無神経な男


神威と二人仲良く肩を並べて歩く空は、毎日と言って良いほど雨ばかりなのだ。傘を持っている時もあれば、はたまた傘がない時だってある。
傘がない時、大体は神威が晴雨兼用のなんの面白みもない普通の番傘を持っているから、わたしは濡れずに済むのだけれど。

それでも、何故だろうと一度は考えることもあった。
わたしが雨女だから?神威が雨男だから?はたまた、それともタイミングが悪いんだろうか。
結局のところ、未だに答えは出ないまま。知る術だってわたしには無いし、考えてたって仕方ない。そう思って、わたしはこの解明も出来ない疑問を置き去りにしていた。

今日も、例に漏れず雨が降っている。
靴下に泥だって跳ねるのに、水だってスカートにかかる時もあるのに。「最悪だ」――憂鬱を隠さず低く呟けば、傘を叩く雨音がその声をかき消した。

奴さんは相も変わらずニコニコと貼り付けたような、あの笑顔で。歩くペースを落とさずさっさか前を行っていた。
人の気も知らないで、この男は本当に……。

「神威、悪いけど待ってくれる?」
「え、何で?」

「この無神経男!」なんて、怒鳴ってやりたくなるくらいには、コイツは超がつくほど無神経な男だった。
わたしが何度こいつのそういうところで機嫌を悪くし、時には叱りつけてまできたかわからないほどである。

ただ、今日の神威はどこか機嫌が悪いようにも見えて。気のせいだと思いたいけれど、なんだか気のせいじゃない気がするのだ。
付き合いが長いから、わかるのかもしれないけれど。

今、多分わたしが「無神経男!歩くペースを考えろ!」なんて言えばこの雨の中。何をされるかは想像に難くないだろう。
傘を振り払われ全身が濡れるか、その力強い足でキックを喰らい、このグチャグチャになった地面へ尻餅をついて下着まで水浸しにするか。
考えるだけでも億劫だ。最悪の場合、逆ギレして殴られる。血反吐を吐くのは御免被りたい。そこまではしないだろうと踏んでことを荒立てれば、コイツはわたしの予想を遥か彼方まで裏切ってひどいことをするんだろう。
コイツは、そういう男なのである。
正直言って、あの銀魂高校で有名な不良の高杉晋助よりもおっかないんだもんなぁ。こういう時の神威は、関わりたくないというのが本音だ。

「……アンタに合わせると、靴下ドロドロになって怒られるから。わたし」
「ふぅん。だからどうしたの?」
「お母さんに怒られるの嫌なの。だから、お願い」

あの人、怒るとおっかないんだからね。アンタよりも、断然。母は強し、正に言葉通りである。
神威だって、経験は絶対にあるはずだ。――わたしが知った時には、もう神威のお母さんは亡くなっていたのだけれど。
言葉に出すのも憚られて、それからわたしは何も言わなかった。だけれど、神威はわたしの言葉に「ああ」とよくわかっているのかわかっていないんだか知らない、短い返事をする。
ピタリと歩を止めた神威を見やって、そそくさとわたしも歩くペースを早めた。なるべく、足元が濡れないようにと気を遣いながら。
わたしを見て待っていたヤツの隣に並べば、ヤツはくつくつと綺麗に笑ってみせる。

「何よ」
「いやー、なんでもないよ」
「……?なんか言いたいことあんの?」

睨み付けながら低く脅しかけるように言葉を吐き出せば、軽い口調で「怖い怖い」とおどけてみせてくる。その様が妙にわたしの癪に障ったもんで、取り敢えずそれ以降口をきかないことにした。
もうアンタとなんて話してあげない。――まるで子供だ。

神威よりも先を歩けるように心掛けて足を進める。この際、靴下なんぞどうでもいいと思うくらいには、少しだけわたしもムキになっていたのだ。

「ねえ」
「……」
「あれ?怒ったの?」
「……ふん、」
「ぷっ、怒ってんやんの!」

わたしを揶揄うその口をどうにかして黙らせてやりたい。縫い付けてやろうか!あぁもう、腹立つ!なんて思いながら、先に先にと歩いた。
兎に角、わたしは奴さんを無視するのだ。無視し続けてやるのだ。そうして、わたしと喋れないことを後悔するがいい!寂しがれこの悪魔が!
からからと笑う声が、傘を叩く雨音よりも大きな気がして。
爆笑してんの?何コイツ、ほんと腹立つんだけど。何だってこんな男と付き合ってるんだろう!

「二人で並んで歩きたいなら、ハッキリ言えばいいのに!」

笑いながら言われた言葉に頬が火照るのを感じた。あぁ、くそ!そうだよ!わたしはお前と並んで歩きたかったんだよ!
言葉には出さないけど、それでも苦し紛れにキッとまた睨み付けてやる。未だ笑いの絶えない男に、「無神経男め!」と悪態を吐いてやった。
無神経というか何も考えてないというか、あの阿伏兎のがまだ女心をわかっているぞ!このすっとこどっこいめ!


加筆修正前2008〜
加筆修正後20180724


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