恋愛方程式を述べて





日曜の朝。

時間は6時半。

二度寝してもいい時間。

でも妙に目が冴えてしまってその気も起こらない。

私は仕方なく起き上がった。

カーテンから差し込む光は天気が良いことを伝えてくれている。

予想通り、カーテンを開けると青い空が見えた。



「せっかく起きたんだし、たまにはいっか」



クローゼットから私服を取り出して着替える。

階下に降りてみるけど、日曜の朝だけあって家族は誰も起きていない。

私はそっと玄関を開けた。

朝の澄んだ空気に包まれた住宅街はまだひっそりと静まり返っている。

まるで誰もいないかのような世界。

そこをゆっくりと歩いて、しばらくすると青い海が見えてくる。

もちろんこんな朝早く。

日曜の昼間なら子ども連れやカップルで賑わう海岸も人は疎らだ。

歩道から少し入ったところにちょうど座れるくらいの縁石を見つけてそこに腰かける。

海は太陽の光を受けてキラキラと輝いている。

風も気持ちがいい。



「ん〜〜〜〜っ!」



目一杯伸びをして、朝の空気を吸い込んだ。

その時。

遠くから足音が聞こえてきた。

一定のリズムを刻んでだんだんと近づいてくる足音。

この周辺はランニングコースになっているからそう珍しくもない。

私はそっとそちらに目を向けた。



「あれは…」



少し離れていても分かるくらいの長身。

しかも下は見慣れたジャージにTシャツを着ている。

私の視線に気付いたのかだんだんと走る速度が遅くなった。



「三井?」

「七海?」



お互いの名前が同時に聞こえた。

何故、お前がここに?と言わんばかりの目を向けられる。



「目が冴えちゃって。三井はトレーニング?」

「あ、あぁ。目が冴えたってまだ7時前だぞ」



そう言いつつ、三井は空いていた私の隣に腰を降ろす。



「走ってたんじゃないの?」

「休憩だ」

「あ、そう」



なんなんだこの状況。

予測もしていないイレギュラーな事態に私の頭は混乱した。

三井はクラスメイト。

二年の終わりにケンカをして入院していた。

戻ってきたのは最近のこと。

クラスが一緒になったのは今年が初めて。

退院後、噂通りの荒れっぷりにクラスでは浮いた存在だった。

それが突然、何の心境の変化か髪をばっさり切ってきたのだ。

更にバスケ部の練習に参加し始めた。

三井は変わった。

今までの雰囲気とは全然違う。

クラスにも今は溶け込んだ。

私は、目が離せなくなった。



「よく来るのか?ここ」

「まさか、今日はたまたま」



こんな距離で話すのは初めてで。

ちゃんと受け答え出来ているか不安になる。

私は三井の顔を見れないでいた。



「通りで。見ないわけだぜ」

「?」



少しだけ顔を動かして様子を伺う。

するとバチっと目が合った。



「っ!」

「オレのランニングコースだからな」

「そ、そういうこと」



目線が絡んだのが恥ずかしくて、また海に戻す。

せっかくの機会なのに次の言葉が出てこない。

そんな時、ザザーンと打ち寄せる波の音。

それが私の言葉を後押ししているようで。



「三井、バスケ部だったんだね」



海を見ながら、抱えた膝に顎を埋めつつ言った。



「ん?あ、あぁ。実はな」

「知らなかった」

「入学当初はそこそこ話題だったんだが」

「え、そうだった?」



思わず三井の方を見た。

三井はがっくり項垂れて、ワナワナしている。

そして溜め息。



「なんか…ごめん」

「いや、いい」



どうしていいか分からず、とりあえず視線をまた戻す。

少しの沈黙。

話題が思い浮かばない。

焦る気持ちはだんだん気まずさに繋がる。



「なぁ…七海」



その沈黙を破ったのは三井。

名前を呼ばれてドキッとする。

目だけを動かして。

視界の端に三井を映す。



「来週の日曜、試合があんだ。決勝リーグへの進出が掛かったやつ」

「う、うん」



心臓の鼓動が速まる。

次の言葉に期待してしまう。



「その…なんだ…?見に来るか?」



耳にこだまする三井の声。

私の顔はすっかり三井の方を向いていた。



「い、いいの?見たい」



その言葉を絞り出すのが精一杯だった。



「お、おう!約束な」



三井は立ち上がる。

すっと差し出されたのは右手の拳。

意図されてることが分かって、私も右手を差し出す。

大きさの違う拳がコツンとぶつかった。



「じゃあな」



それだけ言うと三井はまた走り出す。

だんだん大きな背中が小さくなっていく。



「耳、真っ赤だった」



思わず膝を抱える。

きっと私はもっともっと赤い。

この熱はどうしてくれる?

ねぇ、三井。