愛の病





喉の痛み。

ずるずるの鼻水。

頭は痛い上にボーッとする。

そして身体は怠い。



「これは、マズいのでは…?」



ベッドに横たわり天井を見上げる。

目が覚めるとこの症状。

間違いなく風邪だ。

体調管理はしっかりしてたはずなのに。

昨日までいた冬島での雪合戦で羽目を外しすぎたか…。

何にしてもこの状態で見つかるわけにはいかない。

そうは思うものの起き上がることも億劫だ。

どうしよう。

事態は私が考えるより深刻なようで。

これだけ体調が悪いとなると、熱もかなりあるはず。

しかし体温を計る気力も起きない。

いよいよマズい。

こっぴどく叱られるのは目に見えてる。

何とかしなくては。

それでも意識は更に朦朧としてきて、だんだん思考回路も不安定になってきた。

間もなく、私は意識を手放した。



◆



ヒヤリと冷たいものが額に触れる感触。

その気持ち良さに意識が浮上する。

ぼんやりとした視界の先に恐れていた人物の姿があった。

余りの恐怖のせいか熱で幻覚でも見ているんだろうか。

だけどそれは妙にリアルで、額に乗っていた手は頬の方へと滑っていく。



「……ロー…?」




掠れた声で名前を呼んでみた。

幻覚であって欲しい気持ち半分、嬉しい気持ち半分。



「エレノア?大丈夫か?」



はっきりと耳に届いたのは大好きな声。

予想とは180度違う声色。

どうやら幻覚ではなかったみたい。



「…な、なんとか」

「朝から起きて来ねェと思って来てみれば。だからあれほどベポと張り合うのはよせと言っただろ」



ローと言う通りだ。

雪合戦をしてる時は楽しくて、動いて暑くなったのに耐えきれず私はコートを脱いだ。

あれがいけなかった。

まぁ今更何を言っても言い訳にしかならない。



「エレノア、何か食べられるか?薬飲め」



正直、食欲なんて皆無。

小さく首を振るとローの溜め息が聞こえた。

またヒヤリと冷たい手が、額に触れる。



「熱もかなり高い。何か食べて薬飲んで寝るのが一番なんだが…仕方ねェ」



私を抱き起こし、水の入ったコップが口に宛てがわれる。

それをコクコクと飲めば冷たい液体が体に染み渡り、少し楽になったような気がする。



「もう少し寝ろ。ここに居てやるから」


おでこにちゅっと軽いキスが落ちてきて、再び寝かされる。

布団をトン、トンと規則的なリズムで叩く音が聞こえてくれば、私は熱のせいでまだあやふやな意識をいとも簡単に手放した。



◆



「ん……」



目を開くと、外は既に暗かった。

ベッドサイドにある机の明かりだけが小さく灯っている。

そして椅子に腰かける人影。



「…ロー?」

「エレノア」



ずっと居てくれたなんて。

怒られるとばかり思っていた自分に反省する。



「具合はどうだ?」

「だいぶ…楽になったかも」

「そうか。流石に何か食え。持ってきてやるから」



そう言うと、ローは部屋から出て行ってしまった。

意識は朝よりかなりはっきりしている。

気付けばいつの間にか枕は氷枕になっていて、机の上には水の張られた洗面器。

私のおでこにはタオルが乗っている。

これもローが…?

普段の立ち振舞いからは想像も出来ない優しさ。

それが嬉しい。

ガチャリとドアが開き、ローが戻ってきた。

トレイの上に乗っているものからの湯気が見える。



「食べるだろ?」

「…うん」



体を起こされて背中には枕を挟む。

持ってきてくれたものはお粥だったようで、ローはそれを取り分けてくれた。

れんげで掬ったお粥にふーっと息を吹き掛けるとそれを私の口許に運ぶ。



「え」



思わず固まる。



「食わねェのか?」

「い、や…そうじゃないんだけど…むぐっ」



言い終わらないうちにれんげが口に突っ込まれる。

さっき優しいって思ったの撤回した方がいいかも。



「美味いか?」

「うん、ひょっても…」



まだもぐもぐしながら答えたけど、ローはお気に召したようで。

それからも次々とれんげに乗ったお粥が運ばれてくる。

それを私は食べ続けた。



「ごちそうさまでした」



お粥も食べきってもうほとんど怠さもない。

すると目の前にコップと薬が現れた。



「熱は下がったようだが念のためだ」

「ん」



それを受け取り一気に飲み干す。



「ったく、心配掛けんじゃねェよ」

「…ごめんなさい。でも、ロー、優しかった」

「そうだなァ。診療費もらわねェと」

「は?」



ローが悪い目をしてる。

これは、ヤバい。

気付けばローとの距離は一気に縮まっていて、布団の中に侵入してきた手が太ももに触れていた。



「んっ…ちょっと…」



私はビクッと肩を竦め、ぎゅっと目を瞑る。



「クククッ…今日はここまでにしといてやるよ。ちゃんと寝ろ」

「も、もう…!」



くしゃくしゃと頭を撫でられ、ベッドに横にされる。

余りの恥ずかしさに一気に布団に潜り込んだ。

ローのばかばかばか…!



「エレノア」



名前を呼ばれ鼻から上だけを布団から出す。

そこには少しだけ笑ったローの顔があって。

布団を首元まで下ろされる。



「何かあったらちゃんと呼べ。おやすみ」

「…っ…」



触れるだけのキス。

そのままトレイを持って外に出ていこうとする後姿に声を掛けた。


「ロー、ありがと」

「礼はエレノアだろ?期待してる」

「だから〜〜っ!」



ニヤリと不吉な笑みを残して閉まるドア。

今度は別の熱が上がってきそうだ。

本当どうしてくれる。

また布団を被ってみたけど。

きっとこの熱はローしか下げられないんだ。