神と恋の共通点



※Vなまのお話。3Dから7年後くらい



 夜10時。ジーパンにオフィスシャツ、そして両手にビニール袋を持って部屋に現れた私に、ムスメが飛び付いてきた。待ってましたと言わんばかりにキラキラとした目には、世界征服の4文字が書かれてる。
「ごめんね、今日は魔王とコレなんだ」とビニール袋の中から一本、お酒を取り出せば、みるみるムスメの顔が不機嫌になっていくのが分かる。もう一度謝るが、口先は尖らせたままだ。
 
 「明日は休みだから、お詫びに早く来るよ」
 「んー、じゃあ、許してあげるんだ」
 
 よかったと言いながら、取り出していたチューハイのプルタブを開ける。小気味のいい炭酸音と、仄かなお酒の香り。一口飲めば、仕事のストレスなんて忘れそうになる。あぁ、この一口のために生きているなんて顔をしてたんだろう。ムスメが「呑兵衛なんだ」と眉を寄せて言った。
 パパを呼んできてあげる、と扉に歩いていくムスメに、お礼を述べながら手を振る。バタンと扉の閉まる音を聞き届けると、さて、と机の上にビニール袋をおいた。魔王が来る前に準備でもしておこう。幸い、部屋の配置は昔と変わってないようだ。
 
 ※※※
 
 床から生えているこの不思議な机は、魔力を切ればどうやら普通の机になるらしい。自分の家から持ってきたおつまみやチューハイが、レジ袋に入ったまま雑に置かれている。隣には魔王が使ってたハズのグラスと、既製品ではない手料理のおつまみ。冷蔵庫に入っていたのでなんとなく出してみたが、鴨肉のローストのようにも見れるコレは魔王自身が作ったのだろうか。並べて置いてみれば、自分の酒のアテが貧相に感じ、なんとなく目を背けた。
 昨晩勇者達の町を1つ征服した場所で酒盛りなんて、まさに外道だと自分でも思う。トカゲ男につつかれ――実際は切り殺されたのだろうが――断末魔が聞こえた場所に今はパーティー開けされたポテトチップスが広げられている。後ろめたい気持ちを隠すように、多めに酒をあおる。椅子が無いので立ったまま飲んでいたが、少しだけ体の芯がぐらついた。性急に飲めない体だとつくづく思う。
 
 「あ、先に飲んじゃったんですか」
 「ん…」
 
 チューハイ1つを空にしたとき、魔王が部屋に入ってきた。手にはブランデーのような、すこし変わった形の酒瓶が握られている。
 私の隣に移動すると、「準備してくれたんですね。ありがとうございます」と微笑んだ。
 魔王は慣れた手つきで、グラスに酒を注いだ。水割りでもオンザロックでもない。ストレートだ。相変わらずの飲み方に、眉が寄る。
 
 「胃、痛めちゃうわよ。昔も言ったけど」
 「問題ありません。実はワタシ、結構強いんで。それに破壊神さまのペースに合わせるなら、これぐらいじゃないと」
 
 少しだけムッとしたが、幾分事実なので言い返せない。昔に比べれば飲めるようにはなった方ではあるが、体質というものはそんな簡単に変わらない。幸い明日は休みだ、起床時間を気にせずに飲める。
 
 二本目の缶チューハイを開けると、グラスを持った華奢な腕が伸びてきた。顔を魔王に向ければ、屈託のない笑顔が向けられていた。今も昔も、本当によく笑う人だ。「ほんと、変わってないね」と笑いながら自分の缶チューハイをグラスに優しくぶつける。
 
 乾杯と、お互い笑い合いながら夜は始まった。
 
 ※※※
 
 
 「逃げて下さい、破壊神さま」
 
 アルコール混じりの、熱のある荒い呼吸が顔にかかる。逃げて下さいという言葉とは裏腹に、魔王の手は私の両肩をしっかりと掴んでいた。怪訝に思いつつも顔を窺い見れば、先程まで気の抜けた顔で飲んでいた姿は消え失せ、深刻な表情が浮き出ている。
 
 「え、なに急に。勇者でも来たの」
 「いえ、そうではないのですが…」
 
 歯切れの悪い返事に首を傾げながら、手に持っていた4本目のチューハイ缶を机の上におく。一体どうしたというのだろう。よくよく見てみれば、うっすらと脂汗が浮かんでいる。
 
 「どうしたの、体調でも悪いの?」
 「そ、そうです。何やらサムケもしてきてます。うつしてしまうかもしれません」
 
 嘘だと、すぐにわかった。そんなことも分からないほど浅い付き合いではない。でも、なぜ?
 確かに体調は悪そうだった。額に浮かべた脂汗、時折苦悶の表情を浮かべ歯を食い縛るように堪える姿は、急な腹痛を思わせる。
 そういえばと、魔王のおつまみに目を向ける。鴨のローストのようなコレにあたったのではないか?ひょいとひと切れ、つまみあげる。あ、と思わず声が出た。
 
 「コレって…子宝にく?」
 
 自分の力で出した物ゆえに、すぐにわかった。なんでこんなもの、と言う前に、魔王に押し倒される。カーペットの埃が舞い上がり、闇に消えていく。
  尾骨から、じんわりとした痛みが広がっていく。いてて、と眉を寄せていると、腹の上でまたがり、荒い呼吸を漏らす魔王と目が合った。黒い胸膜の中に浮かぶ赤い瞳が、酷くギラついている。

 「…もう、お分かりでしょう。正直言ってかなりツラいです。お願いですから、帰って下さい」
 「…どうしたの、このお肉」
 「…サキュバス達が、いつものお礼にと…」
 「料理された状態でくれたの?」
 「はい」
 
 なるほどと、1人で納得する。魔物も勇者も首ったけになる肉なのだ。プレゼントとしては、本来喜ばれる物なのかもしれない。料理済みともなると、流石に魔王とはいえ子宝にくとは分からなかったのだろう。気さくに受けとる姿が容易に想像できた。とはいえ、魔王に食べさせてどうするんだと、もう1人の自分が毒づいた。
 ぐ、と肩を掴む力が強まり、鋭い痛みを感じた。チラリと見れば、自分の白いシャツに赤いシミが浮き出ている。魔王の鋭い爪が、地肌に刺さったのだ。
 コレには流石に驚いた。血が出たからではない。あの魔王が、私に傷をつけたからだ。私に傷をつけれないほど弱い人だから、という意味ではなく、努めて傷をつけないようにしているのを私は知っていた。基本、爪先をこちらに向けず、いつだって手は内側に丸めていた。一度詳しく見ようとしたときは、いけませんとやんわりと断られたものだった。その魔王が、わたしに。
 魔王も気付いたのか、ハッとした表情と悲痛な声を漏らしながら、掴む力を弱めた。とはいえ、弱まっただけで離れてはいない。何かを掴んでいなければ耐えれないほどなのだろう。今にも泣きそうな顔で「ごめんなさい」と謝ってくる。
 
 「破壊神さまを、これ以上傷つけたくないんです」
 「私が帰ったからって、治るようなものでもないじゃない」
 「貴女が、傷つかなければ、ソレでいいんです」
 
 話は平行線だ。熱い息遣いに、魔王の理性の限界が近づいているのが分かる。ここで私が帰れば、魔王は1人で処理出来るのか――いや、おそらくしないだろう。部屋でひとり、自分を抱き締めるようにして、発作的なソレをおさまるのを待っているだろう。
 可哀想だと思った。"貴女が傷つかなければソレでいい"と言ってくれた人に、私の体を使って解消すればいいなんて、とてもではないが言えなかった。だがこんな状態になりながらも、私の事を第一に考えてくれる人を置いていくことも、出来なかった。やはり、平行線である。
 
 「一緒にいる」
 
 魔王の目が見開かれる。赤い瞳が一瞬大きくなったが、すぐにその目は閉じられた。
 
 「なりません。お帰りください」
 「いや」
 「破壊神さま、」
 「わたし、魔王のこと好きだよ」
 
 自分でも驚くほど、その言葉は簡単に飛び出た。魔王が面食らったように、目を白黒させている。
 
 やってしまった。
 
 サァッと血の気が引いていく。こんな時に、酒に酔った勢いで告白なんて。自分がやられたときは、すっと腹の底が冷えていく感覚がしたというのに。まさか、自分がするなんて。
  
 何か喋ろうとした魔王に、咄嗟に腕を伸ばし、首を引き寄せる。嫌がられるかと思ったが、魔王はすんなりと私の上に倒れこんだ。今は、否定的な言葉は聞きたくない。こんなタイミングでも、本気の告白なのだ。そんな想いを察してくれたのか、魔王は何も喋らなかった。
 いつだってノースリーブ姿のこの親子に合わせてか、部屋の温度は暖かい。大人二人が抱き合えば、暑いくらいだ。酒のせいか、高鳴る心臓のせいか――じっとりとした汗が首筋に浮かび上がる。
 肩を掴む力が、強まった。顔は見えないが、熱い息が私の首を湿らせていく。辛いのだろうと思うと、無意識に背中を擦ってやっていた。
 魔王の息遣いだけが、部屋に響く。なんだか艶っぽい雰囲気に、私まで意識してしまいそうになる。
 
 「ね、ねぇ、覚えてる?一緒にダンジョンに潜ってたときのこと」
 
 話題も雰囲気も誤魔化すように、話を振れば、返事こそ無かったが魔王は耳を傾けているようだった。
 
 「懐かしいよね。養分とか性質とか分からなくて、そこたらじゅうコケだらけにしてさ…。無駄に長いダンジョン作って、魔王が引き摺りまわされてたこともあったね。」
 
 フフ、と思い出し笑いを溢せば、不服そうな魔王と目が合う。目は相変わらず潤んでいたが、少しだけ怒っている様だった。
 
 「でもほら、いつだって最後はちゃんと世界征服できたじゃない。」
 「…そのあと、破壊神さまは、いなくなりましたけどね」
 「…寂しかった?」
 
 返事はなかった。代わりに、魔王の薄い唇が首筋に押し付けられる。そのまま熱を帯びた舌が、這うように肩へとおりていく。ゾクゾクと肌が粟立つ感覚に、堪らず熱い息を溢した。酔いが回ったように、頭が霞がかる。
 
 「あっ、まおっ、吸っちゃだ、めっ!」
 
 首筋から鈍い痛みが、じんわりと体に染み込んでいく。ビクリと体を震わせる私に構うことなく、続けて荒いキスが首に落ちる。余裕など一切感じられないような、切羽詰まったキスの雨。氷のように固めた理性が、じわりじわりと、溶けていく――。
 
 ※※※
 
 どれだけの時間が、経ったのだろうか。腕時計を見ようとしても、薄暗さのせいで文字盤が見えない。
 
 「んっんん…」
  
 声を圧し殺して、ネッキングを受け止める。部屋には私の小さな喘ぎ声と、リップ音だけが響いていた。

 キスが、したい。
 
 胸の底からビリビリとした欲情が、訴えかけてくる。
 ちょっと前までは、酔った勢いで告白なんて、と思ってたというのに。女に性欲がない、なんて嘘だ。
 これだけしておきながら、魔王はまだ一度も唇にキスしてくれない。そう思っただけで、胸に締め付けられるような寂しさが、波のように押し寄せてくる。
 
 「ね……キス、して…」
 
 恥じらいが声を小さくさせた。だが、魔王の耳には届いたようで、答えるかのように細い指が私の頬に添えられる。顔を向ければ、影に飲まれた魔王の顔から、薄い笑みが浮かんでいた。
 
 ※※※
 
 寂しくないわけがない。
 
 知ってて聞いているのだろう、この神様は。苛立ちを乗せて白い首筋にひとつ、跡になるように吸い付く。聞こえさせまいと声を圧し殺して耐える姿を見て、ゾクゾクと欲情が理性を蝕んでいくのが分かる。
 いけません、こんなこと。頭の片隅で咎める声が、小さく聞こえてきたが、無視して再度口付ける。破壊神さまの甘い矯声に、自分の欲望が堪能されるような、渇望するような不思議な気持ちになる。
 薄暗い部屋の中、仄かに照明にあてられ神の白い肌が浮かび上がる。首筋には、白い肌に似合わない不規則に並ぶ赤い痕。
 子供が自分の物に、しるしをつけるような行為だと分かってはいる。だが赤に侵され、荒い息を溢す破壊神さまに、やっと安心できる自分がいた。
 
 「ね……キス、して…」
 
 消えそうな声色で、恥ずかしそうに言う姿がなんとも可愛らしく、思わず笑みが浮かぶ。頬を優しく擦ってやれば、熱っぽい瞳が向けられる。あぁ、私の、私が呼んだ、誰のモノでもない、私だけの神がここにいる。
 
 
 
 ――好きだと言ってくれた破壊神さまに、なんて言葉を返せばいいんでしょうか。その言葉に安心して、こんなことをしておいて
 
 
 
 ポツリと呟いた、もう一人の自分の声に、思わず手を止めた。先程まで小さく聞こえていた声が、今は鮮明に聞こえてくる。
 毒され、燃えがっていた本能に、冷や水を浴びせられたような感覚。先程までの高揚感から一転、恐ろしい程の後悔が胸の内を潰す。
 私、破壊神さまに、とんでもないことを――
 
 「……正気に、戻っ、た?」
 
 泣きそうな顔してるから、と付け足すように言った破壊神さまと目が合う。
 
 「ワタシ、――ワタシ、破壊神さまに、なんということを、」
 「だいじょうぶだから、ほら、何にもなかったじゃん。ね?」
 
 涙を流す私をあやすように、円い声色だった。頬に添えている私の手の上に、破壊神さまの手が重なる。私よりも小さくて、柔らかくて、暖かい手。破壊というよりかは、創造側の方が強いような、優しい手。
 
 「魔王が、私のこと大事にしてくれてるって、よく分かったから。嬉しかったよ」
 
 軽薄口だ、と思った。傷付け、乱暴をしたのだ。このままいけば、危うく汚してしまうかもしれなかった。大事もなにも、話にならない。
 
 「肩から下、触ってこないし。ケガだってもう塞がってるよ。それに、最後まで、キス、してくれないし」
 
 そこまでいうと、次は破壊神さまがボロボロと泣き出した。ぎょっとする私をよそに、破壊神さまは空いているもう片方の手で顔を隠した。
 
 「えっちな気分になったとしても、わたしとは、できないって、こと、なの?」
 「破壊神さま、」
 「ごめん、ちゃんと分かってるの。大事にしてくれてるから、だって。でも、でもっ…」
 「破壊神さま!」
 
 破壊神さまの顔を隠してる手をつかみ、引き剥がす。赤く上気した顔に、溢れんばかりの涙を含んだ瞳と目が合う。パパは全然女心分かってないんだ、とムスメに言われた言葉が頭をよぎる。
 
 「本当はもっとステキな場所で、その時一緒にするツモリだったんです」
 
 なにを、と言われる前に、唇に口付けを落とす。柔らかい感触に、心臓が掴まれたような錯覚に見舞われる。
 
 「好きです、破壊神さま。愛しております」
 
 長い間生きてきたが、今になってもオンナゴコロというものは分からない。だがそれでも、ここで己の気持ちを伝えなくてはならないと思った。
 真面目な声色で、真面目な顔で想いを伝えたものの、当の破壊神さまは終始無言だ。潤んだ目が見開かれたかと思うと、そのまま手で顔を隠された。
 ステキな場所でもない、こんな散らかった部屋で告白なんて、あり得ないと思われたのだろうか。後悔の念に駆られそうになったときだった。隠しきれてない、破壊神さまの真っ赤に染まった顔が目についた。
 
 「…破壊神さま、お顔が、」
 「だって、急に、真面目な顔して言うんだもん…。ズルい…」
 
 耳先まで赤くさせた破壊神さまが、呟くように言う。
 
 「でも、私の方が好きだもん。ずっと、我慢してたもん」
 「それは、どうでしょう。我慢してたのが、自分だけとは限りませんぞ」
 「どういう意味よそれ…っ!ンンン!」
 
 破壊神さまの形の整った唇を貪るように、口付けを落とす。息をつかす暇を与えないくらい、激しく。
 本当はもっと紳士的にいくつもりだった。きちんと手順をふんで、段階的に親密になって……それが恋愛だと思っていた。結局、その計画は全ておじゃんになったわけだが。

恋愛と神はきっと良く似ている。どちらも私の思うように動いてくれないのだから。


 

いやらしいの欲しいとコメント多かったので…いやらしいってなんだ…?(ゲシュタルト崩壊)

次の日微妙なモジモジ空気感に即効ムスメに関係バレたようなバレなかったような。


 
 






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