グラナタスのお守り
5月22日(月)
当然のことながら、今日も学校だ。
でも今日はいつもとは違う。
自分で勝手に設定したミッションがある。
鞄の中の小さな包みを思い浮かべて、私は首を小さく振った。
やっぱり違うのにすれば良かったかもしれない。
高校生にもなってこんなのダサかったかも…。
そんな考えが過ったけど、今更どうにもならないことは自分がよく分かっている。
帰りのHRが終わって、友達と少し話して時間を潰す。
その間に日直の生徒が係の仕事をこなしていく。
そろそろ教室を施錠したい様子だったから、私は友達と教室を後にした。
「乃亜、帰りカフェ寄って帰らない?」
「あー…ごめん、今日はバスケ部見て帰る」
「え!?どしたの?」
驚く視線を向けられた。
当たり前だ。
私が放課後にバスケ部の練習を覗くことはほぼない。
「ちょっと今日は…」
「ふふーん!何かあるな」
「もういいでしょ!」
「明日聞かせなさいよ!約束」
ニヤニヤする友達を手で払うと、はいはいと言いながら校門へ去って行く。
その姿を見届けて、体育館へ足を向けた。
体育館ではバスケ部員が集まってきていて、それぞれが準備運動をしているところ。
チラッと目当ての人物の姿を確認する。
向こうは気付いていない。
そのことにホッとして、入り口の段差に腰掛けた。
「あれ?乃亜?」
「げっ」
「げっとは何よ!あんたが来るなんて珍しいわね」
現れたのは隣のクラスの綾子。
バスケ部のマネージャー。
もう部員はみんな体育館の中に入った頃合いだと思ったのに。
わざわざ時間を潰した意味がない。
「入らないの?」
「ここでいい」
「ふーん」
綾子までもニヤリと視線を向けてくる。
「い、いーから!早くマネージャーの仕事に行きなよ!」
もう私に構わないで欲しい。
ここにいるだけでも恥ずかしいんだから。
綾子が体育館に入って行ったのを確認して一息つく。
キュッキュッとバッシュの軽快なリズムが聞こえてくる。
私は少しでも気を紛らわせようと鞄から教科書を取り出して広げてみる。
文字を目で追ってみるけど当然のことながら全然頭には入ってこなかった。
それどころか。
「三井!頼む!」
「あ〜〜〜〜!またミッチーの3Pがぁああ!」
そんな声が聞こえるとやはり気になってしまう。
「よし!10分休憩!」
赤木先輩の一際大きな声が響いた。
水を飲んだり、汗を拭いたりさっきまでとは違うざわつきに耳を傾ける。
「おい」
「!?」
後ろからよく知る声が聞こえた。
嬉しくは…ない。
「ひ、寿…?」
振り返れば眉間に皺を寄せた彼氏の姿。
「中に入るか帰るかどっちかにしろい」
「う…」
寿は立ってて、私は座った状態。
威圧感しかない。
「乃亜」
眉間の皺が深くなる。
「こ、ここがいい」
「はぁ〜〜〜〜オレの気が散るんだよ」
「え」
意外な答えに目を見開く。
でもここまで来て帰るわけにはいかない。
私は立ち上がる。
「わかった。中で見る」
「まじか」
まさか帰るとでも思ったのか。
今度は寿の目が丸くなった。
私は体育館の中に入ると邪魔にならないように二階に上がる。
そこには先客がいた。
赤木先輩の妹の晴子ちゃんと桜木軍団だ。
「あ!七海先輩!」
「ミッチーの応援ですか?」
「え!?いや、その…」
これだから入りたくなかったんだ。
私と寿の関係はバスケ部にはもちろん、その周辺の関係者にもバレている。
恥ずかしさMAXでいるとちょうどよく休憩が終わり、さっきの続きの2チームに分かれての試合が開始された。
桜木くんがボールを持てば
「花道ー!がんばれよぉ!」
という檄が飛び。
流川くんがボールを持てば
「キャっ!流川くん!」
と言って晴子ちゃんが頬を赤める。
ある意味、この集団がいてくれてよかったのかもしれない。
試合は白熱していて、寿にボールが渡る。
スリーポイントラインから綺麗な弧を描いて放たれたボールはリングに吸い込まれていく。
「っ!」
息を飲んだ。
晴子ちゃんと桜木軍団からはすごい!流石!と歓声が上がる。
自分がそんなことを言ってる姿を想像してまた首を振る。
誰よりも寿がバスケをしている姿が好きな自信があるのに。
本当、素直じゃない。
入り口で待っていた時間に比べると、ここから練習を見る時間はあっという間で。
外がだんだん暗くなり、部活終了の時間になった。
晴子ちゃん達と一緒に体育館を出る。
それぞれ桜木くんや赤木先輩を待っている様子だ。
そこへ一足早く寿が現れた。
部活のジャージを着て、鞄と部活バッグを持っている。
「あれ?もういいの?」
一年生はまだ体育館の床をモップ掛けしたり片付けをしている。
最後は全員で挨拶をするんじゃなかったっけ?
「赤木が先に帰れだとよ」
頭を掻きつつ寿は言う。
気を使ってもらったのを察して私の顔は熱を帯びた。
チラリと寿の背後を見れば、綾子はまたニヤニヤしてるし、モップ掛けをしている桜木くんはヘラっと笑って手を振ってくる。
何より私たちの周りには晴子ちゃん達がいるのだ。
「ほら!行くぞ!」
周りの雰囲気に居たたまれなくなった寿が歩き出す。
「あ!待って!」
私も足早にその後ろ姿を追った。
寿とは学校の最寄りの駅までが一緒。
乗る路線は別々だ。
だから駅までしか一緒には居れない。
なのに、珍しく私が部活を見に来たせいか変な空気が流れている。
二人の足音だけが暗くなりかけている通学路に響く。
いつもは話せるのにどうしよう。
私は焦った。
だんだん駅は近づいてきて、遂に建物が見えてしまう。
「寿」
口を開いたのは私だった。
言わないと。
今日一番言いたかったことを。
「お誕生日おめでとう」
俯いて言った。
返事はない。
おかしいな?と思って顔を上げると今日二度目の目を丸くしている寿の顔があった。
「それ言うために残ってたのか?」
「……はぁ!?!?」
何を言い出すんだこの男は。
だって誕生日だもの。
彼氏の誕生日。
祝いたいと思うのはおかしいことじゃないと思う。
寿は怒る私の頭をぐりぐりしてきて。
「ありがとな」
と言われた。
それだけでさっきの怒りはどこかへ飛んでいってしまう。
「あ!」
そうだった。
私は鞄を漁って、小さな包みを取り出した。
「こ、これ…大したものじゃないけど…」
「誕生日プレゼントってやつか?」
「…うん」
ふっと寿が笑った気がした。
その小さな包みが大きな掌に収まる。
寿が包みのテープに手を掛けた。
「だめ!帰って開けて!」
「あ?」
それを必死に制する。
「なんでだよ」
「なんででも!」
「乃亜」
何と言われようとこれだけは譲れない。
「は、恥ずかしいから!!」
もう仕方ない。
正直に言えばケラケラと笑われた。
余計恥ずかしい。
「分かった。ほら、帰るぞ」
寿は包みを鞄に入れる。
そして私が電車に乗るまで見送ってくれた。
渡してしまった。
大丈夫だったかな。
あんなのいらなかったかも。
帰ってからも私の不安は積もっていく一方だった。
◆
翌朝。
今日はどんな顔で寿に会えばいいのか。
いや、寿だけじゃない。
バスケ部のみんなにも。
電車を降りると緊張してくる。
「はよ」
「え!?」
駅から出たところ。
そこに居たのは寿だった。
いつも朝練だから私の登校時間とは合わないはず。
「朝練は!?」
「サボった」
「は!?」
な、何を言ってるんだ。
今はインターハイ予選の真っ最中なのに。
「今日くらい赤木のやつも許してくれるだろ」
「?」
意味の分からない発言が付け加えられて私は首を傾げる。
その時、寿の部活バッグが目に留まる。
バッグの肩掛けの付け根の部分。
そこにフェルトで作ったバスケットボールのマスコットがぶら下がっている。
ボールの裏には14の数字。
「っ!」
私の反応に満足そうに寿は笑った。
「乃亜」
差し伸ばされたのは大きな手。
それに自分の手を重ねれば指が絡み合う。
「今週の日曜、部活は午前中だとよ。午後からどっか行くか?」
「本当!?そうだなぁ…」
学校までの通学路は朝日を受けて輝いていた。