元々寒気に包まれたこの地は、夜は殊更に冷え込む。
皆好き好きな場所で眠っているのを見ながら、わたしは未だ来ない睡魔と寒気に身を震わせていた。横になろうとも、寝返りをうてども来ない睡魔にうんうんと唸る。側で眠る白石の鼾が聞こえる。眠れないわたしの身にもなれ。
仰向けになって溜息を吐いてみる。白い息が空に舞う。
仕方ないから起き上がって、未だ消えていない焚き火の側に寄った。冷えた手先を翳してみる。暖かい。
眠れないことはよくある。短時間睡眠になることも度々だ。
この連中に着いていくと決めたのは日から、そういうことが間々増えた。
別にそれを問題視することもなかったけれど、時に身体が悲鳴を訴えることもなくはない。足手纏いにならないようにするだけでも精一杯なのに、こんなことで弱音を上げるわけにはいかなかった。
ぼうっと火を見ながら、時に木の爆ぜる音を聞く。焚き火は心を落ち着けるとは誰かが言っていたが、こうも危険なことに身を投げていると落ち着くこともない。いつ羆が襲ってくるかもわからない。いつ撃たれるかもわからない。不安は、少なからずあった。
では、何故わたしがこの危険な連中に着いていってるのか。正直言ってもわからない。成り行き、と言えばそれまでである。
白石や杉元のように金塊が欲しいわけでもない。アシリパさんのように事の真相を知りたいわけでもない。ただ、この連中の最後を、事の顛末を知りたくなってしまっただけ。
道中どこかで逸れて逃げてしまっても良かった。なんなら、今こっそりと身を翻して逃げることも出来る。ただ、そうするには、わたしはあんまりにも知りすぎてしまった。何よりこの暗い森の中で逃げるには、わたしは非力すぎる。
また溜息が漏れる。白い息が空を舞った。
「こんな夜更けにどうして起きてる」
「わっ」
背後から聞こえる低音の声に肩を跳ねさせ驚いた。目を丸くして咄嗟に後ろを振り向くと、外套を頭まですっぽり被った尾形がわたしを見ていた。片手には銃を携えている。外套を頭まで被ってるものだからよく見えないけれど、疑念の目を向けられているのが何となくだけど、よくわかった。
「別に、眠れないからですけど」
「早く寝ろよ」
「だから、眠れないんだってば」
「……どうして」
「そんなのわたしが知りたいですよ」
この尾形という男は、わたしにとっては苦手な部類に入る男だった。杉元や白石と違ってよく話すというわけでもない。寧ろ寡黙な方だ。かと思えば、口を開けば厭味ったらしい言葉が飛び出てくる。今は大人しく"此方側"に着いてきているが、いつ本性を出して引っ掻いてくるかもわからない。性格に難がありすぎる上に出自が厄介すぎるのだ。関わらないで済むのなら、なるべく関わらずに生きたい人物だった。
普段、わたしと尾形がこうして話すことはないに等しい。わたしは杉元や白石、アシリパさん、キロランケさん――つまりは、この男以外と話している方が多いし、その輪にわざわざこの男も混ざってこようとはしない。流石に、声をかけられたのはこれが初めてというわけではないけれど、この男の口から飛び出すわたしへの言葉というのは大概が厭味ばかりで、好意的に思われていないのが丸わかりだった。
「それより、どうして尾形さんも起きてるんですか」
「どっかの誰かがうんうん喧しくてな。しまいにゃ起き出すもんだから、何するのか気になった」
「ヒトのことなんだと思ってるんですか」
「足手纏い」
「あぁ、もう……」
それ見たことか。口から出るのは厭味ったらしい憎まれ口ばかり。ああ言えばこう言う。わたしの行動なんて彼には何の意味もないだろう。足手纏いだというのであれば、そんな人間がアシリパさんのような幼い女の子ならまだしも、鍛えられた軍人さん相手に何か出来るとでも思うのか。もっと言えば、わたしはアシリパさんにも勝てるような人間じゃない。白石のように脱獄王なんて異名も持っていない。巻き込まれ、成り行きで頓痴気な連中に着いては行ってるものの、どちらかと言えば一般人寄りだ。ただ、少し運が強いだけ。
「厭味言う為に起きたならどうぞ、お構いなく。さっさと寝たらどうですか」
「それを言うならお前もだろう」
「眠れないってさっき言ったじゃないですか」
「焚き火の前を陣取ってるってことは、寒いのか」
「それが何か」
「だから眠れないのか」
「どうしてそんなにわたしが眠れない理由を知りたがるんですか。別に、寒さだけじゃないですよ」
「ほう」
「じゃあなんだっていうんだ」わたしが一番知りたいことを当然のように聞いてくる。わたしだって自分にどうして睡魔が来ないのかを事細かに聞き出したい。なんなら、他の誰かの睡魔を奪い取って眠ってやりたい位だ。だけど、そんなこと出来ないじゃないか。
「さぁ、人恋しい時期だからじゃないですか」
我ながら棒読みすぎて笑いが出てくる。しかもなんだ、人恋しい時期って。言い訳にもならない。こんな下らないこと言ってないで眠るために横になって目を瞑ったほうが懸命な気すらしてきた。横になろうと態勢を変えたところで、尾形はとんだ爆弾発言を落とす。
「つまり発情してますと、そういうことか」
「はぁ!?」
「喧しい。他の奴らは寝てんだぞ、お前の声で起きたらどうする」
「アンタが突拍子もないこと言うからでしょうが!誰が発情してますなんて言いました!?」
「ピイピイピイピイでかい声出すな。癇癪起こされるこっちの身にもなれ」
「あぁ、もう相手したわたしがバカだった。尾形さんってほんっと嫌な人ですね」
根も葉もない事を言われ頭に血が昇った。尾形は声を荒げるわたしに顔を顰めているが、どう考えても当の本人が悪いだろう。確かに声を荒げた段階で白石が「フガッ」とよくわからない声を上げたのが聞こえたけれど、誰かが起きたところでわたしは素直に尾形が突っかかってきただけだと言うだけだ。わたし悪くない、絶対に!
頭すらも痛みを訴えだした気がしてくる。もういい、こんな人構わず寝てしまおう。時間をむちゃくちゃ無駄にした気がする。
「寝るのか」
「寝ます」
焚き火越しに座っている尾形と焚き火に背を向け、横になる。目を瞑って何がなんでも寝てやろうと黙りを決め込んだ。もうこの人と話すだけで日々の疲労感がより溜まるだけだ。もう少し杉元のような優しさのある言葉とか、アシリパさんのようにタメになる言葉でも吐けばいいのに。……いいや、無理か。この男にそんなことを期待するだけ無駄だ。
尾形を余所に、わたしは完全に寝る態勢に入った……つもりだった。ガサガサと聞こえてくる音さえ無ければ。そして、わたしに近づく気配さえ無ければ。
暫くすると途端に辺りは静かになる。物音の正体を確認するために、おずおずと目を開くと、わたしの前にしゃがみ込む男の姿――尾形だった。
「……何してるんですか」
「添い寝でもしてやろうか」
「は?まだそんなふざけたこと言ってるんですか」
「人肌恋しいんだろう?」
「あんな言葉、本当だと思ってるんですか?」
この男、何処までわたしを揶揄すれば気が済むんだろうか。そんなに小馬鹿にしたいのか。わたしも舐められたものだ。いや、実際軍人さんに比べれば非力な何ももたない人間だ。揶揄う種には丁度いい。この男にとっては最高の肴になってしまったかもしれない。冗談でもあんなこと、言うべきではなかったのだ。
わたしの隣に寝転び出す尾形に「ちょっと」と声を出した。一体どれだけ怒ればこの男は気が済むのだ。ひょっとして、わたしを泣かせたいのか?
顔を顰めるわたしをお構いなしに、向かい合わせに寝転ぶ尾形は己の口元に自分の人差し指を立てて「しー」と息を漏らしやんわりと静かにするよう態度で示す。言いたいことは山程あれど、確かにここで尾形の行動に物申してしまえば、それこそ奴の思う壺である。素直に黙りを決め込んだわたしに、尾形は一言言い放つ。
「良い子だなア」
正直言って腸が煮えくり返るほど腹立たしいが、もうこの手には乗るまいて。フン、と鼻を鳴らして目を瞑れば、尚、尾形はわたしに話しかけてきた。
「焚き火に近寄りすぎだろ、もう少し寄れ」
「……なんで」
「火傷しても知らんぞ」
「それ、貴方に関係あります?」
「いいから」
この男は一体なんだ?わたしを何だと思ってるんだ??そこまで阿呆の子とでも思われてるのか???じっとりした湿っぽい目を向けて相手を睨めつけるも効果はなく、寧ろ当人は素面で言ってる表情だ。嘘でしょ。言葉を失う。
いや、しかしながらこの男は表情に出にくい所があるのも又事実。これは表情に出さないでわたしを揶揄る算段だろう。騙されないぞ、わたしは。
「尾形さん、本当、もう寝るんで」
やんわりと断ろうとするわたしを余所に、痺れを切らした尾形は溜息を吐いてわたしに寄ってくる。「え」唖然とするわたし。普段は銃をその両腕に抱いて眠るくせに、わたしの背中に回ってくる尾形の太い片腕が妙に温かく感じた。
――翌日、当然のように一睡もすることが出来なかったわたしは寝不足で根を上げ、皆を困らせた上に尾形からも舌打ちをされる羽目になるのだが、それはまた別の話。
2022/03/01