ありふれた非日常
軽快に響くボールの音。
放課後のこの時間が一日で一番満たされる時間。
バスケしに学校に来てるっつっても過言じゃねー。
そんな連中がオレの他にもここにはいるはずだ。
「5分休憩!」
赤木のデカい声が体育館中に響く。
ぜぇぜぇ上がった息を整えようと壁に凭れ掛かりつつ座り込んだ。
当たり前だが、二年ですっかり無くした体力はそう簡単には戻って来ないらしい。
「マジで早く体力付けて下さいよ、三井サン」
ドリンクと共に現れたのは宮城で。
どういう風の吹き回しか2本持っていたそれをうるせぇと言いつつ奪い取った。
蓋を開けて口に流し込む。
冷たい液体が乾いた喉を通って胃を満たしていくのが分かった。
「女子も頑張ってんな」
隣に座り込んだ宮城の視線の先。
体育館の半分を使っているのは女バス。
試合でもしているのか、2色のビブスを着ている。
ふと乃亜の姿を探す。
10人が動き回っている中でもその姿はあっさり見つかった。
いつも下ろしている髪を後ろで一纏めにして。
乃亜が動く度にそれもゆらゆらと揺れる。
「乃亜!」
掛け声と共にボールが乃亜に渡った。
乃亜はバウンドさせながら、わざわざスリーのラインまで下がってシュートを放つ。
ありゃ…入ったな。
そう思った瞬間、ボールはネットを揺らすことなく綺麗にリングに吸い込まれた。
「マジで三井サンには勿体ねぇっす」
「あ?」
隣から聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「なんでグレてたとき捨てられなかったか、疑問しか湧かないんすけど」
乃亜とはかれこれ一年くらいの付き合いだ。
「グレてた時期からだから捨てられるワケねーだろ」
オレかだったか、乃亜からだったか。
二年の時のクラスが同じで、何故か自然と距離は縮まった。
「そういう話、聞きたくないんで」
「お前から振ってきたんだろうが」
「さっきのが三井先輩のカノジョすか?」
「うお!?」
突然の聞き慣れない声に宮城と一緒に声を上げる。
「流川…お前が他人に興味示すなんて珍しいな」
オレらを見下ろすように立っていたのは、今校内で一番注目されているだろう期待のルーキー。
「スリーのフォーム、キレイすね」
「だろー!?」
「やめろ流川、三井サンが調子に乗る」
「宮城、お前はさっきから何なんだよ」
棘がある言い方しやがって。
ごちゃごちゃ言う前に、お前は綾子のこともっと頑張れよと言いたくなった。
その時、何やら感じる視線。
宮城も気付いたのか、そちらの方向を見れば女バスがこぞってこちらを見ていた。
「あー…」
流川も一緒になって珍しく見られているせいか。
コソコソ話しをしている姿もある。
当の流川本人は然して興味はなさそうだが。
「お?」
パチリ。
乃亜と目が合った。
オレはさっきのスリー良かったぜの意味も込めてヒラリと手を振る。
どんな反応をするか。
嫌がる。
怒る。
どっちかか?
乃亜の様子を伺う。
すると少しだけ恥ずかしそうにした後、ふわりと微笑んで控えめに手を振ってきた。
まさか振り返してくるとは。
思わぬ反応にドキリとした。
「三井サン」
隣から宮城の声が聞こえる気がするがそれどころじゃない。
乃亜の周りにいた奴らが乃亜をからかい始めて。
乃亜の顔は更に真っ赤になっていく。
そして結局、オレに向かって舌を出すとまるで見るなとばかりにあっちに行けとジェスチャーされた。
なんだよ、今の。
可愛い。
堪らない。
顔がニヤけるのを必死に耐えながらも言われた通り視線を外す。
そろそろ休憩が終わる頃か?
立ち上がろうとした時。
フッと出来る大きな影。
「ってぇ!?!?」
頭に走る激痛。
「集合だと言ってるんだ!!三井!!後輩に示しがつかんだろう!!」
さっきの休憩の時とは倍以上あるボリュームの声が降ってきた。
見ればさっきまで隣にいた宮城も流川もしれっと集まっていて、やれやれという風にこちらを見ている。
あいつら…後で覚えてろよ。
◆
部活をしていると時間が過ぎるのも早い。
昼間の授業の長さが嘘みたいだ。
外は薄暗くなってきている。
一年に片付けを任せ、部室で着替えて外へ出れば壁に凭れ掛かった乃亜の姿があった。
「男のくせに遅いんだから」
「女子の方が先に上がっただろい」
「赤木くんに怒られてたんじゃないの〜?」
さっきの見られてたのか。
カッコ悪りぃ。
からかい気味に言う乃亜だが、これはちょっと機嫌が悪い感じがする。
チームメイトにからかられたのが嫌だったのか。
オレは乃亜が持っていた荷物に手を掛ける。
「怒んなよ」
「別に…怒ってない」
「…怒ってんだろうが」
「怒ってないって」
スタスタ歩き出す乃亜。
オレは慌てて追いかける。
「じゃあどうしたんだ?」
「寿には関係ない」
ムスッとした表情。
その言葉に少しカチンときて。
気がついたら乃亜の前に回って肩に手を掛けていた。
「ちょっ…寿!?」
「関係なくはねーだろが」
こいつが怒ってんのはオレが手を振って、からかわれる原因を作ったから。
そういうの苦手だもんな。
ぎゅっと肩を掴む手に力を込める。
すると乃亜はきょとんと目を丸くして、罰が悪そうに顔を赤らめた。
「お、おい…?何、赤くなってんだよ」
「いや…その、本当に怒ってないの。ただ…」
「ただ?」
俯きそうになる乃亜の顔を覗き込む。
「う、嬉しかったの!」
バッとオレの手を振り払ってまた歩き出す。
は?
う、嬉しかった?
何が?
怒ってないと分かってホッとはしたが。
何が嬉しかったんだ?
手を振ったことか?
ワケ分かんねー。
すぐさま乃亜の隣に走る。
「なんだよ、なら教えろ」
「さっき…言われた…」
「何をだよ」
「…〜っ…『三井さ、髪切ってイケメン度増したよね!?乃亜羨ましい〜!』って!!」
そんだけ!と付け足された。
思わず立ち止まる。
口元はだんだん緩んできた。
あぁ、なんだこれ。
やっぱ堪んねーな。
この背中を追いかけるの、今日何度目だ?
今度は構わず後ろから抱きしめた。
「乃亜!」
「ひゃっ!?ちょ、ちょっと!離れてよ!」
「却下だ」
耳元に口を寄せて。
「好きだぜ、乃亜」
そっと囁く。
そして赤くなった耳に唇を寄せた。
「んっ…わ、分かったから!離して!」
それでも素直じゃない乃亜。
オレもそう簡単には腕の力は緩めない。
「ひ、寿ってば!」
するといきなり乃亜は体を反転させて。
「ん…」
背伸びをしてオレの唇に軽く自分のを重ねてきた。
余りの出来事にオレの腕が緩んでしまえば、その隙にスルリとすり抜ける。
「これでいいでしょ!」
足元に転がっていた二人分の荷物を持ち上げると再び歩き出す。
依然として固まっているオレ。
今、初めて乃亜から…。
「ほらー!置いて帰るよ!寿!」
その声が聞こえて意識を戻す。
先を見るとクスクス笑う乃亜の姿。
口元が緩む。
乃亜の所へ歩き始めた時、彼女の顔が凍りついた。
そしてくるっと向きを変え、早足で歩き出す。
「おい!乃亜!?」
だぁーーー!
今度は何なんだよ!?
全く、女心ってのはイマイチ分からない。
今の流れでなんでそうなる!?
追いかけようと速度を早めたが、その答えはすぐわかった。
「三井サーン、ここがっこーう」
「ぐぬぬ…ミッチーめ…この天才の前で見せつけてくれるではないか…」
「全く…場所を考えんか…」
振り帰れば、宮城や桜木を始めバスケ部の連中の姿。
「お前ら〜〜〜〜〜!」
「七海先輩、行っちゃいますよ」
綾子の声に再び乃亜の方へ視線を戻す。
その後ろ姿はどんどん小さくなっていく。
オレの部活バッグと共に。
「明日!!!覚えてろよ!!!!」
今日は追い掛けてばっかりだな。
そんなことを思いつつ、小さくなる背中を追う。
「七海も大変だな…」
小さく小暮のそんな声が聞こえた。