むっつめ

ーー嗚呼、まただ。
また、わたしは夢の中にいる。

心地よい風がわたしの頬を撫で、大きな掌がわたしの髪をサラリと一房掬って優しく撫でた。

ーーここは、何処だろう。

いつも見る夢の景色と違って、そこはとても静かで。街中の喧騒を全く感じさせない、まるでーーあの神社のような、場所。
だけれど見たこともない景色にただただ首を傾げるばかりだった。

「どうした?」
「ここは、何処?」
「さぁ。お前が居たいと思う場所が、お前の場所だろ?」
「……よくわからない」
「いつかわかるさ。今は、ただ、俺のそばに居りゃァいい」

わたしの髪を撫でる男性は、一体誰なのだろう。
綺麗な銀髪に、深い紅の瞳。薄い笑みを口元に携え、優しい眼差しは、一体わたしに何を訴えているのだろう。

「ねぇ、貴方は誰なの?」
「それもいつかわかる。いつか、必ずわかるから」
「わたし、貴方を何度も見ているの」
「……そうさな。幾度となく出逢っているよ」
「でも、名前を知らない」
「……俺は、お前を知っているよ。名前」

ーー幾度となく、見てきたのだから。

わたしの頬を撫でる風が強くなる。気付けば、わたしの髪を撫でていた掌は離れ、その男性も遠くなっていくのかわかった。

ーー嘘。

「嫌、待って。貴方のことをーーせめて、名前だけでも!」
「……ごめんな、でもまたすぐに逢えるよ」
「わたし、貴方のこと……何も知らない!」
「またな」

寂しさすら感じさせるその姿が、ひどくわたしの胸を締め付ける。どうか、どうか、あの人が。
あの人が、もうーー寂しいと思わないように。
ただ、優しい世界で。


▲ ▽ ▲


ハッと目を覚ますと、講義は終わりを迎えているところだった。帰り仕度をする生徒たち、昼ご飯を食べようと話す生徒たち、様々な形で騒つく教室。ひどく煩わしいと感じるほどの憂鬱が、わたしを襲って心地悪い。

「名前ちゃん?」

ふ、と。わたしの名前を呼ぶ声が聞こえて、声の主に目線を向ける。優しく微笑む彼女は、以前から仲の良い友人の志村妙ちゃんだった。
「なあに」と未だ残る眠気と怠さを隠さずに言うと、彼女は「大丈夫?」と声をかけてくれる。

「大丈夫って、何が?」
「顔色が悪いわ。熱でもあるんじゃない?」

わたしの額に置かれた柔らかな掌。夢の中のあの人と違う、女性の優しい掌。
ーーあの人って、誰だっけ。
ぼうっと呆けたようなわたしに、彼女は苦笑いを浮かべて、「具合が悪いなら、帰った方がいいわ」と帰宅を促す。

「……でも、まだ授業があるもの」
「ダメよ。そんな状態で」
「だって、」
「だってもくそもないの。今日は帰った方がいいわよ。次の講義も一緒よね?私、先生に言っておくから」
「……ありがとう」

妙ちゃんに促され、渋々帰宅準備を始める。彼女はわたしの背中に触れ、ふらつくようにして立ち上がるわたしを支えてくれた。

「無理するのは良くないのよ、医務室に行って休んでから帰りなさいな」
「ううん、直帰するよ」
「……本当に、大丈夫?最近、なんだかいつも具合が悪そう」

はて。わたしはそんなに具合悪そうに見えるのだろうか。なんだかおかしな事を言うもんだなあと思いながら、彼女の言葉に苦笑を浮かべる。心配という言葉を隠さない彼女の表情は、やはり優れなかった。

妙ちゃんに見送られながら、わたしは教室を出る。直帰するとは言ったものの、わたしの足が向かうのはあの神社の方面だった。


20180901