愛の病





喉の痛み。

ずるずるの鼻水。

頭は痛い上にボーッとする。

そして身体は怠い。



「これは、マズいのでは…?」



ベッドに横たわり天井を見上げる。

目が覚めるとこの症状。

間違いなく風邪だ。

体調管理はしっかりしてたはずなのに。

昨日までいた冬島での雪合戦で羽目を外しすぎたか…。

何にしてもこの状態で見つかるわけにはいかない。

そうは思うものの起き上がることも億劫だ。

どうしよう。

事態は私が考えるより深刻なようで。

これだけ体調が悪いとなると、熱もかなりあるはず。

しかし体温を計る気力も起きない。

いよいよマズい。

こっぴどく叱られるのは目に見えてる。

何とかしなくては。

それでも意識は更に朦朧としてきて、だんだん思考回路も不安定になってきた。

間もなく、私は意識を手放した。







ヒヤリと冷たいものが額に触れる感触。

その気持ち良さに意識が浮上する。

ぼんやりとした視界の先に恐れていた人物の姿があった。

余りの恐怖のせいか熱で幻覚でも見ているんだろうか。

だけどそれは妙にリアルで、額に乗っていた手は頬の方へと滑っていく。



「……ロー…?」




掠れた声で名前を呼んでみた。

幻覚であって欲しい気持ち半分、嬉しい気持ち半分。



「エレノア?大丈夫か?」



はっきりと耳に届いたのは大好きな声。

予想とは180度違う声色。

どうやら幻覚ではなかったみたい。



「…な、なんとか」

「朝から起きて来ねェと思って来てみれば。だからあれほどベポと張り合うのはよせと言っただろ」



ローと言う通りだ。

雪合戦をしてる時は楽しくて、動いて暑くなったのに耐えきれず私はコートを脱いだ。

あれがいけなかった。

まぁ今更何を言っても言い訳にしかならない。



「エレノア、何か食べられるか?薬飲め」



正直、食欲なんて皆無。

小さく首を振るとローの溜め息が聞こえた。

またヒヤリと冷たい手が、額に触れる。



「熱もかなり高い。何か食べて薬飲んで寝るのが一番なんだが…仕方ねェ」



私を抱き起こし、水の入ったコップが口に宛てがわれる。

それをコクコクと飲めば冷たい液体が体に染み渡り、少し楽になったような気がする。



「もう少し寝ろ。ここに居てやるから」


おでこにちゅっと軽いキスが落ちてきて、再び寝かされる。

布団をトン、トンと規則的なリズムで叩く音が聞こえてくれば、私は熱のせいでまだあやふやな意識をいとも簡単に手放した。







「ん……」



目を開くと、外は既に暗かった。

ベッドサイドにある机の明かりだけが小さく灯っている。

そして椅子に腰かける人影。



「…ロー?」

「エレノア」



ずっと居てくれたなんて。

怒られるとばかり思っていた自分に反省する。



「具合はどうだ?」

「だいぶ…楽になったかも」

「そうか。流石に何か食え。持ってきてやるから」



そう言うと、ローは部屋から出て行ってしまった。

意識は朝よりかなりはっきりしている。

気付けばいつの間にか枕は氷枕になっていて、机の上には水の張られた洗面器。

私のおでこにはタオルが乗っている。

これもローが…?

普段の立ち振舞いからは想像も出来ない優しさ。

それが嬉しい。

ガチャリとドアが開き、ローが戻ってきた。

トレイの上に乗っているものからの湯気が見える。



「食べるだろ?」

「…うん」



体を起こされて背中には枕を挟む。

持ってきてくれたものはお粥だったようで、ローはそれを取り分けてくれた。

れんげで掬ったお粥にふーっと息を吹き掛けるとそれを私の口許に運ぶ。



「え」



思わず固まる。



「食わねェのか?」

「い、や…そうじゃないんだけど…むぐっ」



言い終わらないうちにれんげが口に突っ込まれる。

さっき優しいって思ったの撤回した方がいいかも。



「美味いか?」

「うん、ひょっても…」



まだもぐもぐしながら答えたけど、ローはお気に召したようで。

それからも次々とれんげに乗ったお粥が運ばれてくる。

それを私は食べ続けた。



「ごちそうさまでした」



お粥も食べきってもうほとんど怠さもない。

すると目の前にコップと薬が現れた。



「熱は下がったようだが念のためだ」

「ん」



それを受け取り一気に飲み干す。



「ったく、心配掛けんじゃねェよ」

「…ごめんなさい。でも、ロー、優しかった」

「そうだなァ。診療費もらわねェと」

「は?」



ローが悪い目をしてる。

これは、ヤバい。

気付けばローとの距離は一気に縮まっていて、布団の中に侵入してきた手が太ももに触れていた。



「んっ…ちょっと…」



私はビクッと肩を竦め、ぎゅっと目を瞑る。



「クククッ…今日はここまでにしといてやるよ。ちゃんと寝ろ」

「も、もう…!」



くしゃくしゃと頭を撫でられ、ベッドに横にされる。

余りの恥ずかしさに一気に布団に潜り込んだ。

ローのばかばかばか…!



「エレノア」



名前を呼ばれ鼻から上だけを布団から出す。

そこには少しだけ笑ったローの顔があって。

布団を首元まで下ろされる。



「何かあったらちゃんと呼べ。おやすみ」

「…っ…」



触れるだけのキス。

そのままトレイを持って外に出ていこうとする後姿に声を掛けた。


「ロー、ありがと」

「礼はエレノアだろ?期待してる」

「だから〜〜っ!」



ニヤリと不吉な笑みを残して閉まるドア。

今度は別の熱が上がってきそうだ。

本当どうしてくれる。

また布団を被ってみたけど。

きっとこの熱はローしか下げられないんだ。