ハッピーハロウィン




 数年ぶりに悲鳴をあげた。
 
 さぁ寝ようかとしたときだ、先程まで静かだった部屋から物音が聞こえたのだ。勇者でも来たのかと、気色ばみつつドアノブをゆっくりとあければ、そこには血塗れの女の姿。長い髪の間から私を捉え、一目散に向かって来られれば誰だって悲鳴をあげる。
 
 「んっふふ〜びっくりしたぁ?」
 「し、死ぬかと思いましたよ…」
 
 ぶつかった衝撃で倒れた私の上で、破壊神さまは得意気に笑った。酒とタバコの匂いが鼻をつく。
 
 「これ、すっごいでしょ〜!テーマはゾンビナース!」
 「なんですかそれ、というか、ハロウィンはもう過ぎておりませんか?」
 「ハロウィン平日だったからぁ、次のどーにちに変更なったの!だからまだハロウィンなの!アハハ!」
 
 すっかり出来上がった神の、酒癖の悪さに頭が痛くなる。だが、前回一緒に飲んだときは"こんなの"にはならなかったハズだ。「何飲んだんですか」と顔をしかめて聞けば、頭が回らないのか間の抜けた声が返ってくる。
 
 「えっとねーえっとねー…あ!ちゃんぽん!」
 「ちゃんぽん?」
 「うん!ビールにーワインにー焼酎に日本酒に――」
 「…なるほど、確かに"ちゃんぽん"ですな…」
 
 元々強くもないのにそれだけ飲めば、できあがるのも無理はない。こちらとしては迷惑でしかないが、上機嫌に笑う破壊神さまを見れたのでヨシということにしておこう。
 
 「ハロウィンパーティーは楽しめたようでなりよりです。さ、今日はもう夜遅いんですし、寝ましょうか」
 
 おひらき感を出したというのに、頭上の神様はひとつも降りる気配がない。破壊神さま、と促すように名前を呼ぶと、猫のように頭を胸元に擦り付けてくる。酒とタバコの匂いがなければ、素直に嬉しく感じただろうに。
 
 「まおー、いいにおい…。お風呂上がりだ!」
 「そうですそうです!だからあんまりくっつかれると匂いが!移ってしまうので!」
 
 ぐりぐりと頭を擦り付けてくる破壊神さまの肩を押し返すが、ガッチリと腰を掴まれ動くことすらままならない。ふいに、破壊神さまの動きが止まる。私の腰を注視したと思えば、何かを含んだ笑みを私に向ける。――嫌な予感がする。
 
 「ね、魔王。トリック オア トリート」
 
 予感的中だ。今まで一番悪い顔をした破壊神さまが私にお菓子をよこせと手を差し出している。もちろんお菓子などない。
 
 「破壊神さま、残念ながらハロウィンは終わりですよ」
 
 差し出されている手をやんわりとひっくり返し、破壊神さまの腕時計を指し示す。12時20分。昨日がパーティーだったのなら、日付が変わった今日はただの日曜日だ。
 
 「あは、魔王。違うよ、パーティーはどーにちの2日間なんだぁ。だからまだハロウィンなんだ」
 「そ、それはいささか横暴ではありませんか」
 「私という神様がそう言ってるんだ!だから今日はまだハロウィンなんだ!」
 
 「ヒドイ!職権濫用!」と声をあげるが、破壊神さまは問答無用で私の服をめくりあげた。本日2回目の悲鳴が部屋に響く。
 
 「あはっ!腰ほそーい!内臓入ってるのー!」
 「ヒエエ!セ、セクハラですぞ!」
 
 直に肌を触られまくる感触に、肌が粟立つ。
 
 「いっ…!?」
 
 お腹から痛みを感じ、顔を向ければそこにはくっきりと歯形が浮かび上がっていた。
 
 「ゾンビだから内臓たべるの」
 「じょ、冗談ですよね…?」
 「どうかなぁ?わたし、モツとか好きだし」
 
 3回目の悲鳴は、小さく口から漏れでた。
 
 
 結局、破壊神さまが寝落ちするまでの三時間の間、身体中を噛みつかれ痕だらけにされた。
 今ではぐっすり私の上で寝ている神様の髪の毛を、優しく撫で上げる。もはや私も酒とタバコの匂いまみれにされ、身体中歯形だらけにされたが、不思議と気持ちは吹っ切れていた。
 
 そう、今日はまだハロウィン。神様がそう決めたのだ。
 
 ※※※
 
 「あったまいたぁ…」
 
 ズキズキと痛みを訴えかけてくる頭を抑えながら、目を開く。見慣れないシーツに掛け布団が視界に入り、思わず飛び起きた。ここ、どこ?
 もしかして男の部屋にでもあがりこんだのかと思うと、サァッと血の気が引いていくのが分かる。
 
 「おはようございます、破壊神さま」
 「ヒエッ…って、ま、魔王?あ、ここ魔王のベッド…」
 「えぇ、昨晩酷く酔っておいででして。帰られる前に寝てしまわれたので、運ばせて貰いました」
 「あー、そうだったんだ。ごめんね、ベッドお酒臭くしちゃった」
 
 あ、タバコの匂いもか。付け足そうと顔を上げると、目の前ににっこり笑った魔王がいた。
 
 「イイんです、気にしてません。それより破壊神さま。今日は何の日かお分かりですか?」
 「え?文化の日…はもう終わったしなぁ。何の日なの?」
 「ハロウィンです。昨日、破壊神さまがそう決めました。あとワタシを歯形だらけにしました」
 
 にっこり笑ってはいるが、これは大変ヤバいやつだと頭のなかで警報が鳴り響く。実際魔王の首筋に浮かび上がっている歯形が、昨日"やらかした"ものなんだろう。つまり、今日はハロウィンと決めたというあの件も、本当なのだと思う。
 魔王が咳払いを一つすると、お決まりの呪文を私に言った。フフフ、だけど私はパーティー帰りなんだ。会場で貰った飴ちゃんが確かポッケに――
 
 「あ、アレ?ちょっとまって、確かここにお菓子が…」
 「ハテ?無いように見えますが」
 
 両サイドのポッケを叩くが、確かにあったはずの飴が、無くなっている。
 ――ふいに、コロンと小気味のいい音が頭上で聞こえた。バッと魔王に顔を向ければ、赤い口のなかで、悠然として輝くオレンジ色の、飴が。
 
 やられた、というか顔をしてたのだろう。魔王から勝ち誇ったような笑みが向けられる。
 
 「どうやら、お菓子は無いようですね?では、」
 「あ、まった!ストップ!フリーズ!」
 
 一歩一歩近づいてくる魔王に呼応するように、ジリジリとベッドの端へと逃げる。急に腕を伸ばし、私の腕を掴んだかと思うと、優しい手つきで腕時計を外される。
 
 「この時間に用事がある、とか言われてももうダメですので。私が時間をカンリします。あ、でも破壊神さまの時間でいう夕方頃には返してあげます」
 
 サイドテーブルに、腕時計がコトンと置かれる。はじめての給料で買った、お気に入りの腕時計がまるで人質のようだ。
 
 
 
 結局、私が帰れたのは日付が変わってからだった。

 

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