みっつめ

「おはようございます、苗字さん。今日も顔色が悪いですねィ」
「沖田さん。おはようございます」

微睡んだ頭の中で今朝の夢を思い出しながら、ゆっくりと外出の準備を進め、余裕をもって家を出る。これももう日課になりつつあるわたしの一日の始まりだ。
たとえ、昼間からの講義であったとしても朝の時間帯に起きるのは、変わらない。

変わらない街並みに変わらない朝。

わたしの住むマンションの近所には、大きな神社がある。そこは、それなりに手入れもされていて、人が管理しているのは見てわかる通りだった。何処と無く、清涼な空気が流れているというのがわかる場所。

毎朝、わたしはその神社の前を通る。今日も例に漏れず、わたしはその神社の前を通りかかった時だった。

鳥居前の道を竹箒でザッザッとゴミや落ち葉を掃きながら沖田さんが、通りすがりのわたしに朝の挨拶を寄越してきたのだ。わたしも例に漏れず、挨拶を返す。
いつからか顔見知り程度の仲になり、今となっては挨拶と世間話まで交わすようになったのは記憶に新しい。

彼は、その神社で住み込みの見習いをしている青年だ。
わたしと年齢が近いというのにひどく大人びた雰囲気とその性格は、どうやらこの近辺の女の子を虜にしているらしかった。わたしには、どうにもそれがよくわからなかったのだけれど。

「今日は、朝からですかィ?」
「いえ、昼からですよ」
「……じゃあ、なんでこんな時間に?」

こんな時間とは言っても、朝の8時だ。一般的な学生であれば、通学の時間。なんなら、会社員だってそういう人の方が多数だろう。
怪訝な顔つきでわたしを見る沖田さんに、苦笑い。

一般的な社交辞令ではない会話は、今に始まったことではない。挨拶以上の会話が成され出したのは、一体いつからだっただろう。
年齢が近いということもあったのかもしれない。彼とする他愛もない話は、大学のことであったりこの前見たテレビのことであったりと話題に尽きることがない。それが、何処と無く楽しかった。

わたしよりも歳下だという彼は、自由を謳歌しそうな大学生よりも早起きをするわたしなんかよりもっと早く毎朝起きているのだという。純粋に、すごいと思うのだ。
更に言えば、この神社の周りをきちんと清掃までしているのだから頭が上がらない。わたしなら、絶対三日でやめる自信があるのに。

「少し、寄り道しようかなって」
「寄り道?」

わたしの姿を上から下までじっくり見たと思ったら、「まぁ、ほどほどに」とぶっきら棒に返される。小首を傾げるわたしに、沖田さんは何も言わなかった。

気まずさを隠しきれず会話をそこそこに切り上げて歩き出したわたしの後ろで、彼が「あ」と声をあげる。
思わず振り返ってしまったわたしに彼は口角を少しだけ上げた、いたずらっ子のような美少年スマイルを見せつけた。
イケメンというものは、こういう時に特だろう。世の女の子や近辺の女の子なら間違いなく卒倒してそうだし。

「偶には近藤さんにも顔を見せてやってくだせェ。あの人、アンタのこと心配してんでさァ」

更には気遣いの言葉だ。いや、気遣いって言っても彼自身が気遣ってるわけじゃないんだけど。
「じゃ」と短く切り上げた沖田さんに、またわたしの頭の中は疑問符だらけとなる。

ーー心配?どうして?

沖田さんが見習いをしている、宮司の近藤さん。わたしがその人と接点を持ち出したのは、これまた沖田さんと同じような時期のことだった。
その人は強面ではあったけれど、いたく他人から好かれそうなぐらい優しい性格だったと記憶している。その上、困った人は見捨てられないお人好し。未だ深い関わりというものをもったことがなくてもわかるくらい、素っ気もなく可愛らしさの少ない大人びた性格をしている沖田さんでさえも、その人の下に居ようとするぐらいには人当たりの良さそうな性格をしていた。
豪快な笑い方とその笑顔が、脳裏を掠める。

そんな人が、わたしを心配しているというのだ。一体どうして。理解の追いつかない頭で考えてみても答えは出てこないままで。

沖田さんに聞いてみようと振り返れば、もうそこに彼はいなかった。


20180813