―チャンピオンが決定しました。
AIチックな女性のアナウンスが流れる。ああ、なんてことだ。構えていた銃が急に重さを取り戻したような感覚に、思わずよろめいてしまった。
漁夫を狙って戦闘を行い銃声を聞いてほかの漁夫が来て……と死闘を繰り返してたらいつの間にかチャンピオンだ。もっと突っ込んで戦闘をするべきだったんだ、回復なんて後からやれば良かったんだ……。ボディシールドが割れる度に隣の男がカバーに入ってくれるから、ついつい甘えてしまった。
表彰台に上がりながらも、心は悔しさでいっぱいだった。スコアを見なくても分かる。キルもダメージも大して出せなかった。
負けられない戦いだったのに。いや、試合は勝ったんだけど。
「おい、そんなシケた顔すんなよ」
隣に立つ男が私の脇を小突く。いつものマスク姿ではなく白いヘルメットを付けているので表情は一層分かりづらいが、それでも上機嫌だということは嫌でも分かった。
顔を正面に戻し小声で話す。
「じゃあこの勝負はノーカンということにしてもらえる?」
「バーカ。そんな訳ないだろ」
オクタンは鼻で笑った。歓声を浴びる中、私の顔は引き攣っていたに違いない。
※
チームで今夜のパーティ≠燒ウ事終わり、そのままの足でオクタンの部屋へ向かう。一縷の望みをかけてアルコール飲料を手土産として持っていくが、あまり役にはたたないだろう。負ける度に、ナマエはあの約束を後悔した。
『チャンピオンになった人の命令を1つ聞く』
これはシーズン2が始まって、お互いアリーナでの要領が分かってきた頃に決めたことだった。
幼馴染という事もあり、気兼ねなくお互いの部屋に入る関係であるオクタンと宅飲みしていた時だ。私の部屋で、自分の部屋のようにくつろぐオクタンが、思い出したかのように質問をした。
「そもそもなんでアリーナに出ようと思ったんだよ」
「えー……何だろう。オクタンやアジャイが居たから?あとは、単純に必要とされたから、とかかな」
「ツッマンネ〜答えだな」
ソファーで足を放り出し寝転がるオクタンが、冷めた声色で吐き捨てた。ナマエはため息を吐いた。
「でも、チャンピオンになってもメリットが無いんだよね。富も名声も、別に欲しくないし」
「はぁ?尚更なんで参加してるんだよ」
「いまは……バッチが欲しいからかなぁ。次は3000ハンマー取りたい」
「あのなぁ。キャリー出来るくらいの腕前をつけてから言えって。毎回撃ち負けてる様じゃハンマーなんて夢のまた夢だぜ」
テーブルの上に置いてあるおつまみシリーズからピーナッツを掴むと、オクタンは器用に指で弾いて食べた。行儀が悪い。
「……もっと本気でやらないと。」
アルコールが注がれたグラスを注視して、聞こえない程度に零した。だが、オクタンは目ざとく反応した。寝転んだ姿勢から戻ると、不敵な笑みを浮かべた。
「オレと勝負しようぜ。同じ部隊ならキル数ダメージ、別部隊なら順位が上のやつが勝ち。分かりやすいだろ?」
「勝ったら何があるの?」
「オレはなんでもいいぜ。どーせ負けないしな。」
アルコールが入った頭では、相手の言葉がストレートに入ってしまうもので。今思えばこの時が間違いだった。カチンときた私は大きく出た。
「それなら相手の言う事を1つ聞く、ってのにしよう。もちろん、常識的な範囲内で。マイクロビキニとか持ってきて着ろ≠ニかはナシ。敗者に拒否権有り、だからトンデモ命令は出来ないって仕様ね。」
ナマエはオクタンが舌打ちするのを聞き逃さなかった。危なかった、予防線を張っておいて正解だ。
とはいえ何でもいいと言った手前、無下にされる事はないだろう。
「それだと勝負の意味無くね?」
「そう?私はオクタンが嫌がるけど、かろうじて履行できそうな嫌がらせを思いついたから、問題ないよ」
「ほう。強く出たな?ならオレは先に言っておくぜ。負けたら金髪に染めろ」
「えっ」
なぜ?
想定外すぎる罰ゲームに、ナマエは思わずフリーズした。同時に、金髪を靡かせる自身も想像した。間違いなくみんなから何があったのか聞かれる。
断ろうと思えば、断れる……が。
「出来ないのか?この程度も?」
せせら笑う姿が、闘争心を燃え上がらせる。
「それ絶対言ってくると思ってた。滅茶苦茶イヤだけど、……やる。やってやる……!」
「美容院の予約をしておけよ」
「オクタンが負けたらアドレナリン1週間禁止ね」
「いいぜ。負けないしな」
そこからはひどいものだった。最初の2ヶ月はまるで勝てなくて、一方的な罰ゲーム状態だった。金髪にしたかと思えば次の週では真っ黒に染めろと言われ。ヘアカラースプレーで許してもらえたのは幸いだったが。
ジャンプマスターでは譲渡禁止、それに加えて突然手を引かれ無理矢理飛ばされたりもした。急に空へ放り出されたら誰だって絶叫するに決まっている。そんな私を見てオクタンは爆笑していた。
後半は遊び飽きたのか「滅茶苦茶美味いモン作ってくれよ」という違う方向で嫌な罰ゲームを受けた。何系と聞いても「旨いモン」としか情報が聞き出せないのだからタチが悪い。
そんな苦節を乗り越えて、ナマエは先週やっと黒星を勝ち取った。散々オモチャにされた礼を、と思っていたが、それはそれで後が怖い。自分の実力はよく分かっている。
それに、願いはもう決まっていた。
「よぉ。まさか負けるとは思ってもなかったぜ。それで、何をして欲しいんだ?」
「服を着て」
「はぁ?」
首を傾げるオクタンに、表情を変えないよう気をつけながら、クローゼットを指差した。
「ウィニングラン。この前、届いてたでしょ」
「マジかよ。暑いんだよ、アレ」
オクタンは気怠そうに頭を掻いた。ドキドキ暴れる心臓を悟られまいと、知らないうちに顔を逸らしていた。
だから、オクタンが目の前まで踏み込んできたことに気がつくのが遅れてしまった。ずい、と身を屈めて顔が近づけられる。ゴーグル越しで目は見えなかったが、私の挙動を観察しているような視線を感じた。
「……で。何でお願いがコレなんだ?アドレナリン禁止じゃなかったのか?」
ごもっともな質問だ。だが本当のことを悟られてはいけない。
「……肌出してるの、危ないじゃん」
一瞬の間、オクタンがフリーズし、そして腹を抱えて笑いだした。
「jajaja!本気で言ってんのかよ、ナマエ!」
「うるさいなぁ!とにかく罰ゲームだから!1週間その服だからね!」
笑い転げるオクタンを放っておいて、ナマエは部屋を出た。くそ、もっとマシな嘘をつくべきだった。
※
「さて、と。今回は俺の勝ち、という訳だが」
プシュ、と缶のプルタブを開けると同時にオクタンが切り出した。生唾を飲み込んで、自分の運命を待った。
「……何して欲しいの。」
「そ〜だなぁ〜?正直言って、飽きてきたからなぁ〜?」
じろりと視線だけをオクタンに向ける。ならノーカンにしてくれたっていいのに。
「5分間だけオレの言うことを聞けよ」
「服を脱げ、とか無しだよ」
「あのなぁ!そんなこと言うと思ってんのか!」
「……わかった。私も、はやく終わる方がいいし」
「じゃあ、服を脱がしてくれ」
「!?」
ソファの上からベットの上へ移動し、どっすり座りながら腕を広げ、オクタンは言った。
「お前のお願い≠ェあるからな?」
「ぐ……!」
やられたとナマエは思った。私のお願いをしてからまだ5日目なのだ。それに、オクタンの願いも聞くと言った手前「無理」とは言いづらい。「嫌だけどギリギリ履行できる」の模倣例だ。
エアコンがついているはずなのに、やけに暑い。震える手をオクタンの胸元へ、近づけた。
ライダースジャケットは風の侵入を防ぐため、基本的に密着するようなデザインになっている。そのせいか、ジッパーを下へ引っ張るだけでは胸筋にひっかかり、少々脱がせづらい。
片方の手をオクタンの胸元に置いて、ジッパー部分へ隙間を寄せる。
硬い胸だ。少しも贅肉なんて無い、努力の結晶だ。知ってはいたけれど、実際に触ると何故だか顔に熱が登る。
ジッパーを下ろしたあたりで、腕を引かれクルリとオクタンとポジションが変わる。照明が眩しくて、ナマエは目を細めた。
「……ヘルメットも脱がせろよ」
「い、いやだ。ジャケットはまだ着てると判定するけれど、メットを脱がせたら私の罰ゲーム違反」
「ハァ!?」
盛大な舌打ちをオクタンがこぼす。メットを外したら、間違いなく喰われてしまう気がした。腹を空かせたオオカミが、口輪をつけて私の上に跨っている。
チラリと自分の腕時計をのぞき見る。開始から2分ぐらいだろうか。
「ほぉ〜、随分と余裕だな。状況分かってんのか?」
オクタンの圧力を感じる物言いに、思わず顔を逸らした。
「……シルバ。悪ふざけはもうやめようよ。これでも女子なんだから、その、」
「……怖いか?」
圧が薄れた声色に、逸らしていた顔を戻した。黄色いゴーグルに射すくめられて、言葉がうまく出てこない。怖い……わけではない。それよりも、どちらかというと……
「……恥ずかしい?」
欠けていたピースがピッタリはまったような感覚だった。だからこそ、導き出した答えが意外で自分でも驚いた。
これは、気づいては、いけない感情だったのだ。
気持ちを理解してしまった途端、心臓が脈打つ力が強くなる。顔が熱い。耳の先まで一色に染まっていく感覚が分かる。
堪らず両手で顔を隠した。
「ナマエ」
甘えるような声で、オクタンが耳元で囁く。
いつもは聞かない声色に、頭がぐるぐるする。
「っ、ちょっ、ちょっと待って!」
「無理」
「ひゃ、あ、ちょ、っ!ブラ外さないで!」
慌てて服に侵入してこようとするオクタンの手を掴む。
「顔が赤いぜ」
「う、うるさいバカ!うわ!ちょっ、脱がせないで!」
足をバタつかせたせいかベッドがギシギシ唸り、埃がたつ。オクタンの手が地肌に触れるたび、上擦った声が出てしまうのがなんとも恥ずかしかった。
止まらない猛攻により、もはやシャツとキャミソールが胸の下まで迫り上がって来ている。
両手でオクタンの手を抑えるのも、限界が近いことをナマエは知っていた。
「オクタビオ、」
オクタンの手が止まる。止まるだけで、離しはしない。なんだと言いたげな視線が私に向けられていた。
「電気…消して」
返事は無い。服を握りしめるオクタンの手に力が一瞬込められ、そしてまた緩んだ。オクタンはため息ひとつ溢すと、私を押し倒したまま身を乗り出しベッドサイドの電気を消した。
ありがとう、とお礼を言おうと思っていた。けれども部屋は暗闇に染まり切っていなくて。淡いオレンジの光が仄かに部屋を照らす。
気がついた頃にはオクタンの手は離れ、ヘルメットとジャケットを脱ぎ捨てていた。
抗議する間も無く、薄い唇が私の首筋に音を立てて吸い付く。ビクリと身体が跳ね、婀娜っぽい声が漏れる。
「おいおい、もうへばってんのか。まだまだ……これからなんだぜ?」
オクタンが不敵に笑う。逃げる敵を追いかけ回している時と同じくらい、悪い顔だった。
明日の試合に支障が出ない程度に終わる事を祈りながら、ナマエは目を閉じた。
※
無遠慮に閉まる扉の音、部屋を歩き回る義足の音。それに硝煙の匂い……。休日に掃除機をかけられている時を思い出しながら、ナマエは重たい目蓋をゆっくり開いた。身を動かそうとすると、鈍痛が腰に走り、思わず呻いた。
「よぉ、起きたか」
「ん…えっ?何で…武器持ってるの?」
G7を肩にかけ、少しボロになったウィニングラン姿のオクタンにナマエは驚いた。
「試合に行っていたからな」
「う、ウソ!ひえ!もう15時じゃん!無断欠勤!何で起こしてくれないの!!バカ!」
「うるせーな、起きない奴が悪いんだろ」
「ひどい…パスに迷惑かけちゃった……『ナマエとは絶交だよ』とか言われたらどうしよう」
「パスには調子悪いから来れねーよって言ってあるぜ。『はやく元気になって一緒に試合でようね!』だってよ」
「パスの声マネして喋らないでよ!」
「『ナマエとは絶交だよ!』」
「パスはそんな事言わない!」
「お前が言ったんだろ。ほら、さっさと起きろよ。飯いくぞ」
「飯って…何食べるの」
「祝賀会だからな。イイモン食おうぜ」
「う、うそ……もしかして…チャンピオン…なったの?」
「当たり前だろ。4000ハンマー様だぜ?」
「ぐ…!でもすぐ追いつくもんね!プレデターにもなるし!」
「分かった分かった。ハンマーの話になるとすぐ面倒になるよな。……お、着替えたな。それじゃ行くか」
(20191224)
ダイヤ行けた記念。