おまえは獣にはなれない


※唐突に始まって唐突に終わる。首締めネタ。


泣いていた。いや、正確に言えば涙なんて一つも流していないのだ。だけれど、彼の表情は泣きそうに歪んでいて。そんなに辛いことを彼に、わたしは強いてしまったのかと思ってひどく罪悪感に駆られる。それと同時に、彼にこんな表情をさせることが出来るのは自分だけなのだと理解して優越感に浸ってしまった。

首を絞める手が生温くて。ゆっくりと入れられた力は、まだわたしを苦しめるには優しかったのだ。

もう少し、あと少し。それだけでいいのに。
それでも一向に強くならない力に、わたしの眉間にシワが寄る。

「っもっと、」
「……っ」
「もっと、強く」

歪む。ひどく弱々しく見えるその姿。グッと入る力に、わたしの息がし辛くなって。この逞しい腕に殺されるかもしれないという危機感がわたしをひどく興奮させた。
しかし、わたしの予想に反して唐突に緩くなる力に「へ」と力なく声を出す。

「っもう、いやだ……」
「……銀ちゃん」
「もうやめろ、こんな」
「銀ちゃん、ねぇ」
「俺にこんな事、もうさせないでくれよ」

ちょっとしたお遊びのつもりだった。お遊びのつもりで、わたしは彼に命を捧げたのだ。愛しい人に殺される悦びを甘受したかったのだ。
だけれど、彼にはそれがお遊びにならなかったらしい。
ひどい話だ。彼はきっとわたしを恨む。恨んで、憎んで、それでもわたしを愛すのだろう。可愛らしい人。

「もう失くすのは、いやだ」

脱力するわたしをぎゅっと力強く抱きしめて。震える身体を労わるように抱きしめ返せば、怯えるように肩を跳ねさせる。
拙すぎる、だけれど実直なその想いを吐露して。彼は優しさを求めるのだ。

――まるで、子供だ。
喪う恐怖に苛まれる、その姿はまるで子供のようだった。

大事な人を喪う恐怖は、彼の心に強く根付いていて。それをわかっていて、わたしはこんな事をさせていた。否、わかっていなかったのかもしれない。わかったフリして、わたしは彼を傷付けたのだ。

気付いた瞬間、わたしの胸の内にあった罪悪感がどっと大きく溢れ出す。次第に歪んでいく視界に、自分自身が泣きそうになっていることがわかった。

「ごめん」

小さく呟いた言葉は、果たして彼に届いただろうか。

title:joy


20180724


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