06.ほつれた糸の絡め方
「ど、どうかな?」
洗面所で鏡を見る寿くんに恐る恐る聞いてみた。
「いいんじゃねーか?上出来」
「わっ!?」
わしゃわしゃと頭を撫でられる。
どうにか髪は切れたけど不安なものは不安だ。
「でもちゃんとお店行ってね」
「気が向いたらな」
「いや、そういうわけには…」
「せっかく瑠奈が切ってくれたのに店行ったら意味ねーだろ」
ぐっと屈んで顔を覗き込まれる。
「っ!?」
今までの長髪と違って、短髪。
こんなに短い髪の寿くんを見るのは久しぶり。
幼かった頃とは違って大人びた印象にドキッとしてしまう。
「で、だ。瑠奈、今日予定あるか?」
いきなりの話題の変化に目が丸くなる。
予定は何もない。
「ないけど…?」
「お!じゃあちょっと行きたいとこあっから付き合え」
「は?」
と、唐突すぎない!?
というか昨日までのことが嘘のようだ。
固まる私に寿くんは続ける。
「部活復帰前に慣らしておきたくてよ」
そういえば玄関にはボールが置いてあったような…?
あまりにも自然過ぎてスルーしてしまっていた。
「待っててやるから準備して来い」
「う、うん!」
寿くんが意図していることが分かって私は急いで自分の家に戻る。
「瑠奈?もう帰ってきたの?寿くん元気だった?って瑠奈?」
またもや母親の声を聞きつつ部屋に向かう。
急いでジャージに着替え、クローゼットの奥から引っ張り出したもの。
それは外用のバッシュだった。
2年振りに見たそれ。
足のサイズは変わってないからたぶん大丈夫なはず。
それを片手に再び階段を駆け降りる。
「お母さん!バスケしてくる!」
「え!?バスケ!?」
それだけ告げ、玄関を飛び出した。
「オーケーか?」
玄関を出たとこには自転車を準備した寿くんの姿。
私も慌てて自転車を出そうとしたんだけど。
「今日は特別に乗せてやる」
そんなことを言われた。
なんか今日は驚いてばっかりだ。
「なんだよ。早く後ろ」
目線で訴えられて渋々後ろに跨る。
「捕まっとかねーと落ちるぞ」
「う」
そっと寿くんの腰に腕を回す。
自然と顔には熱が集まってくる。
自転車は風を切って走り出した。
天気は快晴。
まだそこまで暑くない気温。
爽やかな風が頬を撫でていく。
「久しぶりだなーこうやって出掛けるの」
前から聞こえてくる声。
昔はよく二人で自転車で出掛けていた。
「帰りが遅くなって怒られたこともあったね」
「家の前に母親二人して立ってんだもんな」
思い出してクスクス笑う。
懐かしい感覚。
胸の中がじんわり温かくなっていく。
心臓の鼓動は相変わらず速くて。
目の前にある大きな背中に伝わらないか考えたら鼓動は尚更速まった。
他愛もない話をしていると15分程で目的の場所に辿り着く。
少し先に海が見えるストリートコート。
ここも以前よく来ていた場所だ。
私にとっては中学以来。
自転車を降りて、軽くアップをしてコートに入る。
寿くんはボールを地面に何回かバウンドさせるとリング目掛けてそれを放った。
本当に二年間バスケを離れていたんだろうか。
そのフォームは以前と変わらず綺麗で。
吸い込まれるようにボールはネットを揺らした。
「すご…」
「まぁまぁだな。ほら、瑠奈」
「わっ」
寿くんはボールを拾うと投げて私に寄越す。
くいっと顎でリングを指示された。
フリースローラインに立って、ボールをつく。
深呼吸して、リングを見据える。
軽く膝を曲げてボールを手放した。
弧を描いたボールはリングの内側を回りながらネットを潜る。
「は、入った」
「お互い様ってとこだな」
寿くんの口角が上がる。
「瑠奈、部活は?」
「…えっと…その…」
言い難くて口籠る。
私の様子に寿くんは首を傾げた後、目線を合わせてくれる。
今日何度目だろう。
「お前…まさか…」
こういうことは察しがいい。
「う…や、辞めた。中2のとき」
黙っていても仕方がない。
話すまで詰め寄られることは重々分かっている。
観念して白状すれば屈んでいた姿勢を元に戻した寿くんの大きな溜息が頭上から降ってきた。
「勿体ねーことしやがって」
「だって…寿くんが…」
親が元々仲が良くて、小さい頃から一緒だった。
バスケを始めた寿くんの試合を見に行って私もやってみたくなった。
一緒に練習してこうしてストリートに来たり。
私が中学に入学した頃には寿くんは男バスのエースで部長をしていた。
体育館の半分ずつを男女で分けて練習する。
部活が終われば一緒に帰る。
学年が違っても部活で会えることがとても嬉しかった。
「オレは関係ないだろ」
またもや頭上から聞こえた声。
見上げれば少し困ったような寿くんの顔。
「関係なくない…」
小さくそう呟いた。
私にとってのバスケのきっかけは寿くんだったんだ。
もちろんバスケは大好きだ。
でも私以上にバスケを大好きな幼馴染が怪我に苦しんでいる。
バスケを辞めると言っている。
そんな姿を見て自分だけ楽しそうにバスケを続けることは…。
私には出来なかった。
言葉にならない感情をぐっと飲み込んだら、何だか目頭が熱くなってきて咄嗟に俯く。
「あ〜〜〜〜わかったから…」
ぽんと頭に感じる温かいもの。
そのままくしゃくしゃと撫でられる。
「オレが泣かしたみたいだろ。泣き止め」
「寿くんのせいだし…泣いてない」
「あ?」
ぐいっと上を向かされる。
「泣いてんじゃねーかよ」
鼻を摘まれた。
「う、うるしゃい…はなひて!」
腕を振り払って、慌てて目を拭いた。
寿くんは笑いを堪えている。
「ほら、1on1やっぞ」
「え?」
「オレがまたバスケするって言ってんだ。付き合ってくれるよな?瑠奈?」
ニヤリと向けられた顔。
熱が集まってくる私の身体。
「し、仕方ないなぁ」
誤魔化したくてそんなことを言ってしまう。
かわいくない。
それにそういうことを言っても無駄なのに。
「仕方ないかぁ?やる気満々だったくせに」
「なっ!?」
ほら、バレてるんだ。
私がどれだけワクワクしているのか。
また一緒にバスケが出来てどれだけ嬉しいのか。
「じゃあ泣かせたお詫びってことで瑠奈からいいぞ」
ボールを渡される。
それを持ち直して気持ちを切り替える。
少し姿勢を低くしてボールをバウンドさせた。
目の前にはディフェンスの体勢を取った寿くん。
私だって分かってるんだから。
寿くんがどれだけワクワクしてるか。
またボールに触れることが出来てどれだけ楽しいか。
寿くんが笑った。
私も笑ってボールを片手に一歩踏み出した。