神様の休日



※恋と神の共通点の続き
※映画”ローマの休日”のネタバレあります
 

 いつものように世界征服を進め、端に御座る城を手中に収める。点在する拠点もしっかり魔界に取り込むと、大地は紫色に染めあがり、圧巻の景色が広がっていた。
 魔物達が飛んで喜んでいる姿を見て、思わず頬が緩む。勇者達には悪いが、こうして魔族に慕われている限り、征服活動をやめることはできないだろう。
 卓上で土が盛り上がったかと思えば、パッと緑と紫が入り交じったフィールドマップが表示される。先程までお城があった場所が、今では何だか禍々しいモノに変形していた。またひとつ、私達の領土が増えたのだ。
 手首を返し、時間を確認する。10時5分。土に埋もれた部屋からは外の様子など分からない――そもそも、私の世界と同じ時を刻んでいるのかも分からないが――もう一つ、いつもならば城を落とすとお開きになる。そう、いつもならば。
 ふあぁ、と気の抜けた欠伸をムスメが吐いた。思いっきり腕を伸ばし、背中をしならせ「眠いしもう寝るんだー」と目を擦らせている。
 
 「そっか。 じゃ、今日はもうお開きにする? 」
 「んー。 明日は来れるんだの? 」
 「もちろん」
 「アハッ、いい心掛けなんだ。 じゃ、今日はもうかえっていいぞ」
 
 勝ち気な振る舞いに、魔王が顔をすぼめすみませんと目で謝っていた。神だからといって威張り散らす気はないので、どんな対応でも別段構わないのだが、魔王は気にするようだ。そんなことよりも、明日も来ると聞いて素直に喜んでくれている姿が嬉しい。
 「おやすみー」と間延びした声と同じように、私もおやすみと返す。華奢な腕が気だるそうに振られ、扉へと消えていった。途端に、気まずい空気が辺りを漂う。二人きりになると、どうしてもあの日を意識してしまって駄目だ。
 "おにく事件"から早数週間が経っていたが、事件以来キスもしていない。この件に関しては、私が悪かった。貪るようなキスの後、最後にひどくやさしいキスをもらい、あの日は自室へ帰った。肉体は。今になっても心はフワフワと浮かびっぱなしで、仕事ではミスを連発し、今日の征服活動では勇者に塔を殴られ侵入一歩手前の危機にさらされた。肝が冷えるとはまさにあのことだろう。なんにせよ、集中力が欠如しているのは明白だった。
 恋愛をしたことが無いわけではない。人並みにはしてきたと自分では思う。だがこんな、ラブソングで良く聞くような、切なくなったりドキドキしたり、実生活に支障をきたすのは初めてだ。七年間の空白は、こうも恋を拗らせるものなのか。
 
 「じ、じゃあ、私も帰ろうかな」
 
 二人きりになると、この魔法を唱えてしまう自分が嫌になる。魔王を前にすると、脳ミソが真っ白になり、舌が渇き、言葉が喉につっかえる。今私のステータスを見れば"状態異常"の四文字が浮かんでいるだろう。
 魔王も気を使ってか、世間話はすれど、恋人同士のような会話はしなかった。とどのつまり、いつも通りの関係でいてくれた。無理強いせず、帰ると言えばちょっとだけ寂しそうにしながらも、分かりましたと言ってくれる。だが、いつもよりも早くお開きになったせいか――それとも何もなかった数週間のせいか――いつもの返答はこなかった。
 
 「破壊神さま。今夜は空いておりますか」
 
 手首を掴まれ、赤い瞳が訴えかけるように私を射ぬいてくる。意を決して発したのだろう、魔王の手には薄ら湿り気を帯びていた。
 本当ならばいつものように「ごめん、明日用事あるから……」と、嘘を一つ置いてこの場を逃げるように去るつもりだった。だが真剣な表情に、まるで子供が行かないでというかのような不安そうな瞳に、気が付けば声が口から漏れ出ていた。
 
 「ア、アイテオリマス……」
 
 嘘の代わりに、たどたどしい言葉がひとつ、部屋に響いた。
 
※※※
 
 「うわ、成功した」
 
 ドコンとソファの四つ足が床を叩き、私の体が一度だけ跳ねる。くたびれたスプリングが、鈍い悲鳴をあげた。
 私の部屋にある二人掛けのフェイクレザーソファに寝転がり、あっちの世界へ持っていくイメージを浮かべ目を閉じてみたのだ。前回ビニール袋は持っていけたので、もしかしたら……と試してみれば、思いの外いけてしまった。
 これには流石に魔王も驚いたようで「もはや何でもありですね」と頬をかいている。
 
 映画を見ましょうと、あの後気恥ずかしそうに言われ、今に至る。別に変な事を意識していた訳では無いが、拍子抜けのような――安心感のような―複雑な気持ちが胸に渦巻いていた。とはいえ、流石にいい大人が地べたで映画、というのも貧乏臭く、私の部屋からソファを持ってきたのだ。
 
 「地べたに座って見るよりも、何倍もいいでしょ? 」
 「まぁ、そうなんですけど……」
 「それで、何見るの? 」
 「ええとコレです、コレ」
 
 雑多に積み上げられている物の中から、抜き出すようにして黒い物体を持ってきた。ガラガラと物が崩れる音が聞こえたが、魔王は気にする様子もなく私にソレを手渡した。

 「これ……」
 
 VHS、ビデオテープと言った方がわかりやすいか。4KテレビやBlu-rayが流行っている時代に、ビデオテープ。時代錯誤もいい所だと吹き出そうになったが、ラベルを見た瞬間、思わず息を呑んだ。
 
 "Roman Holiday"
 
 年季が入り、少しだけ剥げかかった文字を、確かめるかのように指でなぞる。――ローマの休日。不朽の名作が、なんでこの部屋に。
 
 「それ、破壊神さまが昔持ってきたモノですよね」
 「うっそ!覚えないよ!」

 素っ頓狂な声を荒上げながら、穴が開くほどビデオテープを回し見る。確かに七年前なら、ビデオテープにも人権があった。それにまだ私が実家暮らしの頃だ。もしかすると、知らずの内に家族の誰かの私物を持ち込んでいたのかも知れない。
 
 「たまたま見つけまして。 面白いんですか?」
 「そりゃもう……なんて言ってもアン女王とジョーが……いや」
 
 言うよりも見るが易しだ。寝っ転がっていたソファから飛び起きて、早速テレビに入れようとする。……が、取込み口が、ない。ブラウン管型のテレビを満遍なく見渡すが、レトロなツマミが二つあるだけだ。
 
 「……ビデオデッキって、あったりする?」
 「確かあったハズですぞ」
 
 魔王が物の山を崩しながら探す。派手な音も聞こえたが、私も魔王と同じように気にしないことにした。
 
 「おっ!ありましたぞ!」
 
 ほくほくと得意げな顔でビデオデッキとコードを引き摺りながら、テレビの横へ置いた。パズルのようにコードをはめていく様子を、膝上で頬杖つきながら茫然と眺め入る。電源コードを入れたのを確認し、立ちあがりフライングでテープをデッキに差し込んだ。ちょっと、と咎めるような視線が向けられたが、構わずテレビの電源をつけてソファに座る。早く見たいのだ。
 
 分厚いブラウン管に、モノクロの映像が投影される。なんだかこの空間だけが、昔にタイムスリップしたようだ。しみじみと鑑賞してる私の隣に、魔王が座った。
 
 「なんだかゴキゲンですね」
 「そう?好きなんだ、この映画」
 「へぇ。 ワタシも楽しみです」
 
 喋り終わると同時に、魔王の指が私の指を絡めとる。いわゆる、恋人繋ぎという、ものだ。脳ミソが真っ白になっていく感覚――状態異常のアイコンが、点滅している。胸がドキドキと張り詰めていく感覚に、呼吸が早まる。
 チラリと魔王を横目で窺えば、どこかぎこちない様子で映画を見ていた。顔は余裕があるように見せているが、ふんわりとした手の握り方に、緊張が読み取れる。
 クレジットが終わり、私も画面に視線を戻す。私だって余裕があるのだと、思わせてやりたかった。ぎゅ、と手を強く握れば、魔王の肩が跳ねた。してやったりだ。ほくそ笑む私に、魔王が少しだけ口を尖らせた。
 
 ※※※
 
 誰もが、画面のむこうの人間に釘付けになる。アン女王の品のある佇まい、少女のようなあどけなさ。ジョーの渋くてハンサムな顔、大人として優しくリードする姿。
 私は字幕を横目で流し見ながら、天真爛漫なアン女王に見とれていた。ローマの美しい景観に何一つ霞むことなく、どのシーンを切り取っても絵になる。本当に、綺麗だ。
 
 「美しいですなぁ」
 「ね……ほんとうに……」
 
 しみじみと、溜め息混じりに言う。風景も、人も全てが美しい。
 
 「ここは、破壊神さまのセカイですか?」
 「ん?うん。 あ、でも行ったことはないよ。 私の居る世界の、住んでいる所から遥か遠く場所に、ココがあるの。 凄く綺麗で、有名な観光名所で……」
 「なにやら、広いおセカイなんですな」
 「……あげないからね、こっちの世界は」
 「さ、流石に狙いませんよ!」
 
 訝しげにじろりと目を配らせる私に、咄嗟に手を振って否定しようとしたのだろう。だが、手を繋いでることを失念していたのか――私と魔王の指が絡まった手が、バッと目線の高さまで持ち上げられる。
 途端に私と魔王の間に、バツの悪い空気が漂う。隠していた物を、見つけられたような気恥しさ。かといって、手を離すわけでもなくて。先程までの会話が嘘のように、お互い言葉が出てこなかった。ゆっくりと、手がソファの上に戻っていく。行き場のない視線を誤魔化すように、私と魔王は自然とテレビへ顔を向けた。
 
 思わずあっと声を上げそうになるのを、すんでのところで押し殺した。テレビでは、丁度びしょ濡れになった二人が陸にあがってくる場面――。この先は、キスシーンだ。
 
 「の、喉乾いたね!」
 
 思わず立ち上がり、この場から逃げるように体の向きをかえる。今この精神状態で見るには、刺激が強すぎる。
 
 ――ぎゅ、と手を握る力が、強まった。

 私の全神経が、手に集中していくような感覚。ドクドクと脈打つ音が、肉を通して耳に響く。
 魔王の顔を見れば、テレビに顔を向けているものの、白い顔にみるみる赤みが入っていく。
 離れぬ手に引かれるように、再びソファに座る。心臓の音が激しい、多分顔も真っ赤になっているだろう。
 ふ、と魔王と目が合う。真剣な顔つきに、私の体は錆び付いたように動かなくなる。ゆっくりと近づいてくる魔王に、少しだけたじろぐが、きゅっと手に力が込められる。逃げないで、と言うように。
 ちゅ、とリップ音を皮切りに、あついキスが降ってくる。
 あぁ、まるで、映画みたい、だ――。
 
 ※※※
 
 「アレ、この二人はくっつかないんですね」
 「うん。身分が違うからね……。 でも、その切なさが、またいいの」
 
 The Endの文字を恍惚とした顔で見ながら、破壊神さまは溜め息を漏らした。
 
 ――身分が違うから。その言葉に、胸が握り締められた。「私とアナタも、そうなのでしょうか」と込み上げた言葉を、ぐっと飲み込んだ。
 
 「……この結末、嫌だった?」
 「いえ、そうではなくて……」
 
 ――不安なのです、破壊神さま。最初こそアナタを利用する為に呼んで、近付いて。共に日々を過ごす内に、恋心を抱いてしまって。結末は違えどなんだか映画と一緒みたいじゃないですか。相思相愛だと知ってはいるものの、神様とワタシとでは、どだい無理な話だったのだと、第三者に言われたような気持ちです。
 「なんでもないですよ」ニコリと笑って言う。上手に笑えてるのかは、分からなかった。
 
 「ふふ……相変わらず嘘、下手くそだよね。 じゃあ、次は離れ離れにならないような、ラブストーリーでも見る?」

 悪戯っぽく笑いながら、破壊神さまが立ち上がる。優しく、私の手を引いて。
 
 「ソレは、私達のお話ですな」
 
 引かれる手を、強く握り返す。ばか、と気恥しそうに呟く破壊神さまに、微笑みながら腰を上げた。



あの話の続編なようなもの。

魔王様と映画見たいっていう心だけで書きました(邪心)
ローマの休日を久しぶりに見まして。いやはやいつ見ても名作ですね…身分の違いに魔王様も悩んでほしいと思います…。








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