極彩色の世界に落ちる


2人きりになった万事屋は、ひどく静かなものだった。
神楽ちゃんを新八くんの家に泊まらせたその日は、銀時がわたしと2人の時間を楽しみたい日だと思っている。その日の夜は、長いのだ。
つまりは、その――エッチをする、ということで。

普段二人で揃えて眠っている寝室にぽつねんと一つだけ敷かれた布団を見て、年甲斐もなく緊張してしまって。風呂上がりの髪を乾かす気も起きず、かと言って寝室に居るのも気まずくて、ただただ居間のソファーに三角座りをして縮こまっていた。
ぽとりぽとりと己の髪から床に落ちる水滴を見ながら、長い長いため息を吐く。
もう何度だってしているのに、どうもこういうことは慣れないもので。バクバクと鳴る心臓は鎮まる気配を全くと言っていいほど見せてくれやしなかった。
顔中に集まる熱は風呂上がりからくるものなのか、それとも――。火照る体を落ち付けようと汲んだお茶も、今や湯飲みに汗を作って生温くなっていた。

廊下から、足音が聞こえる。その足音は確実に居間へと向かってきていて、わたしの心臓は更に早鐘のように鳴っていた。

「なーにしてんの」

後ろから聞こえてきた声にビクッと肩を跳ねさせて、振り返りもせずテレビだけを食い入るように眺めていたら、背後で銀時が座る音が聞こえる。鈍く軋む音を立てて、ソファーが2人分の体重を乗せて支えていた。

「あ、お前。髪乾かしてないだろ」
「えっ!あ、う、うん……ちょっとボーッとしちゃって」
「ったく、しょーがねえなあ」

優しく笑いながら、銀時がわたしの髪に触れる。その瞬間、彼の指先がわたしの首を少しだけ掠めて、「ひゃっ」と小さく声をあげてしまった。
僅かながら込み上げてくる気まずさと羞恥に耐えられず、恐る恐る後ろを振り返れば、銀時が意地悪く笑みを浮かべているのが目に入った。

「なーに考えてんのかねぇ、この子は」
「っ、ち、ちがう」

何が違うというのだろう。間違いなく、先程まで考えていたのは、これから始まる長い夜のことだというのに。
内心では、少しだけ期待している、くせに。だからといって、それを銀時に気取られてはいけなかった。だって、そんなの恥ずかしすぎる。

「ふうん?」とわたしの様子を伺うような素振りを見せる銀時に、火照る頬を見られないようにまたテレビ画面を凝視した。のに、銀時は無情にもわたしに此方を見ろと投げかけてくる。
それでも頑なに振り返らず、その場で硬まっていれば、わたしの背中をツツーと銀時の指先が撫でた。

「ちょ、ちょっと!」
「んー?どうしたの、名前チャン」

わかっているのに、わからないフリをしてる銀時に多少はイラつきも生まれてくるというもので。悔しくなって彼をキッと強く睨み付けた。

「そんな目で見んなよ」
「銀ちゃんが悪いの」
「俺?なんで」

わざとらしく言いながら、背中から脇腹に指先を這わせていく。小さく吐息を漏らすわたしに、調子に乗った悪い手がわたしの三角座りをしている太ももをスルッと撫で付けた。

「あ、あ、あああのねぇ!」

段々腹が立ってきて、その上銀時のこの余裕綽々といった表情や態度にやっぱり悔しくって。大きな声を張り上げて態勢を崩せば、くつくつと喉の奥で笑った銀時と目が合う。
紅の瞳に浮かんだ、欲を孕んだその色は、消えるどころかますます妖しく光って見えた。

――その瞳を見てしまったからには、もう何を言ったって無駄なのを知っている。

ため息すらも吐けなくなって、言葉を詰まらせたわたしの髪を、銀時がさらっとひと束掬い上げて口付けた。なんだか、その動作一つ一つがサマになっていて。
悔しいけれど、でもやっぱり銀時はカッコいいんだと思ってしまう。

「髪、乾かしてやるよ」
「……、……うん」
「続きは後でな」

耳元で囁かれる低い声に、血液が身体中を巡る感覚を覚えて。もう、なんだか、耐えられそうにない。
「ドライヤー持ってくる」とわたしに声をかけて洗面所に向かう、その後ろ姿を見ながら。本日何度目とも知れないため息をゆっくり吐き出した。
大丈夫、大丈夫。己の心に言い聞かせてはみるものの、未だ落ち着かない心の臓はうるさく音を立てていて。頬の火照りも、身体の火照りも冷めることがないままだった。


◆ ◇ ◆


ゴトッと大きな音を立てて机に置かれたドライヤーを見ながら、わたしは小さく溜息を吐く。熱を持った髪の毛が、首筋に汗で張り付いて妙に心地悪かった。
銀時がわたしの髪を手櫛で直す。その手つきはこの男の性格にしては存外にも繊細で優しく、ついつい目を瞑って、髪から伝わるその感触に身を預けていた。
そうっと後ろ髪を二つにブロック分けされ、徐ろに頸が外気に晒される。「なにしてるの?」とわたしが聞くまでもなく、銀時の唇が優しく落とされたのがわかった。

「……っ、ん」

ちゅ、ちゅ、と繰り返される優しい口付け。銀時の柔らかい唇が頸に当たる度に甘い痺れがわたしの身体に走って、脳を揺らした。

「や、ねぇ……やだ。こんなところで」
「続きは後でって言ったろうが」
「だからって、何もこんなところじゃなくていいでしょ?」

案に布団じゃなければ嫌だと伝えれば、銀時は諦めたように唇を離してわたしを背後から抱きしめた。
頭を銀時の胸元に寄せれば、ドライヤーで乾かした髪の毛を大きな掌が優しく撫でる。心地よいその感触に目を瞑ると、今度はその反対の手がわたしのお腹をいやらしい手つきで撫で付けた。

「こら。お布団じゃなきゃやだってば」
「お腹撫でてるだけじゃん」
「手がやらしいの」
「何考えてんのぉ。普通でしょ、普通」

軽口を叩きながらも止まらない手は、そのままわたしの服の中に侵入しようとしてきて。咄嗟にその手をお腹から退けて銀時の緩い拘束を取り払った。
このままじゃ埒が明かない。そう思ったわたしは、ソファーから立ち上がる。

「もう、寝る!お預け!」
「は!?ここまで来てェ!?」
「銀ちゃんが悪いんでしょ!わたしは布団じゃなきゃ嫌なの!」
「布団だったら、いいわけ?」

離れて寝室に行こうと足を踏み出したわたしの右手をパシッと掴み取り、ニヒルに笑ってみせる銀時に顔全体が熱くなったのがわかる。身体が強張って動けないでいると、「なあ、布団ならいいんだろ」と銀時が返答を急かした。
言葉を詰まらせて何も答えられないままでいると、更に急かすように掴まれていた手を銀時が指先で遊び出して。焦らすように少しの間待たせて、一度だけ小さく頷くと、唐突に銀時が立ち上がる。
そのまま、なし崩しであれよあれよと横抱きにされて布団に直行。その時の銀時の表情は、伺い知ることが出来なかった。だって、恥ずかしい。恥ずかしくて、顔も見れない。

一つに敷かれた布団に優しく寝かせられ、わたしの上に銀時が覆い被さる。

「ぎぎぎぎんちゃん!ちょっと待って!」
「待たねぇ。これ以上お預けなんて御免被るね」
「で、電気とかさぁ!」
「ぜってー消さねぇ。お前の身体も、顔も、全部じっくり見てーの俺ァ」

頬にかかった髪を指先で優しく払い除けて、それから銀時はやらしく笑う。欲を孕んでいた瞳の色が、殊更強く鈍く光ったのがわかった。

「それに、名前も乗り気なのは最初からわかってんだよ」
「そんなこと!」
「あんな反応見せといてよく言うわ。もう今日は我慢しねぇ。次の時まで充分に堪能させてもらおうじゃねェの」
「っ、じゃ、じゃあ!……やさしくして、ね……」
「…………善処シマス」

耳元に落とされた口付けが、ひどく甘かった。夜は、これからだ。

title:星葬


20180805


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