魔法にかけられて


あんぐりと口を開けたわたしが手に持つバーガー。包み紙越しに伝わる温度はまだ温かい。お腹もぺこぺこで匂いだけで空腹感が刺激される。

仕事のお昼休憩の時間。普段なら作っているお弁当を寝坊して作れなかったわたしは、職場の近所にある某Mで有名なファーストフード店に来ていた。
久しぶりに入ったその店は、相も変わらず人が多くて。レジも並んでたし。
奇跡的に見つけた窓際カウンターは、思っていたよりも比較的静かだった。

むぐ、とバーガーに齧り付く。口の中に酸味とスパイスの効いたソース、それとチキンの香ばしい匂いが広がった。
気分良くもくもくと咀嚼をしていると、何やら窓越しに視線を感じて、わたしは適当に眺めていた携帯から顔を上げる。

「ンげっ」

窓越しからジトーッと此方を見やるのは、わたしの古くからの友人である銀時とその子分達。一体全体何をしているのやら。
眉間に皺を寄せて相手を見てみると、一人の少女が食い入るようにわたしの持つバーガーをガン見していた。なるほど、お腹が空いているのか。呆れつつも三人に手招きすれば、素直に店の入り口まで歩いて行く。
暫く待っていたら、何も注文すらしなかったのか手ぶらのまま三人がわたしのそばまで歩いてきた。

「よう」
「こんにちは。何してんのアンタら」
「依頼でちょっとな」
「なるほど、だからこんなとこまで来てんの。珍しいと思った」
「なぁー名前ー。これ何アルか?これ美味い?」
「待って神楽ちゃんそれわたしのお昼ご飯やめて」
「芋ネ!!このパサパサ具合芋アルな!!」

揚げたてとは言えないが、まだそれなりに温もりあるポテトをガバッと手に持って、神楽ちゃんが最早流し込むように全部を平らげる。おい、マジか。と、怪訝な顔で育ての親である銀時を睨め付ければ、神楽ちゃんの頭をスパンッといい音を立てて叩いた。

「オイ、神楽。お前、話聞いてた?コイツの飯なのそれ」
「でもお腹空いたネ。もうぺこぺこ通り越してくっついたヨ」
「どことどこが!?」
「お腹と背中がくっついたアル」

ギャンギャン喚く二人に対して溜め息をつけば、後ろで控えてた新八くんが「ちょっと!」と声を上げる。しかし、コイツらが黙るわけもなく。比較的静かなカウンター席が一瞬にして騒がしくなった。わたしの隣なんてそそくさと退散しやがったし。何だあの目。わたしがしてーわ、コイツらに。

「名前さんは何してるんですか?」
「え?見てわかんない?飯食ってた」
「昼間っから一人でこんなとこ来て寂しくねーのお前」
「仕事の休憩なの!!お弁当作り忘れたんだからいいでしょもう!」
「なあー名前ー。これ何アルか?」
「うわーっ!これは流石にダメ!わたし食べるものなくなる!!」

手に持っていたバーガーをお腹を空かせた獣から守るように手を引けば、「ッチ」と腹黒い舌打ちが聞こえてきた。この子、さてはわかっててやってたな??

「もう……神楽ちゃん、お腹空いてるならこれでなんか買ってきて。新八くんと一緒に行くのよ」
「えっ!そんな、悪いですよ」
「いいの。これ、お金。新八くん、よろしく」

諦めて財布から二千円を出せば、新八くんに手渡した。「きゃっほぉう!」と歓喜の声をあげる神楽ちゃんに困惑気味の新八くんが「走らないでよ!」と注意する。レジまで歩いて行く後ろ姿を眺めながら、あれ、と銀時に顔を向ければ、もうソイツはわたしの隣でわたしのジュースを飲みやがっていた。

「……アンタも行けば」
「いらねェ」
「ジュース飲んでる奴が言うか」
「そこにあったから」
「なんだ、二千円じゃアンタの分は足りないってか」
「……まぁ正直こんなところなら足りねぇな。神楽が」
「なるほど納得、確かにその通りだ」

きっとお釣りはないのだろう。無残にも消えて行ったわたしの二千円。もう考える気も起きなかった。

「……で、なんだったの」
「いや、久しぶりに見たなーって」
「はあ?そんな行ってないっけ」
「来てねぇよ」

神楽ちゃんから守り続けたバーガーの包み紙を再び開いて、噛み跡のある部分にまた齧り付く。
わたしのことをガン見していた銀時に、その理由を聞けば、どうやらわたしに出くわしたことへの感想のようだった。
言われてみれば、確かにわたしは万事屋に行くことが少なくなっていたように思う。そもそも、仕事が忙しいのだから仕方ない。ブラック企業め、朝から晩まで働かせやがって。給料がいい以外許さんからな。
仕事が忙しくなる前までは、それなりに万事屋に邪魔をしに行ったりしていた。
だって友達と言える友達がわたしのご近所には居ない。ていうか、そもそも友達居ない。悲しい。

「そんな仕事忙しいわけ?」
「んー。繁忙期。休みの日は寝たくなるくらい忙しい」

遠い目をしながら窓の外を眺めれば、休憩後のことを考えて憂鬱になった。戻りたくない、このままバックレて家に帰るかコイツら三人の邪魔がしたい。……まぁ、戻るのだけど。
他愛ない話をしながら、バーガーを食べ終え、包み紙を適当に畳んでいると、神楽ちゃんと新八くんがこれでもかと言わんばかりに商品の入った紙袋を持って歩いて来た。……ああ、これやっぱり二千円ないわ。

「神楽ァ、俺のは?」
「はい」
「…………ナニコレ。ポテト一本ってナニコレ」

またもや隣で繰り広げられる漫才に呆れを通り越して無の境地だ。やれやれ、と腕時計を確認。休憩終了30分前。絶望かよ。

「職場戻るわ」

席から立ち上がったわたしを三人が一斉に見やる。どうにも注目されたらやりにくい。





店から出たわたしと万事屋三人は、何も言わずに歩き出す。神楽ちゃんは、歩きながらバーガーを食べているけれど。……なんか海外の子供を見ている気分だ。

わたしの職場は、歩いてすぐの場所にある。だからまぁ、ほんのちょっと遅くなっても休憩終了時間には必ず間に合うのだ。だけど、今日はなんだかあそこに居座り続ける気も起きなかった。
それもこれも、この三人がいるからなのだが。

他愛もない世間話に花を咲かせつつも、職場への道を一歩一歩と歩いて行く。妙な寂しさを感じてしまって、ひどく胸が騒ついた。
会いたくなかったなあ。心中で思えば、「悪かったな」と銀時が謝った。

「え?」
「いや、休憩の邪魔して」
「あ、あぁ……いや。いいよ。楽しかったし、久々に会えて」

いつでも会える距離に居て、いつでも話せる距離にいるというのは、どんなものなのだろう。やっぱり、鬱陶しいこともあるんだろうか。
だけど、三人は同じ場所にいる。生活も共にしながら、仕事も三人でやってる。

素直に羨ましかった。

わたしも、そこに入りたかった。だけど、現実は違うの。現実は、わたしだけ別。生活だって別。
万事屋に行けるのだって仕事が休みの前日か休みの日くらいで。でも今はそれがない。なんなら、連勤中である。

「いいなあ、三人は」

こんな仕事に縛られることもなく、時間を有意義に使うことが出来る。わちゃわちゃと騒いで楽しく生活だって出来る。
なら、わたしは?――わたしは、それが出来ない。
仕事に縛られて。一人で、寂しく生活する。お金は自然と貯まっていくばかりで、使うところなんて滅多にない。
なんだか、悲しくなってきた。

「なあ」
「え?なに?」
「仕事終わんの何時?」
「え、わかんない」
「どういうこと!?定時は!?」
「予定なら18時だけど、最近は専ら21時に帰ってるよ」
「意味わかんねー!なんでそんな働いてんのお前!」
「ブラック企業ってやつですかね……。名前さん、大丈夫なんですか?きちんとお休みとれてます?」
「え、今連勤中だけど。精々6連勤よ」

多くて6連勤。少なくて4連勤。そんなもんなのだ、社会人。サービス業に徹しているとこれぐらい普通になってくる。

「じゃあもう今日は18時に上がれ!しっかり上がれ!」
「え、なに、なんなのよ」
「で、万事屋に来いよ」
「……なに、いきなり」
「名前が来ないの、私、ちょっと寂しいネ」
「そうですよ。また四人でご飯食べましょ」
「……でも、明日も仕事があるし。行ったら、泊まりたくなるし」
「泊まればいいじゃねーか」
「そんな体力ないの」
「じゃあ、送ってやるよ。俺が」
「……でも」

未だに結論を渋るわたしに、神楽ちゃんが声を張り上げた。

「でもじゃないネ!!銀ちゃんがこういう事言うの、珍しいヨ!!」
「そーそー。銀さん、滅多にこんな事言わないの知ってるじゃないですか。甘えときましょ!」

続いて新八くんがそれに便乗。失礼な物言いにもほどかあるけれど、銀時は何も言わずにわたしに笑いかける。

「ってことで、18時なー。俺ら待ってっから」
「待つ代わりに焼肉奢りヨ!」
「神楽ちゃん、名前さんにこれ以上奢らせるの!?」
「私を待たせるならそのくらいしなきゃダメネ!」
「何そのワガママ!!」

無理矢理予定を立てて行く三人に、プッと笑いが口から漏れた。そうそう、こういうところ。こういうところが、楽しくて。
さっきまでの暗い気持ちをなかったことにしてくれる、そんな魔法をかけてくれる三人に、ついつい離れがたくなってしまうんだ。

「OKOK、わかったよ。じゃあ、18時に。焼肉なりなんなり奢ります奢らせてもらいますよ」
「ヤッター!言ってみるもんネ!名前大好き!!」
「じゃあ、そのまま俺と飲みにも」
「銀時、調子乗るな」
「……うぇーい」


20180806


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