救いがあるようで
救いのない話





※夢主がメンタルヘルス
※リストカット・オーバードーズなどの言葉が出てきます。
※どちらも前世(明治軸)の記憶現パロ。
※夢主は前世で尾形の手によって死んでいるという特殊設定あります。ご注意ください。




ピアスを開けたのは、彼の耳に光るピアスが余りにも魅力的だったからだ。ただ、わたしは皮膚自体がそこまで強くないから中々安定しなくて、ずっと右耳に一つだけピアスをしていた。
百ちゃんの左耳には、三つか四つほど開いている。それが羨ましくて、最近ようやく同じ箇所に軟骨を開けた。
中々安定しない軟骨のピアスは、時たま寝具に引っ掛けて痛みを齎す。最初の間は、痛み止めも飲んでいたけど、最近は触ると痛いくらいに落ち着いた。腫れたら、冷凍庫から保冷剤を出して患部を冷やす。
ファーストピアスが安定するのは、まだまだ先の話だろう。
百ちゃんみたいに三つ四つ開けたくて、ニードルを3本ほど買った時は、百ちゃんに鼻で笑われた。「お前は中々安定しないから、一気には開けるなよ」と何度も念押しされたのは、記憶に新しい。

それまではイヤーカフ付きのピアスとか、ピアス単体とイヤーカフと軟骨のピアスで誤魔化すしかない。
わたしも、いつか百ちゃんと同じ数だけ、同じ箇所にピアスを開けたかった。

百ちゃんとのお揃いに拘るのは、何故かはわからない。身体の繋がりもさることながら、多分、わたしは、心からの繋がりも百ちゃんに欲しているのだと思う。

心は昔からずっと、それも遠い遠い記憶の話からずっと、百ちゃんだけにあるのに。
わたしはまだ、百ちゃんをずっと求め続けている。
そんなわたしに、百ちゃんは何も言わなかった。寧ろそうあるべきだと感じさせるほど、百ちゃんは態度で示してくれる。

百ちゃんとのお揃いはピアスだけじゃない。メンズの服やユニセックスの服に拘るのも、もしかしたらそうなのかもしれなかった。
百ちゃんはああ見えて、柄物の服が似合う。わたしもそうなりたいし、そうであって欲しいから、服を買いに行く時はわたしにも似合うお揃いの柄物の服や無地の服を選んだ。
それでも百ちゃんは何も言わなかった。たまに、少し女性らしいレディース服を買ってくれるぐらいで、服装に関しては何も言ってこない。

ただ、髪を切る時だけは違った。
百ちゃんみたいにツーブロックにしたい、と一度言ったことがある。「それだけは似合わんからやめとけ」とだけ言われておしまい。百ちゃんは、多分わたしのこの髪型を好いてくれてるのだと思う。
ツーブロックまではいかずとも、勝手にショートボブにしたことがあった。その時ばかりは、「俺に何も言わずに切るな」と怒られたっけ。
だって、髪を短くした方が気持ちが楽だったんだもん、とその時は誤魔化したけど、本当はただただ発散できないイライラを髪にぶつけただけだった。
ただ、もう髪を切ることができなくなったから、仕方なく髪を伸ばした。ボブより下まで髪が伸びた時は、百ちゃんは嬉しそうにわたしの髪を丁寧に、壊れ物でも扱うみたいに丹念に櫛で解いてくれた。きっと、昔の記憶に想いを馳せているのだと思う。
でも、段々と煩わしくなってきて、また勝手に髪をボブぐらいまで切りたいと言った。その時の百ちゃんは如何にも嫌ですという表情をしていたけど、「百ちゃんに切って欲しい」と言えば珍しく面倒臭がりもせずボブまで切ってくれた。ショートボブにはなれなかったけど、これはこれで百ちゃんが切ってくれたのだからいいのだと、その時は嫌に上機嫌になっていたと記憶している。

——話は逸れたが、百ちゃんとのお揃いはピアスや服だけじゃなかった。
同じ銘柄のタバコ。百ちゃんが吸っているのを見て、元々喫煙者でもあったわたしは、同じ銘柄のタバコに変えた。「タバコ、変えたのか」そう言った時の百ちゃんは、少し怪訝そうだったけど、同じ銘柄のタバコを見せたらため息混じりではあったけれど、「お前は俺が好きだなア」と笑っていたっけ。

薬指に首輪のように光るシルバーの指輪も、勿論百ちゃんとお揃いだ。質素なデザインのそれは、わたしと百ちゃんが二人で選んで決めた指輪だった。
指輪を貰った時は、本当に嬉しくて、その日一日泣いていたと思う。不器用にわたしの頭を撫でる百ちゃんが、そこはかとなく愛らしく感じた日でもあった。
「外すなよ」なんて、わかっていることでもあるのに真意を確かめるようにしっかりと言われた言葉は、彼の独占欲と支配欲が感じられて嬉しかった。

わたしは、多分狂っているのだと思う。
百ちゃんが好きすぎて狂っているんだ。
とうの昔から、ずっとずっと。

いつか裏切られて、百ちゃんに殺されてもいいと思うぐらいには。彼になら、わたしを殺す権利を委ねてしまえる。
でも、今世の百ちゃんはそんな事は一切しなかった。寧ろ幼い頃から、学生時代を経ても、どんなわたしを見ても、百ちゃんはわたしと共に在り続けようとしてくれてる。

わたしの精神が限界を迎えた時、百ちゃんは医師から与えられた薬を管理するようになった。
オーバードーズなんて以ての外とでも言うように、わたしの薬を管理してくれるのは、百ちゃんの僅かばかりの庇護欲からくるものなのだろうと勝手に思っている。

ただ、手首を切ることは許してくれた。手首を切るだけでは、人間そう簡単に死ねないからだ。

でも、自殺企図は、許してくれないけれど。

一度、病みに病みすぎて崖っぷちに立ったこともある。その時は首でも吊って死のうとか、飛び降りて死のうとか沢山自殺を謀ったことがあった。
「俺をまた置いていく気か」——表情や態度からは察することが出来ないけれど、その時初めて百ちゃんがわたしに惨めったらしく縋り付くような言葉を発したのだ。
そんな百ちゃんを見て、不謹慎ながらにもわたしの胸は踊るように弾けて、喜んだ。そして、泣きながら「ごめんね、ごめんね」と謝り続けた。百ちゃんをもう置いていくなんて、百ちゃんの手を汚すことになるなんて、もうさせてはならない。
今世では、——百ちゃんと幸せになりたかったから。

どこまでも、何をしても、わたしは百ちゃんがいることが前提だった。精神的にも縋り付いて共依存を求めたのは、多分、どちらからでもない。
共依存の果てにあるのが不幸であっても、幸であっても、わたしと百ちゃんが寄り添いあっていたならそれでいい。

どんなにお揃いのものを身につけても、どんなに身体の繋がりを求めても、精神的な繋がりを求めても、わたしと百ちゃんは一つになれない。
ならなくていい。百ちゃんの隣に、百ちゃんと共に在りたい。

そう思わせてくれる百ちゃんがずっと大好きで、愛しいのだ。百ちゃんも、そうであるといいなと思う。



2021/10/23



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