言葉でも魔法でもないなにか


※ギン猫ネタ また坂田が猫になっています



――また銀時が帰ってこなくなった。

今日で3日も経つってのに、あの男は一体なにをしているっていうのだろう。
正直な話、今回に関しては原因がよくわからなくて。みんな各々が心配の言葉を漏らすものの、あの人ならいつか帰ってくるだろうと信じてただただ帰りを待っていた。

ただ、あの日から一つだけ変わったことがある。まるで銀時と入れ代わったようにわたしの家に一匹の猫が転がり込んできたのだ。
ソイツは白くてふわふわした毛玉みたいなやつで、銀時のように腑抜けた面をしてるものだから名前を「ギン」にしてやった。
わたしが仕事から帰ってくると、ソイツは決まって玄関で座って待っているのだ。

「ただいま」
「なう」

鳴き声ですらも妙に可愛くなくて、態度もまあまあデカイ。猫とはこういうものだとはわかっているものの、たまーにイラッと来ることもある。まぁ、愛らしい毛玉に免じて許してしまうのだが。

「ちゃんとお留守番出来たんだねぇ。偉いねえ」
「……なう」

履き古したヒールを脱ぎ捨て、ギンの頭を撫でてやれば気持ち良さげに目を瞑る。こういうところが可愛くてどうにも無碍には出来なかった。
仕事で疲れた身体に鞭打って、猫のエサを出してやる。コイツはどうにも贅沢なやつで、市販のカリカリは食いやしない。一度だけカリカリを与えたことがあったが、こんなもん食えるかと言わんばかりに皿に猫パンチを繰り出されたこともある。贅沢ものめ。
今まで一体どんなところで飼われてきたというのだろう、毛並みだけは――ふわふわではあったが――綺麗だったのだ。
猫用のチュールに味付けをしない鶏のささみを与えたら、それだけはバクバク食いやがったので――本当は良くないことも知っていたけれど――以降はそれをエサにしていた。金のかかるやつ。
それでも甘やかしてしまうのは、偏にわたしが動物に甘くなるというのが災いしているからだろうか。

「ほら、エサだよ」

コトリと小さな音を立てて皿をフローリングの床に優しく置く。ついでに入れ替えた水も置いてやれば、ソイツはガツガツと食らいついた。猫ってほんと自由な生き物だ。
わたしも、出来るなら来世は動物になりたい。それも、飼われてる猫に。

「美味しい?」

わたしがそう聞くと、ソイツはチラリとわたしを一瞥してから、またエサを食べる。一つも鳴きやしないもんで、可愛くないと思う反面食べるペースだけは早いのだから美味いってことだろうと勝手に判断。
ソイツがエサにありついてる間に、わたしもウィダーインゼリーに手を出した。

椅子に座ってスマホを弄りながら、ゼリーを飲む。昼間に結構食べてしまったもんで、あんまり食欲がわかなかった。
エサを食い終わったソイツが、わたしの膝に軽々と飛び乗ってくる。膝に来る感触にスマホから目を離してソイツを見れば、まるで「これだけか」といった批難の目を向けられている気がしてため息を吐いた。

「エサは終わり。アンタ、カロリー高めなんだから」

頭を撫でてやれば、低く鳴く。なんだなんだ、どうしたっていうんだとソイツが見ているモノが気になって、ゼリーを傾けた。「これ?」小さく聞けば、フンと軽く鼻を鳴らす。

「あぁ、これ。これはお前、ダメだよ。お前には絶対に食えないよ。腹壊すよ」

人間用のゼリーなんて動物に与えるもんじゃない。高カロリーだし糖分は高めだしで確実に病気になってしまう。そもそもゼリーを欲しがる猫なんて聞いたことはない。
だけど、ソイツは「違う」とでも言いたげにわたしの言葉に首を振る。

「あぁ、わたしのご飯はこれで終わりだよ。昼間に食べちゃったもんが多くてね、入らないの」

苦笑いを零せば何を考えているかよくわからない瞳でわたしを見て来る。猫にしては珍しい紅色の目が、どうにも居なくなった銀時を思い起こさせて、居心地が悪くなるのはいつものことだった。
食べ終わったゼリーの容器をゴミ箱に投げ込んで、膝からギンを下ろす。するとソイツは人のベッドに軽く飛び乗って、それから「にゃあ」とまるで甘えるかのように普段ならこんな声を出さないだろうってくらい、可愛らしく鳴き声をあげた。

「何?」
「にゃあ」
「……ごめん、わたし猫語なんてわかんないの。でも、それはなに、寝ろってこと?」
「にゃう」

どうにもわたしにはお猫様の考えることがよくわからなくて、とりあえずベッドに腰掛けてみる。
ぽすんと膝に寝転んだソイツは、さぁ寝かせろと言わんばかりに欠伸をした。このお猫様め、人間をなんだと思っていやがるのか。
それでもついその仕草が可愛らしくて、腹を軽く撫でてしまった。ふわふわした毛が手に当たると、気持ちが良くて。どっかの誰かさんの頭もこんなふわふわだったなぁ、なんて思ってしまった。

「ねえ聞いてよ」
「……」
「やっぱり帰ってこないんだよ、あの男。どこほっつき歩いてんのか知らないけど、もう3日だよ?また病院にでも入院してんのかと思ったらだーれもそんなの知らないって言うんだもん。じゃあ、ってことは、違うってことじゃない?」

猫にこんな言葉がわかるとは思えないのだけど。
聞いてるのか聞いてないのかわからないその態度を気にもせずに、ついつい愚痴を零してしまう。

「浮気でもしてんのかね」

わたしが小さく呟いた言葉に、猫はチラリと一瞥くれて、それから「にゃあ」とまた一鳴き。知らんがなって感じだろうか。ごめんね、お猫様。

「君みたいに自由な奴なんだよ、ソイツ」
「……」
「まーた危険なことでもしてんのか。はたまた他に女できて囲ってんのか、まぁ良くわかんない人なんだけどさあ」
「……」
「好いてくれてるとは思ってたんだけどなぁ。違ったみたい。……あれ?なんで、わたし付き合えたんだろうなホント」

考えれば考えるほど、口に出せば口に出すほどわけがわからなくて。元よりわたしに危険な仕事があったところで何も言ってこない人ではあったし入院してたことも後々になって知ることが多いけれど。居なくなる時だって、また何も言わないなんて。

「あー、これ遠回しにさようならってことなのかなあ。わたしに会いたくなくてそんなことしたのかなぁ」

震える手でギンの頭を撫でてやれば、今までピクリともしなかった耳が小さく動く。太ももを、ソイツの長く白い尻尾がペシペシと軽く叩いていた。

「……会いたいなあ」

ボソリと呟けば、気を紛らすようにソイツの顎下を軽く撫でてやった。目を瞑るその愛らしい仕草に、荒んだ心も吹っ飛んでいくような気持ちに……は、ならないけれど、まぁ軽くはなった様な気がして、動物の素晴らしさをまざまざと感じる。アニマルセラピー、恐るべし。
膝に寝転ぶギンを一度抱き上げて、ベッドに横になれば、わたしのお腹の上で丸くなる。ううん、可愛い。
多少の重さを感じはするが、お腹の上の温さが心地よくて。少しずつ襲いくる睡魔に身を任せて目を瞑った。

「にゃあ」

おやすみ、とでも言うように猫が鳴く。わたしもそれに返すように小さく「おやすみ」と返事を返したのだった。





翌朝、なんだか心地よい温さを感じながら目を覚ました。揺り籠にでも入れられてるみたいな心地よさは、一体なんなのだろう。ゆっくりと軽く起き上がってその正体を確認すると、わたしは「あ」と声を上げた。
横に眠る見慣れた寝顔と銀髪は、間違いなく先日まで居なくなったと思っていた男で。「え」とか「あ」とか声をあげるわたしにゆっくりと瞼を開くと、薄く笑って「おはよう」。

「お、おはよ……?」
「悪かったなァ、自由な奴で」
「え?え?」
「女は囲ってたよ、いや寧ろ囲われてたよ」
「ちょ……えっ、ぎんとき……??」

わけがわからず疑問符ばかりの声をあげれば、銀時はわたしの腕を引っ張って、また布団の中に引きずり込んだ。腕の中に再度大人しく収まるわたしの耳元で、銀時が言う。

「猫になっても真っ先に会いにきた男に向かって浮気してんのかとか言うんじゃねぇよ」
「は????」
「……や、まぁ、こっちの話」

そうだ、猫。猫だ。寝る前はあった筈の温さも重さも無くなっていて、「猫は?」とつい口に漏らせばムッと銀時が眉を寄せた。
それから、「俺より猫かよ」なんて呟けば、わたしの服の中に手を入れる。「ちょっと」批難の言葉を浴びせるように言えば、それでも尚お腹を触るのはやめない手で「猫は居ません」と簡潔に、それもわたしの言葉を聞きたくないとでも言うようにピシャリと言い放ったのだ。
理解の追いつかない頭は「は?え?」という言葉しか出てこず。

「あぁ、そうだ。飯美味かった。割と、猫の好みわかってんね、名前。お前、猫飼ってたことあった?」
「え、ちょっとどういうこと?」
「まぁまぁ、気にすんなって。寂しがらせた代わりと言っちゃあなんだが、朝から銀さんが目一杯可愛がってやっからさ。ついでに俺がどんだけ名前を好きかも理解してもらわなきゃいけねぇみてーだし」
「いや、意味がよく……」

わからない、の続きは銀時の口付けによって塞がれた。もうこうなってしまっては仕方ない。抵抗する気なんて起きてもこないのだ。
ただし、終わったらみっちりしっかり聞いてやるつもりだけど。

title:まばたき


20180721


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