ぼくのほころび


※男女逆転篇ネタバレ 百合



女になった銀時のまつ毛が長くて、わたしの膝で眠る彼女の顔をついついじっと見入ってしまう。
くるんと綺麗に上に上がっているまつ毛は、その大きな猫目を色濃く縁取って、女である銀時の綺麗さを際立たせていた。

「ねぇ、銀時?」
「ああ?」

今は女とは言え、元々男。銀時の言葉は女性らしさを 全く感じさせない。
いやぁ、元々男なんだから当たり前なんだけどね。それはわかってるんだけどね。でも「ああ?」ってアンタ。

「……もっと女の子らしく返してよ」
「銀さんは男です」
「今は女の子でしょー?」
「うるせぇな、お前の前では男でいてェのよ」
「なによそれ」

ぺちんと軽く音を立てて額を叩くも、対して痛くないのか銀時は目を瞑ったままで。
ただ、まつ毛が微かに揺れたから瞼が動いたのはわかったけれど。

「で?なあに、名前ちゃん」

低すぎもしなければ高すぎもしない、銀時の声。これが不思議と可愛らしい。
わたしは、この声が割と好きだった。いや、まぁ、男の銀時の声も好きなんだけど。
「んー」短く唸りながら、銀時の女性になってパーマ具合が少しばかりマシになった髪の毛を指先でくるんと巻いたりして遊んでみる。

「なんでそんなにまつ毛長いの?」
「はあ?」

こんなにも色々変わるんだって、銀時を見ながら思ったりする。
だって、わたしなんかとは全然違う。銀時の方が、なんなら綺麗だし可愛らしい。
こういうの見てたら、銀時は男の時でも女の時でも、全体的に見た目のスペックが高いんだよなぁと改めて認識するのだ。
そして、己と比較して憂鬱になったり。

「……まつ毛って」
「うん。だって、すごい長いよ。ふぁさふぁさ揺れてる」

わたしの言葉にゆったりと瞼を開いて、その猫目でわたしを見る。男の時と同じ紅色の瞳は、以前と変わらない真っ直ぐで。
わたしの内面すらも全て見透かすような、深い紅。

「……自分じゃわかんね」
「鏡とか見てないの?銀時、凄い綺麗なのに」

眉間に皺を寄せて苦虫を噛んだような表情をした銀時に首を傾げる。その表情に「どうしたの」端的に質問を投げかけた。

「俺ァねぇ、名前ちゃん。早く男に戻りてーの。綺麗とか言われても嬉しくもなんともないんですよォ、わかりますかー。特に好いてる女に言われてもぜんっぜん嬉しくねぇの」

不貞腐れたように低い声を出すも、前とは違って威力は半減。寧ろそれすらも可愛らしいんだから、見目麗しい銀時みたいなタイプの女性は本当に特だろう。
多分、お妙ちゃんと並ぶくらい可愛い。
わたしの中で銀時とお妙ちゃんが並ぶ日が来るなんて思わなかったけれど。だけど、これだけはわかる。間違いなくそこにわたしが並ぶことはない。
だからだろうか、まつ毛も長かったり、唇もプルっとして厚かったり――要は美人な銀時が、素直に羨ましかったりするのだ。

「いいなぁ、まつ毛長いの。量も多いよね。化粧いらずじゃん」
「化粧なんざしねーよ」
「知ってる。しなくても女子高生の服似合うもんねぇ20代後半って嘘でしょ」
「お前、何が言いてーの?」

平気だ平気だとは思っても、可愛いだ綺麗だとは言ってみせても。デコボッコ教だかなんだかの力で女になった元来男である銀時と、――その時かぶき町に居なかった故に男に性転換することもなかった――元から女のわたし。
見た目の比較をすればするほど、自分がひどく惨めになってしまって、ひどく居た堪れなくて。
どんなに化粧したり髪型を変えてみたりしてみせても――正直言ってわたしはそんなに見た目も良くないから――銀時みたいにこんなに美人になれやしない。

「まつ毛も長くて、唇もぽってりしてて、肌も綺麗ときたもんで。銀時、ずっと女の子でいた方がいいんじゃないの?」
「おい、本当、お前どうしたよ」

おっぱいは――人並みにはあるかもしれないけれど、こんなにおっきくて綺麗な形もしていない。
銀時は胸板も厚くてがっしりしてる割にタッパもあってガリガリじゃなくともスラっとしているから、女性として置き換えたらこうなるのも、頷ける。モデル体型だし。
じゃあ、そう言うわたしは?至って普通。一般体型。細くもなければ太くもない。
……いや、ちょっと嘘。
下は少しだけ太めかも。銀時は気にしなくていいって言うけれど、わたしはそれがコンプレックスだ。
どれだけ見た目を取り繕っても、コンプレックスは消えるわけじゃない。

わたしが欲しいものを、銀時はこれでもかと言わんばかりに持っているのだ。

「男の時、銀時ってまつ毛長かったっけ?」
「……知らねーよ。お前から見てどうなの?」
「わかんない。男に戻れたら見てみるよ」
「好きにすりゃあいいけどさ。それより、銀さんはお前が何を考えているのかの方が気になるんだけど?さっきの嫌味はなんなわけ?喧嘩売ってんの?なんなら買うぞコラ」

顔を顰めたままの銀時が、不機嫌全開ですと言わんばかりの態度と声音でわたしに言う。ただ、男の銀時ならまだしも、今の銀時は女。普段なら少しだけ怖いから、ご機嫌とりを行うけれど、今はその怖さも半減されている。

「嫌味っていうか、本音?わたしがずっと思ってること」
「まつ毛長いね〜っていう下りからどうして俺にそんなこと言うわけ」
「だって、わたしなんかと全然違う」
「はあ?」
「わたしが男のが、よかったのかも」

可能性の話でしかない。明確な根拠や確信があるわけでもない。だけど、つい思ったことをポロっと口から零してしまっていて。
口に出せば出すほど、自分がどれだけ惨めなことをしているのかわかってしまう。
そんなわたしに、銀時は呆れたように溜め息を吐いた。それから、わたしの膝から頭を離して起き上がる。
隣に胡座をかいてわたしを見る銀時は、やっぱり何処からどう見ても美人だった。たとえ、胡座をかいていても。行動や態度は、丸っきり男であったとしても。顔とその身体で得をする。

「ちょっと身体ごとこっち向け。正座しろ、お前」
「え、なんで」
「銀さんのお説教ターイム。正座、しろ」

言われた通りにソファーの上で正座をすれば、ソファーが二人分の重みを乗せて、軋みをあげる。
お説教をされる謂れもないのに、と胸中で思いながらも、並々ならぬ銀時の静かな怒りがーー女性になって半減されているとは言えーーなんだかんだ言っても少しだけ怖くて。真っ直ぐ銀時を見ることが出来なかった。

「こっち見ろ」
「だ、だって、お説教でしょ。怖いよ」

そうは言いつつも、銀時の胸に視線を向けたままのわたしは、多分対して怖くもないんだろう。
かと言って、この胸を見たからと言ってもなんの感情も浮かんできやしないのだけれど。

「そう、お説教なの。だから俺を見なさい。胸を見るな」

どうやらわたしの感情というのは、銀時にバレやすいらしい。何処を見てるのかまでわかるって、なんなんだ。わたしの目。少しは賢く嘘を吐け。
諦観の念を見せて溜め息を吐けば、怒る銀時の目を真っ直ぐ見やる。紅い目を縁取る長いまつ毛、化粧いらずの顔が、やっぱり少しだけ羨ましかった。

「お前、俺を見て「自分なんか」って思うのやめなさい」
「どうして?銀時が居た堪れなくなるから?」
「違う。俺のことは今はどうでもいいんだよ」
「じゃあ、どうして?」
「お前を好きになった俺に失礼だと思わないの?」

「へ、」と素っ頓狂な声をあげて、銀時が言った言葉を脳内で繰り返す。
銀時に失礼?どうして、わたしが「自分なんか」と思うことで銀時に失礼になるのだろう。
銀時の言った言葉を理解することが出来ず、きょとんと銀時を見た。わたしが言葉の意味を理解出来ないことがわかったのか、銀時は頭をガシガシと掻いて、溜め息を吐く。
女の銀時に怒られているのに、まるでなんだか男の銀時に怒られてる気分だ。
それは、銀時のこの女らしさすらも感じさせない態度や行動によるものからなのだろうか。

「俺は、名前の見た目も好きなの。だから、お前が自分に自信なくて「自分なんか」って思うのが、悲しいの」
「……銀時、悲しいの?」
「そう、悲しいの。俺の好きって気持ちを蔑ろにされてる気分になってんの、わかる?」
「そんな、蔑ろになんてしてないよ」
「してんの」

有無を言わさぬその口ぶりに、何となくそうなのかもしれないと感じてきて。銀時の妙な説得力に、胸中で感心してしまう。いや、わたしが単純なのかな。

「大体なぁ、お前が男だったら頼りなさすぎて、それこそ惚れてもねーだろうよ」
「何よ、それ。失礼じゃないの?」
「だってお前、体力ないし」
「男だったらついてるかもしれないじゃん」
「……身長低いし。今の俺より」
「男だったら高いかもよ!?」

ああ言えばこう言う。言葉の応酬を重ねていけばいくほど、銀時が言いたいことがわたしには正直よくわからない。

「兎に角!「自分なんか」とか「自分のが男だったらよかったのに」とか、絶対今後言うな!いいか、言うなよ!」
「だって」
「だーってもクソもねーんだよバカタレ!」

多分、銀時はお説教と言いつつわたしを慰めてくれてるんだ。銀時は、優しいから。わたしが少しばかり落ち込んでいるのがわかって、こうやって不器用に慰めてくれてる。
言葉を荒げる銀時に、くすくすと小さく笑えば「何笑ってんだボケ」と軽く頭にチョップを喰らった。いつもの骨張った手じゃなくて、女性がもつ柔らかい掌で。だから、全然痛くもない。

「ねぇ、銀時」
「ああ?なんだよ。少しは反省したか」
「うん、ふふ。反省しました」
「……本当に反省してんのかねぇ、この子は」

呆れたように、溜め息混じりに言葉を漏らす銀時のそばに寄る。それから、膝に置かれたままの手を軽く両手で握って銀時を見た。

「あのね、ありがとう。わたし、たとえ銀時が女の子になっても好き。その隣を歩けるように、頑張るね。「わたしなんて」って、言わないように努力する」
「おお、いい心掛けだな。でもこれ以上可愛くなったりしないで。銀さんそれなりに心配だから」

緩く握り返された指先が嬉しくて。銀時が、わたしの見た目も好きでいてくれているんだと理解出来たのが嬉しくて。
――嗚呼、やっぱりわたしはこの人が大好きなんだなぁと、理解するのだ。

「なぁ、名前?」
「うん?なあに、銀時」

握った手とは反対の手で、わたしの頬を撫でる銀時。その手は柔らかくて、温かくて。わたしの頬を吸い付くようで。
普段の骨張った手も好きだけど、これはこれで好きだなぁなんて思うのだ。――どうやら、わたしは心底この人に惚れているらしい。

「女同士でも、キスっていいと思うか?」
「……ふふ、うん。わたし、銀時ならなんでも好きよ。女の子でも、キスしてほしい」

頬に添えられていた温かな手がゆっくりと顎まで這って、指先でクイと緩い力を以てあげられる。銀時の長いまつ毛が揺れるのを、狭くなる視界の中で見つめながら、唇同士が触れ合うのを甘んじて受け入れた。
厚く柔らかな銀時の唇は、確かな熱を持っていて。その熱がわたしに移るような、そんな錯覚を味わいながら、なし崩しに進んでいく行為に心の中で笑った。

title:まばたき


20180804


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