幸福のせつな





打ち寄せる波の音。

見渡す限りの青い海。

空には雲一つなく、水平線では海と空が混じりあっている。

普段から見慣れている光景といえばそうなのだが、唯一の違いはここが陸だということだ。

久しぶりの上陸だったせいか、海で遊びたいとクルーの誰か(シャチだった気がする)が言い出し、勢いそのままに海水浴が始まった。

常に海上で生活しているのにどうしてわざわざ海で遊ぶ必要があるのか。

水しぶきを上げながらはしゃぐクルーを見つつ、盛大に息を吐き出した。



「暇でしょ」



不意に頭上から降ってきた声。

太陽を遮っていたサングラスを上にずらし、声した方を見上げる。

そこにはエレノアの姿。

手にはグラスが二つ握られている。

そのうちの片方、色からしてアイスコーヒーだと思われるものをおれへ差し出てきた。

カランと氷同士がぶつかり涼しげな音が鳴る。

エレノアはおれがグラスを受け取ったのを確認して、パラソルの下の空いていた隣のビーチチェアへ腰下ろす。

差してあったストローに口をつければ、冷たい液体が喉を潤していった。



「ローも入れればいいのにね」

「入れてもあいつらとはしゃぐなんざ願い下げだ」



能力者は海に入ることは出来ない。

だからここで昼寝を決め込もうと思っていた。

太陽は相変わらず攻撃的なくらいの熱を放っているが、時折吹く海風とパラソルで出来た影は、その熱を遮るには十分だった。



「浮き輪があったらいいんじゃ…?」

「…バラされてェようだな?エレノア」

「ハハ…冗談…!」



顔をひきつらせながらエレノアはひくひく笑うと、持っていた自分のグラスのストローに口をつける。

いかにも甘そうな色の液体がストローを登っていく。



「ローも飲んでみる?」



おれの視線に気づいたのか、グラスが目の前に現れた。

エレノアの手ごと掴みグラスを引き寄せ、ストローを咥える。

予想通り甘ったるい液体が口内に広がっていく。



「なんだこれは…」

「この島でしか育たない果物を使ったジュースなんだって」

「甘すぎる」

「そうかなぁ?私には普通だけど」



言ってまたストローを咥えるエレノア。



「あいつらと遊んで来たらどうだ?」



エレノア以外のクルーはほぼ海へ繰り出している。

こいつはというと何故かしっかりパーカーを羽織っていて、海に行く気配はない。

そもそもおれがこうして暇な時間を持て余しているのは他でもないエレノアのせいだった。

クルーが海水浴を楽しむなら、おれは街へ散策に出ようかと思っていた。

エレノアはどうするのか表情を伺ってみると、海水浴という言葉に少なからず目を輝かせたのが分かった。

おれが一人で散策に行くと言えば、エレノアはついてきただろう。



「え、だってローが一人になっちゃうし?」



その言葉に思わず緩む口元。

気付かれないように溜め息で誤魔化した。

グラスとサングラスは中央のテーブルに置いて、エレノアを自分が座っているビーチチェアへ招いた。



「?」



首を傾げつつも、エレノアは移動しおれの足元に腰かける。

おれはエレノアを自分の方へ引き寄せ、パーカーのジッパーに手を掛けた。



「なにすんの!?」



そのままジーッとジッパーを下げていく。

そしてするりとパーカーを脱がせれば、オレンジ色のビキニが姿を表した。



「ちゃんと着てんじゃねェか。勿体ねェ」

「だ、だって…これはイッカクが…」



恥ずかしいとばかりに腕を胸の前へ持っていき、くるりとおれに背を向けた。

何を恥ずかしがってんだか。

そこでふと取り上げたパーカーに重みを感じた。

ごそごそ探るとポケットから出てきたのはボトル。

それは日焼け止めだった。

エレノアが背を向けているのをいいことに、ボトルの蓋を開け、中身を掌に取り出す。

それを無防備な背中へそっと擦り付けた。



「ひっ!?」

「こんなもんまで用意しておいて。塗ってやるからあいつらのところ行ってこい」

「わ、分かった!自分で塗るから返し…あっ!?」



するりとパンツの縁に手を掛けた。



「そこは違う!」

「境目がないように塗らねェと跡が残るだろうが。それに背中は自分じゃ塗れねェだろ?」

「ううう」



少し大人しくなったエレノアの背中に丁寧に日焼け止めを塗り込んでいく。

普段はつなぎを着ているからあまり気にはしていないようだが、こういう時気を抜けばせっかくの白い肌がこんがり焼けてしまう。



「こっち向け」

「え、いいよ」

「いいから」

「う〜〜〜〜」



恥ずかしそうに体ごとおれの方を向いてくる。

なかなか見ることが出来ないビキニ姿。

上から下に視線を動かすとエレノアの顔がだんだん赤くなっていく。



「あんまり…見ないで、よ…」

「似合ってるからいいじゃねェか」

「…え?」



きょとんとするエレノアを無視してボトルを傾け、掌に白い液体を取り出し、エレノアの首に塗りつけた。

瞬間、ぴくりと体が揺れる。

少しずつ手を下に移動させ、ビキニまで辿り着いた。



「…っ…」

「どうした?」

「な、んでもない」



目が泳ぐエレノア。

そっとビキニの中に指を差し入れる。



「ちょっと…!」

「日焼け止め塗ってるだけだが?」

「もう!!」



いつもの感触を堪能しようとする指をぐっと抑えて、あくまでも日焼け止めを塗ることに集中する。

胸が終わったら大胆に露出されている腹。

掌を円を描くように動かせば、エレノアは体を震わせていた。



「終わったぞ。どうせ足はもう塗ってんだろ?」

「そ、そうだけど…自分でやるって言ったのに」

「ほら。お呼びだ」



エレノアの肩越しに見える海からベポやイッカクが手を振っている。

振り返り、手を振り返すエレノアの肩口に顔を埋め、ちゅっと吸い付いた。



「ひぁっ!?ロー!?」

「ククク。夜はおれに構え」

「は!?」

「行ってこい」



ブゥーンと能力を発動させると自分の手元にはピンク色の綺麗な巻き貝が現れる。

太陽に透かせばキラキラと輝く。

そこから視線を少し落としたところには、さっそくベポに水をひっかけているエレノアがいた。

バチりと目が合い、手を振ってくる。

おれは口元の緩みを感じながら、再びサングラスを掛け目を閉じた。