バニラアイス


テレビに映る芸能人を眺めながら、近所のスーパーに売っていたラクトアイスを一人で頬張る。暑苦しい万事屋ではアイスがあると割と助かってたりするのだ。風呂上がりの濡れた髪もそのままに、涼しい扇風機の風に当たってアイスを食べる。これがどれだけ極楽か。
口に含んだバニラアイスが舌で溶けていく。冷たいその舌触りに自然と口角も上がった。

「あ、アイス食べてる」

背凭れにしていたソファーが小さく軋む音と、後ろから聞こえてくる声が重なった。それから、わたしの両脇に誰かさんの足が見え、後ろからかかる僅かな体重に上を見上げると、やっぱりそれは銀時で。

「アイス美味しい」
「お前ね、髪の毛乾かせっていつも言ってんでしょーが。こんな濡れた髪で扇風機の前に居座りやがって」
「めんどくさかった」
「風邪引くぞ」
「いいよぉ、今が幸せなら」
「ンだそりゃ」

やる気のない瞳がわたしを見下ろす。後ろから伸びる腕が、わたしの前で交差した。風呂上がりで温もってる体が、地味に暑い。夜はまだ涼しいとは言え、少々煩わしさを感じてしまった。……本人には、言わないけれど。

「お前はいいよなぁ、髪乾かさなくても爆発しねーもんなあ」
「癖はつくよ」
「ンなもん、ドライヤーで一発だろうが」
「天然パーマは大変ね」
「何それ嫌味?」

軽口を交わしながらもアイスを食べる手を止めず、顔もテレビに再度向かう。だけれど、あんまりそのテレビもつまんないもんだからアイスだけに集中していた。
甘いバニラの味に舌鼓を打っていると、後ろからまた再度声がかかる。

「ちょーだい」
「えぇ?やだよ、チューパットでも食べてなさいよ」
「バニラの気分」
「それはわたしが食べてるからでしょ」
「人が食べてるのって美味そうに見えるじゃん」
「……一口だけね」

渋々ながらにスプーンでアイスを掬えば、腕を上げて銀時の口元の近くまで持っていく。そしたら、少しだけ前のめりになった銀時がスプーンを咥えた。
「んま」なんて小さく呟くのが頭上から聞こえて、わたしもまたスプーンをアイスまで持っていく。

「もう一口」
「……ちょっと。一口だけって言ったじゃん」
「ケチくせェこと言うなよ」
「そういうこと言って、また一口なんて言うんでしょ」
「名前チャンがアイスなんて俺の前で食べるから悪いんですぅ」
「何それ意味わかんないんですけどぉ」

暴論にもほどがあるそれについくすりと笑ってしまえば、もうあげてもいいかななんて思いだしてる自分がいて。何だかんだこの人に甘いんだよなぁ、なんて。 スプーンでアイスを掬って同じように口元まで持っていけば、当たり前のように口に含む。

「アイス美味ェな」
「はいはい。感謝してちょーだい」
「アリガトーゴザイマスー」
「全然思ってないの丸わかりです〜」

少しばかり多目にバニラを掬い上げて、今度ばかりは自分の口に含む。

「ズリィ。多かったろ、それ」
「……バレた?」
「わかんねーと思ったの?」
「節穴かと思ってた」

サラッと失礼なことを言えば、軽くこめかみを指の関節で押された。痛い痛い!なんて大声を張り上げれば、「うるっせぇよ」と低い声で言われる。
微妙に痛むこめかみに顔を顰めつつ、謝罪の気持ちも込めてアイスを多目に掬って口元に持って行ってあげた。これまた当たり前のように口に含む銀時を見上げていると、「なあに」。声をかけられる。

「間接ちゅーだね」
「え?なに、お前そんなの照れる歳なの?」
「さぁ、どうだろ」

残り少なくなってきたアイスを銀時に押し付けて「あげる」と声をかければ、立ち上がる。

「え、マジで照れてんの?それとも銀さんとの間接ちゅーは嫌ってか」

的外れな言葉が後ろから聞こえてくるけど、何も言わずに和室へと歩を進めた。それからソファーに座ってわたしを見る銀時を振り返れば、自然と口元が弧を描いて言い放つ。

「そうじゃなくて、間接ちゅーよりも普通にちゅーがいいの」

わたしの言葉に、きょとんと目を丸くする銀時を放って和室の襖を静かに閉めれば、バタバタと襖の向こうから物音が聞こえてきて。面白くなってくすくす笑ってしまった。


20180717


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