愛を奏でた声


指定した着信音が一人の部屋に鳴り響く。この音はメールだ。
おもむろに携帯を開いて画面をただただ眺めていた。
部屋自体のカーテンは閉め切って、電気すら着けずにいるから真っ暗のままで。携帯の光だけがわたしの目に入り込んで、それが妙に眩しくて眉間に皺を寄せてしまう。
ふと、気が向いて薄っすらと指でカーテンを開けば、外は朝だというのに昼間の様に明るくて嫌気がさした。
携帯を慣れた手つきで操作して、ついさっき着たメールを確認。どうやら、予想していた通りの相手に溜め息が出た。
彼からのメールだ。

『学校』

それだけの短文メールを寄越してきた坂田は、わたしのクラスの担任である。ついでにいうと、わたしの恋人でもあるのだが。

「《休む》」

短文できたのだから、こちらだって短文で返しても文句は言えないだろう。
カチカチカチとボタンを押す音だけが鳴り響いて、それからパタンと自らが思うよりも大きな音を立てて携帯を閉じた。

正直言って、こうしてメールを打つのも面倒な位だったりする。出来れば、もう何もしたくないのだ。
勉強勉強、勉強。
受験生なのは仕方ないかもしれないけれど、いい加減嫌気がさす。

――ここ最近のわたしは、一週間ほど学校に行っていない。
そろそろ単位も危うい感じだったりするのだろうか、だけれどわたしは今の今まで皆勤賞を見事とっていたじゃないか。なら、このくらい許されない?なんて思ってみたり。
ていうか、どうせアイツらも留年でしょ。脳内に浮かんだクラスメイトの顔に内心毒吐いて、頭を振って脳内から無理矢理追い出した。
ぶっちゃけるところ、ここ最近はまともに家すら出ていなかったりもするもんで。もう半ば引きこもりみたいになっているのが実情である。

さぁ、もう一眠りと布団を被った。やっぱり布団は気持ちがいい。硬い椅子に座る痛みもなければ、ふかふかと己の身体を抱きしめるように心地よい睡眠へと誘ってくれるのだから。
しかし、現実は時として無情だ。
布団に入ったと同時に鳴り響く携帯の着信音が、正にその証拠である。
眉間に皺を寄せて「またメールかあ」なんて呟いた。もう無視してやろうか。そんなことも思ったけれど、携帯のサブディスプレイに映った名前とマークに驚いて、つい携帯を開いてしまった。
惚れた弱みというやつだろうか、映った名前に少しだけ嬉しくなる。
しかし、きっとこの電話はお叱りか心配の連絡か。夢見がちだった頭を叩き起こして恐る恐る電話に出れば、小さく「もしもし」と言葉を出した。

「<おっまえ、もう何日目だよ。一週間経ったぞ、いつ来る気だ>」
「まだ風邪」
「<嘘つけ、この前コンビニでテメーのこと見かけてんだよ。堂々とジャンプ立ち読みしやがって>」
「マジでか」

相も変わらずベラベラと回る口に感心しながら、適当な言葉を返し続けた。どんなに電話の向こうの相手がわたしを説得したところで、わたしはもう今日も行く気がない。なんなら、寝る準備もできてるし。
早く電話をきって寝よう、なんて思って電源ボタンに手をかけたその時だった。

インターホンが、部屋に鳴り響いたのだ。

ピンポーンと二〜三回鳴り響く音に「まさか」とドアスコープを覗き込めば、そこにいたのは案の定担任の坂田で。
スコープ越しに見た坂田の顔は久々だからか、かっこよく見えてしまって。「あぁもうこれは末期だな」なんて考えながら、鍵をあけて扉を開けた。
これが多分、惚れた弱みというやつだろうか。

「なに」
「なにじゃない。学校行くぞ」

息を切らせて、その上汗までかいてて。
普段より緩くなっているネクタイのせいなのか知らないけれど、胸元は普段よりも余計に開いて見えた。
「スクーターでこなかったの?」聞けば、お前の家近いじゃんとだけ簡潔に返される。

「それより早く着替えろ」
「なにに?」
「制服!!」

そんなに喚かなくてもいいじゃない。全くもう。
小さくぼやけば、頭を軽く叩かれた。痛い。ひどい。

「いったーい!」
「痛くねぇよ、そんな大袈裟なもんじゃねーだろうが」

声を上げるわたしに呆れたのか、はたまたそうでないのかは知らない。けれど、わたしの言い返そうとした口唇は、彼によって塞がれたのである。
いきなりのことで唖然としながらも、「こんなことしてる暇あるのかなあ」なんてどこか冷静に物事を考える自分が居て、嫌気がさした。
それから、わたしは彼の腕の中。久しぶりに抱きしめられた温もりは、暫く忘れられそうにもない。

「存外、しばらく会えねーと寂しいもんだな」

頭上から聞こえてくる声は、思ったよりも優しさを孕んでいた。


title:星葬


加筆修正前2008〜
加筆修正後20180723


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