考えて…」
全てを言い終える前に、モーデカイが片頬を上げながら近づいてくるものだから言い淀んでしまう。片手にはまだ空けたばかりの酒が握られている。す、と私の目線を合わせるようにモーデカイは屈んだ。彼の眼を見て心情でも伺おうとしたが、残念な事に見えたのは顔を紅めらせた己の姿のみだった。
「ひとつ、言っておく。…好き、だぜ」
突拍子もなく真面目な声でそういうのだから、驚きと動揺で思わず目を見開いてしまう。顔を窺い見れば、声と同じように真面目な顔つきで真っ直ぐこちらを見据えている。本気なのだな、と理解すると同時に、何故かとてつもなく恥ずかしくて。高鳴る心臓に、耳まで熱が籠るのがよく分かる。
慌てふためいている私とは裏腹に、モーデカイは酒を薄く飲むと、そのまま私の口に移した。続けて起こる出来事にパニックになっていたため歯を閉じる暇もなく、口内に侵入する舌に思わず逃げ惑う。が、所詮酔った体だ。息継ぎのために幾ばかりか浮いた舌を見計らったのか、深い口づけを落とされる。酒の味がしたかと思えば、モーデカイの舌に絡み取られて。碌に言葉を発するとこも出来ず、ただの生娘の様に喘いでいるのが酷く恥ずかしい。幾度もなく繰り返される酒の口移しに、酒のせいかモーデカイのせいか頭が酷くクラクラとする。意識が無くなる瞬間、再度好きだ、といわれた気がしたが、もはや私には届かなかった。
頭が痛い。気持ち悪い。目覚めの第一の感想がこれだった。頭痛に耐えながら目を開ければ、何故かベットで寝ていた。おそらくあの後、モーデカイが移動してくれたのだろう。
「お。起きたか。もう夕方だぞ」
丁度扉を開けて、モーデカイが入ってくる。扉から入ってくる外の冷たい空気が、肌を撫でる。
「そこに水が置いてあるから、好きに飲めよ。あと約束の本もな。…それと、昨日は無理矢理飲ませて、その、悪かった」
バツの悪そうに頬を掻いて謝る姿が珍しく、ぼーっと眺めてしまった。モーデカイがチラリと此方に視線を向けていることに気付き、初めて返答を待っているのだと理解する。確かにこの頭痛を植え付けられたことなどに対しては恨めしいが、それよりもなりより伝えたいことがあった。
「…私も好きだぞ」
怒られる覚悟をしていてか、歯を食いしばっていたモーデカイが数秒間フリーズした。昨晩のことを思い出し、再度羞恥心に駆られる。顔を隠したい一心でモーデカイに背を向け寝転がる。
ええい顔が熱い。後でエコーで伝えるべきだったと、毛布に包まりながら思うのだった。
(なぁ…マジで言ってるよな。まだ酔ってるとか、仕返しとかじゃ)
(思考は鈍っていないし、そんなんじゃない。…おっ、おい!抱き着くな!)
(130323)
ボダラン2クリア記念。