いいじゃない。
年末のテレビを見ながら、炬燵の温さにホッと息をつく。テレビ番組で流れる音楽を聴きつつ、隣で同じくボーッとテレビを見ている名前に蜜柑を剥いてやっていた。白い繊維もとって欲しいとか抜かすこの女を甘やかしている自覚はあれど、しっかり取ってやるのだ。我ながら呆れてしまう。
「銀ちゃん、私ガキ使見たいヨ」
「バカ、坂田家は毎年紅白で年越しするんだよ」
「紅白なんか見たって銀ちゃんは流行りの歌なんて知らないでしょ、私にチャンネル寄越すネ」
実際問題、紅白で年越しするとかどうでもいいのだが、クソガキにテレビチャンネルを奪われた上に占領されるのは気に食わない。口からでまかせを吐いて、リモコンを死守するも、神楽は止まらなかった。
無理くり俺からリモコンを奪い取り、チャンネルを切り替える。お笑いタレントのケツが叩かれる番組なんて見て何が楽しいんだ。
剥いていた蜜柑を名前の前に退け、リモコンを奪った神楽からリモコンを奪い返す。チャンネルはまた紅白へと変わった。
「馬鹿野郎、シャ乱Qじゃねェんだよ。シングルベッドで過ごさねーよ、ダサくないからね銀さんは!」
「いやいや、おシャレしたって車替えたって変化もないダサい男ヨ、銀ちゃんは」
俺の手から再び奪われたリモコン。紅白でアーティストが歌ったと思えば、また芸人がケツを叩かれて痛みに喘ぐ姿になる。確かに俺はドSだが、そうだとしても、こんな枯れたおっさん達の痛みに喘ぐ姿なんて見ても何も楽しかねェんだよ。どちらかと言えば、可愛い女の子とか――結野アナがケツ叩かれて痛みに喘ぐならアリ。全然アリ。いやでもその場合アレだな、痛みに喘ぐより快感で喘いで欲しいな。……いやマジそれアリだな。今度のオカズが決まりました。
未だに諦めない神楽とリモコンを奪い合いチャンネル争奪戦を繰り広げる。隣に座る名前が何処かで止めてくれるだろうと、俺と神楽も思っているのだ。新八がいない今、ツッコミはお前しか居ないんだぞ、名前。
暫く神楽と攻防を続けていたが、収集がつかなくなりそろそろめんどくさくなってきた頃。ゴッと絶妙に痛そうな音を立てる隣に「エ」と声が出た。
「ッ痛たたた……」
呻きながら額を抑える名前。ここが潮時かとチャンネルを神楽に譲ってやり、心配する神楽を余所に名前にどうしたのかと質問する。
「ん……ちょっと、眠たくて」
「お前まさか舟漕いで額にぶつけたとか言うなよ」
「そのまさかでございます」
いやいや、漫画かよ。居るよね、そう言うやつ。授業中に舟漕いで机に額とかぶつけるやつ。こんなお手本みたいな人間がいるものかと呆れを通り越して感心した。
頬杖をついて名前を見ながら、溜息を吐く。「見せてみ」と優しく言えば、若干ながら涙目の名前が僅かに赤くなった額を見せる。ちょっとだけ可愛いと思ってしまった。今度のオカズは結野アナじゃなくて名前でもいいかもしれない。……いや、それならもう抱くわ。大人の世界繰り広げちゃうわ、名前と。
薄ら赤くなってる患部に空いてる手で触れる。俺の冷えた指先が気持ち良いのか、名前が瞼を閉じて息をついた。ちょっとやらしい。
ムクムクと湧き上がってくるあられもない欲をどうにか理性で追いやって、「痛いの痛いの飛んでけー」。子供を相手にするように軽く言ってやると、くすくすと笑う。
「わたし、子供じゃないよ」
「似たようなもんだろ」
たまに、コイツは子供扱いされることを喜ぶ。今回もどうやら名前のツボを押さえたようで嬉しそうに笑っていた。変な奴だが、それを甘やかす俺も相当なものだ。
痛みは引いてきたようで、「ありがとね」と名前が言う。短く返事を返すと、彼女の身体を凭れかかるように引き寄せた。
「眠ィなら寝とけ」
「でも、まだ年越してないよ」
「またでこ怪我するより断然イイだろ」
「……じゃあ、ちょっとだけ寝るね」
神楽はテレビを見ながら笑ってる。ほんの少しのいたずら心で、眠ろうとする名前の額に軽いキスをした。「おやすみ」の意味合いも込めて。
日頃の疲れも、年末の大掃除の疲れも、一気に来たのだろう。名前はすぐに寝入った。照れる反応がなかったのは寂しいものだが、こればっかりは仕方ない。
テレビに顔を向け直し、何もなかったと言わんばかりに普段通り過ごそうとした――のだが、そうは問屋が卸さない。このマセガキ、人が恥ずかしいことしてんのしっかり見てやがったのだ。
「お熱いですネェ」
オホホホホと小憎たらしい声で笑う神楽に顔を顰める。なんか炬燵熱くない?顔熱くなってきたんだけど。
「だァってろクソガキ。炬燵切んぞ」
「名前嬉しそうアル。よかったネ、銀ちゃん」
減らず口は強行手段で減らすだけである。炬燵のスイッチを切り、足の指で神楽の素足を抓ってやった。割と強めに。炬燵で温まった足先は血行も良くなって痛いだろう。ガハハ。
「い"だだだだ!!!」大声で喚く口に下衆な笑いが溢れたが、当然のようにやり返されたのは言うまでもない。危うく俺の片足が無くなるところだった。
☆ ★ ☆
夜も更けて、年越し蕎麦も神楽と二人で食べ終わった。準備したのは勿論、俺である。神楽といい名前といい、俺はコイツらを甘やかしすぎなのかもしれない。
わかってはいたが、あれから名前が起きることはなかった。何度か声をかけたものの、一向に目を覚ます気配はない。今となっては、完全に横になっているのである。まぁ、これしたの俺なんだけど。
炬燵は人をダメにする。それは身を以て知っていることではあるが、名前がまさかここまで寝入るとは思わなかった。
流石に彼女が風邪を引いてしまうのは、可哀想な気がして。
俺自身も眠くなってきていたのもあったから、神楽を自分の寝床に行くよう促す。どうやら神楽にも睡魔は来ていたようで、珍しく素直に頷いた。いつもこのくらい素直なもんなら可愛げもあるんだけどな。
「オヤスミ。銀ちゃん、名前」
「おーおー、おやすみ」
神楽が押入れに入るのを見ながら、炬燵のスイッチを切る。
「名前。名前、起きろ」
「ん……」
「名前チャーン、起きて。起きないと銀さんチューしちゃうぞ」
炬燵を退ける為には、コイツを一度起こして炬燵から出てもらうしかない。流石に今回は起こすしかないのだ。身体を揺さぶって声をかける。未だ開く気配のない瞼。どこまで深く寝入ってんだ、コイツは。
「イイの?銀さんほんとにチューしちゃうよ?ふかーいのしちゃうよ〜ベロベロしちゃうよ〜」
「……ヤ、」
「ヤって何よ。割と傷つくわ」
何が嫌だと言うのか、俺はそれ以上のことをしてもいいんだぞコノヤロー。
「一旦起きろ。炬燵退けっから」
「ンん、やだ……」
寝起きのか細い声。可愛いなコイツ。俺に擦り寄って甘えてくる姿も可愛くて許してしまいそうになる。寝起きだけ破茶滅茶に可愛くなりやがって。喰っちまうぞ。
はぁ、溜息を一つ吐いて、炬燵から出る。
「引きずんぞ」
「ん、」
どこまでいっても起き上がりたくはないらしい。前言撤回、可愛くねぇ。手がかかるだけだ。
両腕を掴んでズルズルと引きずるように炬燵から名前を出す。畳の上を引きずっていると言うのに、痛さすらもないのか、文句の一つも上がらないあたり、また寝たのだろうか。 外気に当たれば少しは目も醒めるだろうと思ったが、瞼は開くどころか再び閉じてしまったようだ。今や可哀想だと思ったことすら後悔している。風邪を引いてしまえ、こんな奴。
炬燵を退け、部屋の隅に追いやる。神楽の居ない押入れを開け、俺の分と名前の分の布団を敷いていく。正直俺の布団だけ出してこのまま床で寝かしといてやろうかとか、俺の布団にぶち込んで寝てる名前にあんなことやこんなことしてやろうかとか思ったが、神楽もいる手前そう易々と手は出せない。教育上良くないだろう、間違いなく。流石に大人の世界をあんな子供に見せるのは早いわけで。分別のできる大人だからね、銀さんは。
2人分の布団を敷き終わり、床で寝こけている名前にまた声をかけるも反応はない。コイツ、どこまで手がかかる女なんだ。面倒くせぇ。とは思いつつも、世話を焼く俺は一体なんなのか。
すやすやと安らかな寝息を立てる名前と、その世話を甲斐甲斐しく焼く自分に呆れて、本日何度目か知れない溜息が口をついて溢れた。
うんともすんとも言わず寝こけている名前を無理矢理抱き上げる。流石に、寝ている分体重がかかって地味に重い。コイツ太った?なんて、当の本人に言ったら拗ねられても仕方ないことを思いはしたが、口には出さなかった。コイツのことだから飯を疎かにして体重減らしそうだし、今後も言うつもりはないし。ちょっと肉付きいいくらいが女はいいんだよ。うんうん。何がとは言わないけどね。
「よっこらせ」とついおっさん臭い言葉を発しながら、布団に名前を横たわらせる。冷えないように掛け布団まで掛けてやれば、はい、任務完了。
そのまま安心しきった寝顔ですやすやと眠っている名前を見ながら、彼女の柔らかい頬にそっと触れる。俺の掌に擦り寄る名前の愛らしさに、小さく笑みが溢れた。
「可愛いもんだねぇ、こうしてりゃ」
いや、いつだってコイツは可愛いんだけどね。他の有象無象に比べれば――間違いなく当人たちに聞かれれたら殺されそうだが――、彼女自身はそこまで灰汁の強い人間でもない。笑って待っているような、そんな女。
たまに幼児返りでもしてんじゃねぇかってくらい手のかかるところもあるけど、それすらも可愛いと思うもんだから、俺も相当焼きが回ってるのかもしれない。
庇護欲っていうのだろうか。よくわかんねぇけど。
眠っている名前の唇に、吸い寄せられるように自然と口付ける。おやすみ、名前。
さて、明日はコイツの作った雑煮とお節でも食いながら、正月をのんびり過ごすとしますかね。
2020.01.01