「美津くん!この間の飲み会、こっそり抜け出したでしょ!」

 あの飲み会から二日が過ぎ、いつものようにバイト先である開店前のお店へと足を運べば、店長が入り口付近のレジで少し怒っていた。え、そんなに脇役が抜け出したぐらいのことでここまで怒られきゃならないのか?
 「はい、用事があったので。」
 「絶対嘘!」
 「店長、なんか怒ってませんか。」
 見ればわかるだろ!怒ってるよ!と明らかに自分よりも10歳以上年上の男がこうも本気とは思えない怒り方をしていることに突っ込む気力はないが、いつもは温厚な店長が怒るなんて俺が抜けてから何か起きたんだろうか。

 「すみません。何かあったんですか。」
 「何かあったのはこっちのセリフだよ?あの後みんなで次の店へ行こうかってなったとき、美津くんが男の人に泣かされているのみんなで見てたからね。」

 店長のその言葉はそれこそ雷が落ちたのと同じぐらいの衝撃が俺の中に走り、思わず言葉をなくしてしまった。…まさか七瀬さんとタクシーに乗る前のところを見られた…?
 「何か言われて泣いてるように見えたからもしかしたらカツアゲか変質者じゃないかって警察呼ぶかみんなで美津くんに声をかけるかで悩んでいたら抱きしめられていたから知り合いみたいで安心したけど…あの後タクシーに乗り込んだからもしかしてってみんな焦ったんだよ。」
 あ、どうしよう。いま本気でバイトを辞めようか一瞬考えてしまった。

 「よくウチに来るあのお客さんでしょ?知り合いだったの?」
 「…はい。あの時自分も酔っ払っていたのでちょっといろいろと人生相談してたら思わず泣きました。」

 我ながらこうもよく咄嗟にそれらしい言い訳を言えるなぁ、と思いながらも店長はホッとしたようで「そっか、ならよかった。」と答えた。
 まあ、一歩間違えればゲイだってバレてしまう現場を見られてしまったとはいえ、こうして心配してくれるなんて本当に店長は優しい人だなと改めて感じる。年上のくせに情けなかったり俺以上に仕事ができなかったりとバイト始めた当初から店が潰れないか心配していたが…今では就職が決まるまでこの人のもとで働きたいと考えるぐらいになった。お店も売り上げがいいからこそああいった飲み会を開けるものだ。

 「心配をお掛け致しました。」
 「ううん、むしろ警察沙汰にならなくてよかったよー。引き止めてごめんね、…あ!それと今日新しい子が来てるから教育係よろしくね。」
 「はい、分かりました。」

 新しい子か、教育係になるなんて結城以来だけど。

 スタッフルームまで行く途中に会う従業員全員に挨拶する前に「美津さんあの日大丈夫でした!?」と聞かれ、今まで仕事でしかしか話さなかった人にまで心配されてしまった。いやいや、大袈裟すぎる。結局スタッフルームに入るまで何回説明したかもう数えるのが面倒だ。
 小さくため息をつきながら自分のロッカーまで歩くと中ではバイトリーダーの女性にシフト表を渡されながら話している一人の男の姿が目に付いた。

 「あ、美津さんおはようございます。あの日…」
 「大丈夫です、ありがとうございます。」
 「本当ですか、もう心配したんですからね。」

 ホッと肩をなで下ろした彼女はそれから思い出したかのように隣にいる男に俺を紹介し始める。「彼が話していた美津さん。うちのオープニングスタッフで一番長くこのお店で働いてるの。」男はバイトリーダーからの紹介ににっこりと微笑み、それから頭を下げた。

 「初めまして、浅葱秀です。今日からこちらの店舗でお世話になります。」

 浅葱秀(あさぎ しゅう)と名乗ったその男はモデルでもやっているんじゃないかというぐらいの高身長とスタイルの良さが特徴的な男で、整った顔立ちをしているからか黒髪が幼く見えない。同い年かちょっと上ぐらいかな、なんて思いながらきっと店長が言っていた新しい子とは彼なんだろうとすぐ分かった。

 「美津洸詩です。よろしくお願いします。」
 「美津さんに今日から教育係になってもらうからね。あ、彼、元々は別店舗で働いていた子なんです。おおよその仕事は理解できてますけど、細かい部分をよろしくお願いしますね。」

 ああ、だから自己紹介のときにこちらの店舗だなんて言ったのか。バイトリーダーはそれだけ言うと俺に軽く頭を下げてからそのままスタッフルームを後にした。…何故だろう、彼、どこか結城と同じ雰囲気がする。ただの気のせいならいいが…。

 「…とりあえず、浅葱さんは何歳ですか?」
 「先日19歳になったばかりです。」
 「え、年下?ごめん、勝手に年上かと思ってた。」
 よく年上に見られちゃうんですよね、と少し困ったように笑うその顔。あーやばいな、藤谷以来のタイプな顔かもしれない。いやいや、新人になんて目を向けているんだ俺は。それも年下の子に。
 慌てて頭の中で考えていた考えを無理やり仕事モードに切り替え、控えの制服を彼に渡してから二人でまずは仕事服に着替えることにした。

 *

 「秀くん身長高いね!いくつあるの?」
 「184か5ぐらいありますよ。」
 かっこいいー!と彼を囲んで騒ぐ女性従業員に心の中で白い目を向けながら俺はドリンク場のグラスに汚れがないかチェックしていく。まあ世の中はそうだな。高身長かつイケメンであれば無条件に女の子にモテるんだ。何で明らかにノンケのような男がタイプなんだ俺も俺で。
 汚れているグラスをいくつか選別し、洗い場で綺麗に手洗いをしているとふと横から「美津さん。」と触れられた肩に思わずビクリと震えた。

 「わ、ごめんなさい。驚かせてしまいましたね。」
 「いや…ごめん、俺も呆然としてた。」

 肩に触れてきたのはどうやら浅葱のようで、彼は申し訳なさそうな顔をしながら謝ってきた。普通に顔がタイプだからつい俺も謝って許してしまったけど。
 「あの、お手伝いしましょうか。結構量があるみたいですし。」
 「あー…そうだな、開店まで時間もないし頼むわ。」
 はい、と嬉しそうな顔をしながらグラスを洗っていく彼。グラスを洗うのが好きなのか?やけに変わっている…そんな訳ないよな。ともあれやはり顔はやはり好みだからか彼が仕事中に小さなミスを犯してもとても怒る気分にはなれなかった。

 客足が絶え始めた午後10時前。
 人が少なくなり始めたこともあり、従業員たちはやはり浅葱を囲んでワイワイと話をしている。別に盗み聞きするつもりはないが、必然と聞こえてきた情報によると浅葱はどうやら雑誌のモデルもやっているようで、この居酒屋のバイトと掛け持ちしているらしい。あの高身長と整った顔は確かにモデルやってるといっても不思議ではないな。
 「美津くーん。」
 発注の確認をしながらそんなことを考えていたらふとみんなが話している輪の中にいた店長が俺を呼んだ。顔だけ向けてやったがどうやら近くまで来て欲しいらしく、何度も手招きをしながら「来て来て!」と呼んでいる。うわ、面倒くさ…なんて口では言えないが注目されるのが苦手な俺は非常に嫌な顔をしながら彼のもとへと向かった。

 「はい、なんですか。」
 「ご、ごめんね!?お仕事邪魔してごめん、だけどちょっと確認したいことがあって。」

 店長は浅葱を俺の目の前に立たせるとそれから彼はにっこりと微笑みながら全員の目の前で「美津さんって成大高校の特進コースが出身校ですよね。」と聞いてきた。確かにその高校の名前は自分の通っていた高校の名前で、おまけにコース名も当たっている。俺が答える前に彼はまた言葉を続けた。「今は国立の総羽大学の天文学部で当たってますか。」彼の言葉に返事を返す前に俺はまず店長に顔を向けて睨んだ。

 「履歴書見せましたね?」
 「見せてないよ!?いやいや、疑わないで美津くん!俺も驚いたんだけど、彼、実は美津くんと同じ高校と大学出身なんだ。」
 「は。」

 俺が言葉を失っていると、浅葱はやけに嬉しそうな顔で「実は美津さんのこと密かに憧れているんです。」とまた微笑んだ。
 「美津さんと秀くんって総羽大学に通ってる先輩後輩だったんですか?え、羨ましい!」
 「総羽大学って難関校で有名だよね、凄い。」
 こちらの気持ちなど知るはずもない従業員たちは当然のようにそれぞれの言葉を口にするも、それどころじゃない俺はというと本当に不覚にも『憧れているんです。』という浅葱の言葉に胸がドキリと思わず反応してしまった。いや、憧れているだなんて人生一度も言われたことがない。自分の今の環境の複雑さは置いておいて、好みの顔をした男に歯痒くなる言葉を言われれば誰だって思わずドキリとしてしまうのは仕方がないと思う。
 結局その日は仕事を上がってもなお何度もその言葉を頭の中で繰り返してしては照れてしまうの繰り返しだった。

恋愛は健全であるか
(少なくとも自分は不健全すぎる)


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毒入り苺。