よっつめ

誘い込まれるように入ったこの寂れた神社は、いつしかわたしにとっての心落ち着ける居場所の一つとなっていた。
何をしていたって、この場所に"行かなきゃならない"と感じるのだ。はたまた行きたいと自ら思うことすらある。

人も寄り付かず、ひどく寂れていたもんだから、管理する人が居ないのは明白なものであったけれど。

そっと触れた手入れのされていない鳥居は赤色の塗装も剥げ、木が部分的に見えていて痛々しい。以前一度だけ棘が刺さったことがあったけれど、あれは少しだけ痛かったなあ。
生い茂った木々は、鬱蒼としていて来るものを拒んでいるかのように見えてしまう。所々に吊るされた提灯すら、何年も灯をともすことなく薄暗かった。

ここら辺のご近所に住む小学生や中学生達には、肝試しによくこの神社を使うらしい。それを教えてくれた昔からこの近辺に住んでいる友人達は、薄気味悪がって近寄ることすらもしないと言っていた。

ーーわたしは、この神社が好きだ。

話し声も車の音ですらもーーまるで別世界に隔離されたようにーー聞こえない。その代わり、木々が風で揺れる音だけが穏やかに辺りに響いていた。
まるでわたしにだけが許された特別な空間であるかのような錯覚すらも覚えさせるのは、一体何故なのだろう。
普通なら、自分の部屋が唯一許された落ち着ける場所であるはずなのにーーわたしには、自室よりも遥かに上回ってここが心安らぐ場所になっていたのだ。

大学という場所はひどく落ち着かない。学生達の喧騒が煩わしいとすら感じる。学生の身分とは言え、コミュニケーションを数多くの人間ととるというのは些かながら面倒だと思うことすらあるのだ。
だけれど、単位は落としてはならない。それは、行かせてくれた両親への感謝と義務からくる気持ちでもあった。苦労をかけた両親に、行く行くは親孝行だってしたいのだ。

気を張った生活に少しの安らぎ。だから、ここは絶対に、誰が何を言ったとしてもーー離れたくはなかった。

苔だらけで水すらも流れることをやめてしまった手水舎。
手入れすら何年もされていないであろう枯葉の山と、鬱蒼と生い茂った木々。
寂れに寂れて隙間すら空いてるのがわかる傾いた本殿。
まるで、ここだけ時が止まったままの様で。寂しさすら感じるのに。
ここの神さまは、きっと悲しんでおられるのだろう。それとも、もうここには居ないのだろうか。だとしたら、わたしは一体何故こんなにもここが心地よいと感じてしまうのだろう。

「ねぇ、神さま。わたしは、ここが好きです。でも、どうして?」

サァッと流れる風が、わたしの髪を優しく撫でた。まるで、答えを教えるかのように。


20180826