「イヌピー、昨日言ってたマフラー発注しといてくれたー?」
「おー、明後日届く」
「芽衣ちゃん暑くねぇー?適当に室温下げていいから」
「はーい」
夏休みが始まって二週間。
私はほとんど毎日と言っていいほど、D&D MORTERSに足を運んでいる。
何をする訳でもないけれど、もう何度も繰り返し見たバイクを眺めたり、ソファーに座ってバイク雑誌を読んだり、作業する二人の姿をぼーっと見ているだけだったり。
「芽衣ちゃーん、奥からレンチ持ってきてくんねー?」
「おー」
時々、こうして小間使いのようなことをしてみたり。
「芽衣、すっかり馴染んでるな」
「芽衣ちゃんさー、こんな毎日のように来るなら、うちでバイトしねぇ?」
「え、」
ドラケンの言葉に驚いていると、イヌピーが笑った。
「めっちゃ目がキラキラしてる」
「そ、そう?」
私は今、柄にもなく目を輝かせているらしい。
「素人だけど大丈夫なの?」
「最近やけに忙しくてな。ちょっとした作業の補助とかしてもらえると助かる」
すぐにでも頷きたかったけど、何故か三ツ谷の顔が浮かんできた。
「考えてみる」
一応、二人は三ツ谷の友達だし、確認くらいはしておいた方が筋だと思った。
「おー、いつでも歓迎するぜ!」
ドラケンのその言葉を聞いた直後、ポケットに入れっぱなしの携帯が、けたたましく鳴り響いた。
美結からの着信だった。
「もしもし」
『芽衣!海!今週の10日ね!』
「おー」
『今何してる?』
「あー、バイク屋で遊んでる」
『メールで言ってたバイク屋?ウケる』
「かっけぇバイクがズラーッて並んでて、全部ピカピカで、見てるだけで楽しいよ」
『…よかった、楽しそうで』
電話の向こうの美結が、いつもと違う、優しい声で話した。
『何かあったらすぐ連絡してね。ウチもいっぱいメールする!』
毎日、用がなくてもメールしてきているのに、まだまだしてくるってことなんだろうか。
面白くなって、ついついニヤけてしまう。
「わかったよ」
『じゃあね』
「はいよ」
電話を切ると、カウンターに頬杖をついたイヌピーと目が合った。
「友達?」
「うん」
「何か楽しそうだな」
「まぁね」
「オレは学生時代ずっと喧嘩ばっかだったから、なんかそういうの羨ましいな」
羨ましい、と人に言われることが珍しくて、少し恥ずかしくなった。
「三ツ谷は元気にしてる?」
「さぁ…」
「会ってない?」
「ん、夏休み初日にここ来たっきり」
連絡を取っているわけでもないし、夏休みじゃなくても二週間会わないなんて、学科が違えばざらにある。
それでも、何で連絡してこないんだろうとか、何してるのかなっていうのは気になってしまう。
だったら自分から連絡すればいいのに、一歩踏み出せなくて、情けない。
ちゃんと友達になった今、この関係を壊すことが、怖かった。




週末、美結と優と、電車に乗って海に来た。
「「海だー!!!!!!」」
はしゃぐ二人につられて、つい、自分まで楽しくなってきた。
とはいえ、波打ち際で水を掛け合って遊んでいる二人程はしゃぐことはできなくて、少し離れたところから浮き輪でプカプカしながら眺めていた。
「芽衣ー!楽しいー!?」
「おー」
二人が楽しそうにしているだけで、十分楽しかった。
しばらくして砂浜に戻ると、美結はハイテンションのまま飲み物を買いに行った。
優と並んで砂浜に腰を下ろす。
「芽衣、夏休み何してんの」
「だから毎日メールで言ってんじゃん、バイク屋」
「それバイト?遊んでんの?」
「遊んでんの」
「落書き消してくれた救世主と?」
「まぁ、救世主だね」
「銀髪お洒落くんは?」
「あー……会ってないね」
「連絡は?」
「……取ってないね、って何これ尋問?」
「まぁ、デザイン科は課題もうちらより大変だろうしね」
それだ。
何で今まで思いつかなかったんだろう。
三ツ谷はきっと、課題制作で忙しくしてる。
しかも年の離れた妹たちもきっと夏休みだから、遊んであげている。
これだ。
自分の中で勝手に納得して、よし、これっきりで考えるのはやめられる、と思った。
「つか、美結遅くね?」
「見てくる?」
「変なヤツに絡まれてなきゃいいけど」
海の家の方に向かって行くと、予想通り、彼女はチャラついた二人組の男に囲まれていた。
「美結」
「あ、友達来たんで」
私が声を掛けると、美結はこちらに駆け寄ってきた。
「あー、じゃあさ、お友達も一緒に遊ぼーよ」
そう言った男が近付いてきて、優の腕を掴んだ。
「離してください」
優は冷静に言葉を返しているけど、少し震えているのがわかった。
二人に何かあっちゃ困る。
ヒョロそうとはいえ、男二人に力ずくでどうにかすることができないのは、わかっている。
美結は完全にパニックになって、あたふたしている。
「警察呼びましょうか?多分捕まりますよ、腕掴んじゃってるし」
咄嗟に思いついたことを言ってみると、掴まれていた優の腕は離されて、男二人はつまらなそうに去っていった。
若干拍子抜けしながらも、安堵の溜息を吐いた。
「芽衣、すごい!!!」
「蹴りでも入れるんじゃないかってヒヤヒヤしたわ」
「アホ、男二人に敵うわけないじゃん」
笑ってそう言うと、二人が両腕に絡みついてきた。
「芽衣に助けられちゃったね」
「つか何ナンパされてんだよ」
「ごめんごめん!!!」


海からの帰り道、電車に揺られながら、二人は楽しそうに話していた。
「銀髪お洒落くんが言ってた通り、うちらの安全は芽衣に託されてたね」
「喧嘩にならなくてよかった!芽衣の流血とか見たくないし!」
「だから、喧嘩なんかしないって」
大切な人のために、何度だって喧嘩してきた。
でも、喧嘩しなくても守れる方法があるなら、それが一番いいはずだって、ちゃんとわかってはいたんだよ、ずっと。
「ね、チョコレートパフェ食べてから帰ろ!!!」
「いいね!」
「乗った」
美結の提案で、いつものファミレスの最寄り駅で電車を降りた。
「あ、あれ銀髪お洒落くんじゃね」
優の視線の先に、同じ電車の別車両から降りたであろう三ツ谷の姿があった。
「おーい!銀髪お洒落くーん!!!」
美結の声に気が付いた彼は、こちらに向かって手を上げた。
二人に両腕を掴まれ、引きずられるように三ツ谷の所まで来ると、彼は笑っていた。
「その呼び方止めねぇ?ちょっと恥ずかしいんだけど」
「あ、ごめんごめん!」
「三ツ谷でいいよ」
手を合わせて笑う美結にそう言うと、三ツ谷はこちらに視線を移した。
二週間以上会っていなかったのは久しぶりで、目を合わせるのも何だか気恥ずかしかった。
連絡が来ないことにヤキモキしていたのもあって、何となく、勝手に気まずさを感じていた。
「何してんの?」
可愛くない訊き方をしてしまったかなぁ、と思いながら、彼の返答を待った。
「……妹たちの買い物付き合ってたんだよ」
よく見ると、三ツ谷の両腕に、女の子が二人絡みついている。
「え!三ツ谷くん、こんな小さい妹いたんだ!」
「おー。オマエらは?」
「海の帰りだよ!」
「芽衣も何だかんだ楽しんでたよね」
「まぁね」
「あぁ、海行くって言ってたもんな」
「芽衣がね、ナンパしてきた輩を撃退したんだよ!」
「かっこよかったよねー」
二人の言葉に、三ツ谷は目を丸くした。
「は?芽衣、喧嘩したの?」
「違うよ!言葉で撃退したの!てか名前呼びしてるし!」
「ダチだし名前くらい呼ぶだろ」
美結に突っ込まれて、彼は笑った。
まだ聞き慣れない名前をこんなにナチュラルに呼ばれると、やっぱり意識してるのが自分だけなんだなって、改めて思い知らされる。
三人の会話を聞きながら、ふと彼の両隣の妹たちを交互に見ると、どちらとも目が合った。
怖がらせてんのかな、と思い、軽く会釈をしてすぐに視線を戻すと、今度は三ツ谷と目が合った。
「心配すんだろ、あんま無茶すんなよ」
いつもの優しい声のトーンに、胸の奥がキュッと締まる。
「わかってるよ」
また可愛くない返事をしてしまったと思いつつ、二人の腕を掴んだ。
「ほら、パフェ食べに行くんだろ」
目を逸らしてからも、彼の妹たちの視線をずっと感じていて、気まずさからその場を離れたかった。
「じゃねー!」
「妹ちゃんたちもばいばーい」
「おー、またなー」
二人の元気な声に、三ツ谷の妹たちは手を振った。


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