「あー、愛美?マジごめんって。」
午前5時15分頃。
お互いの熱もすっかり冷めてしまったベッドのシーツの上で俺は彼のその電話を聞きながら携帯の画面を見つめる。軽く半日ぐらい見ていなかっただけで届いたメッセージの数にうんざりとしながら丁寧にひとつひとつそれらしい返事を返した。
『みーちゃん、最近俺と遊んでくれないじゃん。』
たくさんある連絡先の中でも特にお気に入りにいれてある人物から届いたその不満そうなメッセージに目を通し、これはかなり拗ねてるなと思いつつも彼のご機嫌を取ろうと他の人よりも優先に返事を返すことにする。
この間は弟が熱出したとか、物理の小テストがあったとか、そんな言い訳を述べていたが今日はなんて言い訳しようか。最後に彼からきたメッセージたちを幾つも読み返してみたところどうやら彼はうちのマンションにも来て部屋にいないことを確認したらしい。
どうしようか、なんて悩んでいるうちに彼から新しいメッセージが届いた。
『既読無視。ばか。もういい。』
子供か、と突っ込みたくなるぐらい幼稚な文に小さくため息をつきながら俺は『ごめん。』から返事をすることにする。もういい、という割には送ってすぐに彼はメッセージを読んでくれたようで、既読のマークがついた。
『バイト先の先輩と飲んでたら酔っぱらったみたいで相手の家で寝てた。』
『え、嘘。もう平気?』
怪我はしてない?相手とは何もなかった?そんな心配そうなメッセージを送ってくる彼にどんな返事をまた返そうかと思っていたら、電話をかけながらベッドの向こう側に座っていた男、藤谷(ふじたに)は「はいはい。じゃーな。」という言葉を最後に携帯をスタンド付近に置いた。
「彼女から?」
「そー。もうカンカンでさぁ。今すぐ会いたいとか言ってきてんの。」
「へぇ。じゃ、俺はお邪魔虫だね。帰るよ。」
ベッドから立ち上がり、乱雑に脱ぎ捨てられた服を身に着けると藤谷は「え、美津(みつ)、帰っちゃうの?」とシャツの裾を掴んでくる。本当は帰ってほしいのは分かっているのに、何でそんな帰ってほしくない演技をするのかな。藤谷の言葉と手を無視し、服をすべて着るとそれから俺は忘れ物がないか確認してから鞄を手にした。
「また来週。」
最後に言われた言葉にだけ、「じゃあ連絡忘れないでね。」とだけ返し、部屋を後にする。エレベーターの中にある鏡で自分の顔や首筋に残った痕がないか確認するとそれからポケットの中の携帯が震えた。
「はい、もしもし。」
『みーちゃん!?本当に平気?あんな文章送ってきて既読無視は流石に心配しちゃう!』
「大げさ。別に何もないよ。」
電話をかけてきたのは先ほどから何度も連絡を取っている結城(ゆうき)で、彼は心底心配したかのように何度も平気かどうか聞いてくる。平気じゃなかったのはあえて隠しとこう。
マンションのエントランスを出たところでタクシーを捕まえ、自分の家のマンションまで車が走り出した。『もうみーちゃんに何かあったのかと思って不安だったのにぃ…』「心配性。いい加減、そういうところ直したほうが長生きするよ。」『うん!みーちゃんのために長生きするね!』電話越しでも彼の見えない犬のしっぽが大きく振っているのが分かり、少しため息をついてからタクシーにある時計に目を向けた。
午前5時40分。
出来ることなら今すぐベッドに入って眠りたいが、この人からの電話のせいで睡魔も一気に消えてしまったし、それに早く藤谷が触ったところを洗い流したい。
「結城、もう寝るんだろ。」
『みーちゃんと一緒に寝たい。』
「じゃあ、先に家に戻って待ってるから早く来てね。」
『え!?本当に行ってもいい』
最後の言葉を聞くことなく俺は電話を切り、それからタイミングよく自宅マンションの前でタクシーは止まり、料金を払ってから中へと入っていった。
半日ぶりに帰った我が家は結城が入ってきたからかなんだか自分の部屋じゃないようなそんな気がして、このあとくる彼のためにも早く風呂に入らなきゃと着替えの部屋着と下着を手にしてから浴室へと駆け込む。熱いシャワーの水を全身に浴び、藤谷に触れられた部分をすべて綺麗にするように俺は何度も念入りにボディーソープでゴシゴシと洗った。
途端に感じた感覚に顔をゆがませ、ドロ…と逆流してきた精液。
あのクソ野郎、やっぱり中に出しやがったな。あれほどやめろと言ったのに。今度会ったら文句でも言ってやろう。
風呂から上がると既に結城は部屋に来てたみたいでソファーに座りながらこちらに手を振ってきた。
「おはよ、みーちゃん。」
相変わらずこいつは嬉しそうな顔で俺を見てくるよな。「これから寝るからおやすみだろ。」その笑顔の裏側が見たくて、驚く彼をよそに腕をつかむとそのまま寝室のベッドまで連れて行く。本当は俺よりも力あるし、これぐらいの力じゃベッドに倒れることはないと知っているのに。
ベッドに倒れた結城はそれからまた違った笑顔で俺を見てきた。
「どうしたの、今日はやけに我慢できないんだね。」
「うるさい。そう言いながら勃起させてんじゃねーよ。」
彼に近づき、片足をベッドに乗せてから膝でぐりぐりと勃起させているのを確かめる。やだー、恥ずかしい、とか女子かと突っ込みを入れたくなるぐらいの反応を返しながらも結城のは更に硬くなっていく。
「お風呂上りのみーちゃん、やらしいんだもん。どうせなら一緒にお風呂に入ればよかったかな?」
「事前に言ってくれれば考えてたかもね。」
「あー。みーちゃんってば今日は本当にやらしいね。早く俺も気持ちよくしてあげたい。」
部屋着の短パンに彼の手が触れ、半勃ちしていたそこを彼の指が形を確かめるように優しく握ってくる。変な触り方しやがって。気持ちよさとかも無いその曖昧すぎる触り方に腹が立ち、彼の手の上に自分の手を当てて「もっとちゃんとしろよ」と睨んだ。
結城はいつもニタニタしててゲロ甘いがするときもその期待を裏切らない変態だ。こうして触れれば俺が我慢できずに強請っちゃうのも知っているし、本当はどうすればもっと気持ちよくなれるか知っている。
知っている上で彼は俺を試している。
「――んん、」
ベッドの上で四つん這いにされ、すでにローションで慣らされた肛門から指を引き抜く。やけにやらしい音を立てて抜かれた彼の指に、続けて垂れてきた暖かいローション。肛門から睾丸、それから陰茎、亀頭を伝って垂れるそれに下唇を噛み締めた。
「みーちゃん…すっごい、ね。」
「うるさ…、さっさとチンコ挿れろよ、ばか。」
「酷いなぁ。お下品だし。」
でもそんなところも可愛いから。その言葉が合図だったかのように結城の質量のある陰茎がゆっくりと肛門を押し広げて中へと入ってくる。何回結城と寝ても毎回この挿入される瞬間というものは慣れないもので、枕をギュッと抱きしめながらその苦しさに涙がポタリと落ちた。
「大丈夫…?裂けてはいないけど、やっぱり痛いかな?」
気を遣ってくれているならチンコを抜け、と言いたいが言葉も出てこない。
少しずつ入ってくる結城のそれがついに全部入ったところで俺も彼も熱い息を漏らした。
「根元まで入ったよ、みーちゃん。全部咥えてくれてる。」
「ッ…わ、…かってるよ…」
「だって、この体勢じゃみーちゃんの顔見れないし、みーちゃんもこっちの様子分かんないだろうから…。」
殴りたい。心配そうな顔して、心配そうな声を出して。
そのくせにやけに嬉しそうに舞い上がっているのが声でわかるし、それに途中からも腰を動かし始めている。
「あっ、あ、あ、…」
「みーちゃん、」
(名前、呼んでくれる。)
「俺、気持ちいいけど…苦しくない?」
(心配もしてくれる。)
全部、藤谷とヤっている時と違う。
あいつは自分だけ気持ちよくなって、俺が本気で痛がっても聞かないし、逆にそれに興奮してどんどん進める奴だ。それに寝てしまったから線引きが曖昧だが、一応藤谷はホモではなくノンケでおまけに彼女もいる。
この日に会おうと決めても結局は彼女との予定が入ればドタキャンされることもよくあった。
それと違って結城はノンケなのか元からゲイなのかは聞いたことないけど、俺との関係が始まってからは女との連絡を一切取ってない。それに俺が会いたいと呼べば真っ先に優先してくれる奴だ。
何度も付き合ってほしいと言われたし、それも先週にも改めて告白された。
普通に考えれば藤谷との関係を切って結城と一緒になったほうが一番楽だし自分に合っているけど、それでも俺は…藤谷との関係を切ることができない。
「ゆ、結城ッ、…きす、キスして、」
「うん。いっぱいチューしよ。」
腰の動きを落とし、振り返って結城の唇を合わせた。舌を絡まらせながら、その間も結城は俺の陰茎を握って動かしながら気持ちよくしてくれる。既に息が上がっていたし、あまり長いキスが出来なくてすぐに口を離してしまったけど、結城は俺の息が整うのを待ちながら愛おしそうな瞳でじっと見つめてくるのだ。
仰向けに寝ながら結城はまた俺の中に挿入し、それからやけに嬉しそうな顔で首元にキスをする。「結城、結城、」何度も彼の名前を呼びながら動かされた腰にまた息が上がった。
「嬉しい、みーちゃんの顔が見れる。」
「ああっ、あっ、結城っ、気持ちいい、」
「うん、顔見たらわかるよ。」
セックスだって、結城とした方が気持ちいい。
俺の弱いところを攻めたてながらも顔色を伺うし、本当に嫌がったらちゃんと止めてくれる。
仮に結城を振ったら、きっと彼以上の人は出てこない。そう思った俺は最低なことに告白の返事を何度も延期している。
『じゃあ、俺のこと好きだって思ってくれたらそれでいいよ。』
何で彼はこんなにも優しいのだろう。
「いくっ、結城、いっちゃう、ふあっ、あ、」
「みーちゃん…いいよ、たくさんいって。」
「ばか、お前も…早くイけよ、」
顔の近くにある結城の腕にしがみ、何度も喘ぎながらとうとう俺は結城の手によって自分の腹に精液を吐き出したのだ。精液を吐き出した後のぼんやりとした意識の中で、暫くしてから余裕のなさそうな結城もそのまま俺の中から抜き出すと自分で動かしながら精液を俺の腹に吐き出す。腹に混ざった二人分の精液を眺め、それから息を整えた結城はベッドの横にあるティッシュを何枚か取出し、そのまま精液をふき取り始めた。
「ごめんね、みーちゃん。コンドームつけなきゃいけないのに、後からつけてないって気づいた…。」
嫌だった?ごめんね?と少し泣きそうな顔で何度も謝る結城。その顔を眺めながら何か声をかけたかったが、本日2回目のセックスでもう体力はほどんと残っていない。
「……いいよ。…もう、寝る。」
その言葉だけ口から出ると、それから俺は睡魔に身を任せることにしたのだ。
人の好意を逆手に取るなんて、つくづく俺は最低な人間だ。
思えばどうしてこんなにも狂ってしまったのだろう。
そもそも俺と結城の出会いは飲食チェーン店のバイトで、高校からずっとそこで働いていた俺が大学2年に上がった頃、そこで新人として入ってきたのが結城だ。結城の器量の良さもあってか教育担当を任されて1、2か月で仕事を完璧に覚えたし、逆に新しく入ってきた子の教育も任さてしまうぐらい。
接客しているときはまだしも、普段のこの口の悪さのせいであまりバイト中に同僚から話しかけられない俺と違って、人懐っこく明るい彼の周りにはたくさんの人が集まる。別に悔しくなんてないけど、そんな悔しさなんて全くないけど、少しだけ羨ましいなって思ってしまった。
そんなある日、いつもは断っているヘルプを店長に頭を下げられるほど頼まれ、渋々向かったところで出会ったのが藤谷だ。
「お疲れ様、美津。」
ヘルプ先の店舗でも俺の悪評は知れ渡っているようで、業務内容以外の店員同士の話には必ず外されていた。そんな時に話しかけてきたのが同い年、同じ時期ぐらいにバイトを始めた藤谷。学部は違うが、同じ大学だったりする。
「お前、いつも厳しい顔してるって言われてんぞ。少しは笑えばいいのに。」
「客以外に笑顔向ける理由なんてあんのか。疲れる。」
「はー…その性格さえなんとかすれば絶対女にモテんのにな。」
俺がモテたいのは女じゃねーんだよ、と言ってやりたいがそう言うことも出来ず。「こうやって俺に話しかけてくるお前は相当の変わり者だな」とその時はこんな言葉で適当に流した。
この時期は付き合っていた男から好きな女が出来たからと別れを切り出されたこともあり、絶対にノンケとは付き合わないと心に誓っていたのだ。藤谷の顔はどちらかといえば好みではあるが、絶対に好きにならないといつも強がっていた。
その気持ちが崩れたのは逆に藤谷が俺の働いてる店舗にヘルプで来たときのこと。
「藤谷さんって大学生なんですか?」
「大学2年っすねー。ハタチになったばっかなんスよ。」
「へー!どこの大学なんです?」
(コイツもあれなんだな、結城みたいに何処でも懐かれるタイプ…)
客のオーダーを通し、ドリンク場でカクテルを作りながらそんな会話を盗み聞きしていると藤谷はわざわざ俺の横まで来てそれから「美津と一緒。な?」と答えた。何で俺を巻き込む…と思いながらもその言葉を無視して出来上がったカクテルを頼んだ客の元まで運んだ。
「藤谷さん、あんまり美津さんに絡むとダメですよ。あの人怖いんだから…」
「あー。まあ、美津は口悪ぃし目つきだって接客してないときは悪いからな。うわ、見てみろよあの作り笑顔。」
(聞こえてんぞ。)
彼らの横を素通りする際に藤谷に「黙れよ」と言いながら睨むと藤谷は俺の目の前に腕を伸ばし、それから進もうとするのを阻んだ。倒れそうになる体は藤谷の胸元に引き寄せられる。
「けどま、コイツうちのとこでヘルプ来たときは前の店舗が恋しいみたいなこと言ってるからツンデレなんで。そこのところみなさん理解してやってね。」
「ッ!ンなこと言ってねぇだろーが!」
「いてっ…ほらほら、顔真っ赤。」
ポカーンとする同僚。この場の雰囲気についていけず、逃げるように俺は洗い場へと向かった。
藤谷はああいう突拍子もないことを言ったり行ったりする変な奴だ。顔は好みだけど性格は全くタイプじゃない。それにノンケ、だから絶対好きにならない。ついさっきまでそう思っていたのに、藤谷に抱きしめられたときの体温が忘れられなくて。
誰も見てない洗い場で俺は自分のこの動揺を隠そうと必死になっていた。
愛が、足りませんか
(せめて顔もタイプじゃなかったら、良かったのに)
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