この日が何の日かくらい、流石に私でも知っている。ちらりと手に持つ包装物を一瞥すれば、くすんだ赤いラッピングに、"Happy Valentine’s Day"と洒落た字体で綴られた薄いピンクのリボン。奮発しただけあって、中々お洒落なチョコレートだ。とはいえ、全然ハッピーじゃないけどね、と内心毒づかずにはいられなかった。
魔界では、リリス達やレディ達が嬉しそうにショッピングモールなどを行き来し、かご一杯に材料を揃えている。バレンタインが男の子の為の日、なんていうのは嘘だ。少なくともお店に集う女の子達を見る限り、この日は彼女達のためにあるように感じる。
いつもなら禍々しい紫色の魔界も、この日はピンク一色に染まっている。そしておそらく、地上も。
買うか作るかの違いはあれど、基本的にはお菓子を渡し、あわよくば自分の思いをも渡すようだ。勿論、つきあいとして仕方がなく、つまり義理として渡す場合もある。例えば、私が今持っているこのチョコなどがそうだ。ただイベントに、ちょっと乗ってみただけなのだ。
目の前には、魔王の部屋がある。きっと部屋には部屋の主が居るだろう。今すぐこの扉を開いて魔王にこれは義理だと言ってチョコを渡せばいいだけなのに、それが出来ずにいた。恥ずかしい、その思いがあと一歩という所を邪魔していた。
どうしたものかと扉の前で頭を抱えていると、横から「あのぉ・・・」と可愛らしい声が聞こえた。反応して顔を上げれば、声と同じように可愛らしいリリスが不思議そうに私を見ている。手には、ピンク色の紙袋がひとつ。気づけばこんにちは、と挨拶する間もなく質問が飛び出していた。
「そのお菓子、魔王に?」
この日からして中身はお菓子系だという事は分かった。リリスもうっすら笑みを浮かべ、そうなんですよぉ。と照れながら返してきた。女の子のあるべき姿を見ているような気がして、少しだけばつが悪い。
「破壊神様もソレ、渡すんですか?」
「へ?」
リリスの目線は、私の持っているチョコをさしていた。どことなく恥ずかしさから「義理だけどね」と平静を装って答え、さっとお菓子を後ろに隠す。リリスはその答えにそうなんですか、と答えると、「一緒に渡しましょうよ。」と提案してきた。
――此処で断ったら、また先程の繰り返しになる。自分にそう言い聞かせ、二つ返事で答える。私の緊張をよそに、リリスは嬉しそうに微笑むと扉をノックした。
中から魔王が入ってもいいとの声が聞こえ、リリスは丁寧に失礼します、と声を上げ入って行く。実際魔物を従えてる姿を見ると、やはり魔王は間違いなく"王"なのだと感じる。いつも私に頼ってくる姿とは別の、王としての一面に、不覚にも顔に熱が籠る。
部屋に入るや否や、最初に目についたのは机の上に置かれた山ほどあるお菓子だった。大方リリスやレディ達が渡したのだろう。あまりの量に一瞬たじろいだが、仮にも王な訳だし、この量は王としては普通なのかも、と思い直す。当の王さまは、私を見てちょっと驚いた顔をしている。
「おお、破壊神様にリリスじゃないですか。一体、どうなされましたかな?」
魔王の質問に、リリスは数歩魔王に歩み寄る。
「魔王様に、これを渡そうと思って」
やはり女の子のあるべき姿だ、と思った。す、とお菓子を魔王に手渡し、日頃の感謝の言葉を述べているだけだが、素直でとても好感の持てる佇まいだ。
受け取った魔王も慣れた感じで感謝の言葉を述べている。あれだけの量を貰って来たのだから、当たり前かもしれないが。
目的を達成したリリスは、帰り間際に「破壊神様も頑張って」と耳打ちし、悪戯っぽい笑みを浮かべ帰って行ってしまった。バタン、と扉が閉まる音と同時に魔王はこちらに顔を向けた。
完璧な御手本を見たとはいえ、まだ心の準備ができてない。いや、完璧な御手本の後だからこそ、気後れしてしまう。とりあえず他愛もない会話で場をつなぐ。
「凄い量ね、お菓子」
「まぁ、私も王ですからな」
威張る様子はないが、少しだけ誇らしげに言う姿はいつもの魔王だ。「食べきれるの」という私の問いに、「なんとかなるとは…」と呟きながら、お菓子の山を見つめた。つられるように私もお菓子の山へ視線を向ける。緑、赤、黄色…様々な色のラッピングが目につく。まさに、極彩色の景色だ。
――魔王はこんなに女の子達からお菓子を貰っている訳だし。私があげる必要、無いんじゃない?
ふっと現れた悪魔の囁きに、天秤が傾きそうになる。すぐに頭を降って頭から追い出すが、そもそもそんな事を考えてしまう自分に嫌気がさす。いつもそうだ、簡単な方に逃げようとして、後で後悔して――
「それで、破壊神様からは、貰えないのですか?」
「え」
思わず、後ろに隠してあるお菓子を持つ手に力が加わる。あっちからこんな直球に来るとは思ってもいなかった。これはある意味チャンスなのかも知れない。さっきのリリスみたいに、素直に渡せばいいのだ。
「う……と、その、ね」
視点を泳がせながら、言葉を探す。「義理だけど、あるよ」と言えばすむ話しなのに、羞恥心が喉を塞いだかのように、言葉はでてこない。不器用な自分を恨んだときだった、魔王が目をうつ伏せ、落胆の表情を見せた。
「そう、ですよね……破壊神様から貰おうなんて、ずうずうしい考えですよね…」
「え、ちがっ」
どうやら先程の言葉や私の表情から、勘違いしてしまったようだ。慌てて弁解の言葉を探したが、どれも白々しく感じられる言葉ばかりだ。そのせいで、魔王の表情は一層ションボリしたものになっている。
その表情から罪悪感を感じ、ううう、と小さく唸りると、腹をくくった。
「その、ね、魔王……こ、れ…」
後ろに隠していたお菓子を、す、と差し出す。恥ずかしさから、堪らず顔を伏せてしまう。
顔に熱が籠るのが良く分かった。穴があったら入りたい気分だ、と頭の中で嘆いていると、何時まで経ってもお菓子を取ってくれてない事に気付いた。変に感じて頭を少し上げてみれば、魔王は驚いた顔でお菓子に穴が開くかという程見つめている。
もしかして嫌だったのか?と不安を感じ始めた時だった。突如魔王はぼふり、と私に抱きついた。一瞬何が起こったのか分からず、頭の中にあった不安などは全て吹き飛んだ。
(破壊神さまあ!嬉しいですぞ!)
((恥ずかしい死にたい!!!))
バレンタインネタ。
ヒロインちゃんをツンデレにしようとしたらこうなった。後悔はしている。
20171104 修正&加筆