お弁当
屋上前の扉を背凭れにして座り込む。今日に限って屋上は開いておらず、私は小さく溜息を吐いた。
埃っぽいそこで作ってきたお弁当を広げるには些か場所が悪すぎて。かと言って昼休みの時間は着々と終わりに近づいていくものだから、途方に暮れていた。
場所を移動するにしても、静かな場所はあまりない。校庭まで行くには時間がかかる気がする。
うーん、なんて唸ってみても、現状が変わることもない。もう今日はこのままサボってしまおうかな、なんて思っていたら、階段を登るぺったらぺったらという聞き覚えのある音が響いた。
そのまま音を聞きながら待っていると、見慣れた白髪頭が見えてきて。予想通り、我が担任だった。
「銀八先生」
階段を上がってくる先生に声をかけると、先生は私に気付いて「何してんの」なんて声をかけてくる。にへ、とだらしなく笑って手を振れば、先生はゆったりとした動作で階段を上がって、座り込んでる私の目の前に佇んだ。
「屋上いこうと思ったけど、いつもなら開いてるのに、今日に限って開いてなくて」
「……屋上は立ち入り禁止でしょーが」
「じゃあ、先生はどうして?」
「屋上でタバコ吸おうと思って」
「不良教師なんだあ」
「やかましい」
チャラッと音を立てて、先生が私に鍵を見せつける。目を輝かせて先生を見れば、くつくつと笑った。
「悪い子の名前チャンは屋上入れませーん」
「えー」
そんな軽口を叩いてる間にも、先生は屋上の鍵を開けて、扉を開けた。
ギギと嫌な金属を立てながらも開く扉に、先生と一緒に屋上へ出る。
目の前に広がる青い空に、胸踊る気持ちでフェンスの前まで走っていく。「転けるなよー」なんて後ろから先生が言うけど、そんな事気にしない。転けないもん。
「今日も自分で作ってんの?」
「いつも自分で作ってますよ」
ぺたんとスカートなんて気にせず座り込んで、お弁当を広げる。先生は私の隣に座ると、その中身を覗き込んだ。
「先生、ご飯は?」
「食べた」
「ふぅん」
慣れたようにお箸を持って、卵焼きを挟む。興味なさそうにしてた先生は、あんぐりと口を開けた。
「……先生?」
「あ〜ん」
「……あの、これ私の」
「あ〜〜〜ん」
先生にそんなこと関係ないらしい。さっきまで興味なかったくせに!
渋々先生の口元に卵焼きを持って行くと、先生はそれを口に含んだ。もくもくと静かに咀嚼する先生を見ながら、「間接キス」なんて小さく漏らせば、いやらしい笑みを浮かべる。
「わっかいねぇ」
「うるさいなあ……」
今度はきちんと自分の為に卵焼きを挟んで、口に含む。先生と同じようにもくもくと静かに咀嚼すれば、普段と変わらない出汁の味と少しだけ甘めの味が口内に広がった。
「名前チャンの卵焼き美味いな」
「お出汁入れてるんですよ。それとちょっとお砂糖」
「あぁ、納得」
ヒョイ、と私のお弁当から今度は赤いたこさんウィンナーを掻っ攫っていく。
「あ」
「可愛いタコさんウインナーだこって」
「……先生ご飯食べたんでしょ」
「目の前に餌があれば食べるだろ」
「餌!?餌って言った!?」
もぐもぐと食べながら、指をぺろりと舐める。なんだかそれが少しだけイケナイものを見ている気がして、目を逸らした。
「うん、美味い」
「ウィンナーですもん。私作ってるわけじゃないし」
「そうじゃねーの。名前チャンの愛情が入ってるってことなの」
冗談めかしていう言葉に、私もついつい笑いを零す。そんな私を眺める先生の顔は、優しくて。なんだか、むず痒かった。
「よっこいせ」なんておっさん臭い言葉を呟きながら立ち上がる先生を見上げれば、「タバコ吸いてーの」と私の頭を優しく撫でる。別に、気にしないのに。
「気にしないですよ」
「俺が気にしますー」
「じゃあタバコ吸わなきゃいいのに」
「酷なことを言うね、お前」
端に添えられたブロッコリーを箸で摘んで、ぱくりと口に含む。フェンスの方へ歩いていく先生の後ろ姿は、いつもと同じ気怠げだ。
「せんせー」
「ああ?」
「今度は先生の好きなもの入れてくるね」
お弁当のおかず、とは言わなかったけれど。でも先生にはそれが伝わったみたいで。少し間を空けて「おー」とやる気のない返事が聞こえてきた。
先生の好みはなんだろう。後で聞いてみなきゃ。
20180731