※浅葱×美津。
※高校時代の浅葱目線の話。
1年生の時から2年の今に至るまでずっと好きな先輩がいた。
その人は同じ学年の女の子たちが密かに想いを寄せるほど人気のある先輩で、綺麗な顔をした上に勉強や運動において全てが完璧な人だったから当然だと思った。「美津先輩ってカッコいいよね。」とクラスの女の子たちが騒いでいるのを横で聞いて、僕は声には出さず心では何度も頷いていたのを覚えている。
自分だけの先輩でもないのに何恥ずかしいことを堂々と言っているんだろうと後から苦笑いしてしまうけど。
女の子たちがみんな美津先輩に抱いている想いの中に自分の想いがそっと混じっていることをきっと彼は知らないだろう。
いや、知られたところで迷惑なはずだ。こんな自分が彼をどれだけ想ったってきっと気持ち悪いと思われてしまう。
同じ部活の木津先輩にお願いしてこっそり作ったお菓子を渡してくれるようにお願いしたり、美津先輩がどの選択授業を選ぶのか聞いてみたりするのが限界で、それ以上はどうも足を踏み出せなかった。恐らく木津先輩は僕が美津先輩に抱いている気持ちに薄ら気付いていると思う。
『僕は美津先輩のことが好きです。』
何度か彼への想いが溢れそうになってこの気持ちを手紙にしたり、それを下駄箱に入れようかと思ったこともあったが、いつも彼の下駄箱まで来て踵を返すのがもう当たり前となってきた。はあ、とため息をつきながらこれじゃまるでストーカーじゃないかと考えてまた泣きそうになる。
もう今日は手紙を渡すなんて無理だ、このまま帰って寝て気持ちを切り替えよう。
そう思って自分の下駄箱まで移動して靴を履き替えると、ふと先程まで自分がいた3年の美津先輩の下駄箱付近でやけに聴き慣れた女の子の声が聞こえた。
「美津先輩が好きです。私と付き合ってください。」
いつも美津先輩について騒いでいるクラスの女の子の一人が美津先輩に告白しているようで、その声はやけに迷いがない様子だ。彼がモテるのはもう分かりきっていたことだが、こうも近くで堂々と告白されてはまるで自分の気持ちが足らないことを思い知らされるようで心が痛む。
「ごめんだけど、今は受験のことに集中したい。」
彼らしいと思える断り方だった。確かに3年はもう既に受験モードに入っているし、彼は難関の国立大に行くと木津先輩が言っていたからきっと本当に勉強で忙しいのだろう。
「じゃあ…ずっと美津先輩のことを想っていてもいいですか。」
諦めきれないのか、それとも受験が終わったらまた告白するのか、そう言う彼女に少し自分は動揺してしまった。本当は願っていた、どうか美津先輩への気持ちを切り捨ててほしいと。なんて最低な人間だろう。
「想うのは俺じゃなくて君だから、俺が口出ししていいことじゃないだろ。」
「でも、迷惑に思いませんか…?」
「思わないよ。人のそういう気持ちを卑下するような人間じゃないから。」
二人に気づかれないようにそっと下駄箱を後にして校門をくぐり抜ける。学校から家までの間、本当に心が無の状態だったと思う。
自分もあんな風に真っ直ぐに先輩を好きだと言えたらとか、告白している彼女が断られて安心したとか、早く気持ちを諦めて欲しいとか。本当に自分は最低だなと改めて思い知った。
恐らく彼女はまた美津先輩を好きになったのだろう、事実自分がそうだから。
先輩のその言葉は僕も当てはまりますか。
断られたとしても、先輩は同じような言葉を僕にかけてくれますか。
じわりと滲む涙を腕で拭い、それから彼へ渡せなかった手紙をそっと机の引き出しの一番奥へと押し込んだ。これでもう何通目になるのだろう。既に束となったそれを破り捨てようと思ったことは何度もあったが結局はこうして何も出来ずに溜まっていく。
どれだけ気持ちを手紙にしたってそれを送らなければ届かないというのに。
先輩が自分のことを好きだと言ってくれなくても自分と付き合ってくれなくても僕はずっと好きでいられる自信があった。
ただどうか、ほんの少しだけでいいからその綺麗な瞳に僕の姿を映して欲しい。
そう、いつも願っていた。
*
「おい、浅葱。人が本の片付け手伝っているというのに何お前は呆然としているんだ。」
ふと横を見ると彼はこちらの顔を覗き込みながら眉を寄せていて、それに我に返って僕は「すみません」と言いながら手に持っていた手紙をまたダンボールへと戻した。そういや、先輩に本の片付けをしなきゃと軽い気持ちで言ったら直ぐに手伝うから今すぐしようとウチに来たんだっけ。
さっきまで買い物していた袋がリビングにあるのが見える。
「先輩。」
呆れた様子で立ち上がって離れようとした彼を呼びながら手をそっと掴んだ。当然のように彼は嫌そうながらも少し赤く染めた顔で「先輩と呼ぶな。」と言ってきたけど。
ダンボールの中に戻した手紙の束をそっと取り出して、それから彼へと手渡した。
「何これ。ゴミ?」
「はい、ゴミです。もういらないので燃やしてください。」
「はー…お前ゴミなら最初から…」
ため息をついた彼が手紙の表側に書かれた“美津先輩へ”という文字を見て固まった。僕はそんな彼に「これ、ずっと渡せなかった3年前の手紙です。」と言ってやると彼は僕の胸に軽く拳を当てる。もちろん痛くも痒くもない。
「ばか、じゃあゴミとか自分で言うなよ。」
「もう僕には不要なんです。こうして美津先輩が近くにいますし、好きって言える距離でしょ?」
今度は少し強めに胸を殴られたが、彼は手紙の束を大切そうに胸に抱きしめ、「じゃあ3年越しに受け取るから不要じゃないだろ。」と言ってきた。釣られて自分まで赤くなってしまうも、僕は彼の身体をそっと抱きしめる。昔は遠くからでしか見ることの出来なかった彼が今、こうして触れられる距離にいる。
恐らくつい数ヶ月前までの自分なら予想もしなかっただろう。
それから本の片付けを終えて綺麗になった本棚を見て満足するも、ふと彼の姿を探してみるとリビングのソファーで手紙を綺麗に一枚一枚読んでいるようだ。
その隣に自分も腰がけて一緒に見ることにした。
「…お前、本当恥ずかしい奴。」
「え?そんな酷い内容でした?」
「俺を美化させすぎだろ。そんな完璧な人間じゃねえよ。」
「そうですね、口悪いですし態度も悪いですし。でも、僕は今もそんな美津先輩のことが好きなんですよ。」
死ね、なんて汚い言葉を吐きながらも美津先輩はまた照れていて、それから暫くするとそっと唇にキスをしてくる。当然のように僕もそれを受け入れて、そっと彼をソファーに押し倒した。
こんなにも近くにいるからもう手紙は不要だといっても先輩は絶対に手放さないと言って結局そのまま持って帰ってしまった。手紙たった一通渡すだけでも死ぬほど辛い思いをしたり泣いたりしたのに意外と呆気ないと思ったが、手紙を読んでいる時の彼は僕の好きなあの時の美津先輩に戻っていた。
彼は今も僕だけの人ではないけど、大好きな彼が当時の僕が書いたラブレターを持っているというだけでなんだかあの時の想いが救われたようなそんな気分だ。
そんなことを思い浮かべながら僕はそっとまた彼への手紙を数年越しに書いてみようと思った。
意味もなく、美しかった
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