新学期が始まった。
「芽衣ー!!!おはよー!!!」
「おはよ」
「宿題終わった!?」
「当たり前だろ」
「うっそ、何でそういうとこ真面目なの」
驚いている美結にデコピンをかますと、彼女は笑った。
「芽衣のそういうとこな!」
そういうとこが何だよ、と思いながら彼女につられて笑った。


夏休みが終わって、まず最初の学校行事は体育祭。
ホームルームで参加競技を決めた。
去年は難癖つけてサボったけど、今年はちゃんと学校生活を満喫するためにも参加しようと思っていた。
春頃の自分だったら考えられない。
この短期間で、やっぱり私は少しだけ、変わったのかもしれない。
「芽衣、今年は体育祭サボるんじゃないよ」
優に釘を刺されると、私は笑った。
「アンタらと思い出作らなきゃね」
「さっすが!」
目立つようなことはしたくないけど、地味にでも参加して、二人と時間を共有できればいいと思った。
「芽衣が学校行事に参加するとかレアだな」
「今後はちゃんと出るつもり」
「卒業まで全部出たらご褒美だな」
「スタンプラリー形式にしよ!!!」
少しでも、楽しいと思えることを増やしたかった。
ただ真っ当に、生きたかった。


「よう、帰んの?」
放課後、駐輪場にいると、三ツ谷が来た。
「あー、うん、バイク屋行く」
「そっか。じゃあな」
「ん」
自転車の間から原付を出すと、自分のバイクの方へ向かっていた三ツ谷が、踵を返して戻ってきた。
「やっぱオレも行く」
「は?」
「暇だし」
そんなこんなで、三ツ谷のバイクに二ケツして、ドラケンとイヌピーのバイク屋に来た。
店内には、バイクをいじっているイヌピーがいた。
「来たな」
もうすっかり慣れてしまった私に、いつものようにイヌピーが笑った。
「あれ、ドラケンは?」
「何だ、三ツ谷もいたのか」
「わりぃかよ」
「全然」
笑いながら答えるイヌピーの肩を、三ツ谷が小突いた。
「ドラケンなら常連客とツーリング」
「へぇ」
「まぁ、ゆっくりしてけよ」
夏休みの間、毎日のように入り浸っていたこの店は、とても居心地が良かった。
「芽衣、ちょっとこっち来て」
イヌピーに呼ばれてメンテナンス中の彼に近づくと、腕を勢いよく引かれて、よろけた。
「何すんの!」
「わーり」
悪びれなく謝るイヌピーの頭を小突くと、彼は笑った。
「これ、芽衣がこの前手伝ってくれたとこ。いい仕上がりになったから近くで見てもらおうと思って」
「うわ、ホントだ」
事故って傷だらけになっていたそのバイクのボディは、ピカピカに輝いていた。
「イヌピーすげぇ!」
「だろ」
しゃがみ込んで近くで見ると、何だかワクワクした。
「持ち主もきっと喜ぶんだろうな」
「芽衣もいい仕事してくれたよ」
褒められると嬉しくなって、つい笑顔が零れた。
「おい」
イヌピーと会話をしていると、今度は後ろから三ツ谷に腕を捕まれた。
「何?」
「オマエらが楽しそうで何かムカつく」
「は?」
私とイヌピーにとっては何でもないいつものやり取りに、三ツ谷は顔を顰めていた。
「あー、わりぃ。芽衣に手出すつもりねぇから安心しろ」
イヌピーがそう言うと、三ツ谷に腕を引かれる。
そのまま立ち上がると、イヌピーが笑った。
「三ツ谷、芽衣のことになると表情コロコロ変わんのな」
「うるせー」
イヌピーの言葉に、顔を背けた三ツ谷の耳が赤い。
眉を顰めたまま困ったような顔をするから、勘違いしそうになる。
期待したくなる。
もしかして友達以上に思ってくれてんの?
なんて、思いたくなってしまう。
「お前らホントお似合いな」
イヌピーのダメ押しの一言に、私まで赤面してしまう。
頬が熱くなって、暫く三ツ谷の方を見れなかった。


「体育祭、何出んの?」
「借り物競争」
「なんかウケるな、それ」
帰り道、バイクで走りながら話すのは、学校のこと。
普通の生活を送れている気がして、青春ってこんな感じかな、とか、柄にもなく思ってしまう。
「オマエ体育祭のイメージなさすぎるわ」
「うるさい」
笑いながら話す三ツ谷の背中を軽く叩いた。
「いてぇな!ホントのことだろ!」
「まぁ、そうなんだけどさ」
確かに決して得意ではないし、ちゃんと疲れなさそうな競技を選んだ。
「…アンタは?」
「オレはリレーと騎馬戦」
「騎馬戦とか目が合っただけで取れそうじゃん」
「クラスのヤツらにもそれ言われた」
「何本ハチマキ取れるか見ものだな」
「10本取ったらご褒美くんねぇ?」
「流石に10本は無理じゃね?」
「言ったな?首洗って待っとけや」
こんなくだらない会話ができる貴重な相手を、大事にしたいと思った。
家の前に着くと、バイクから降りた。
「じゃあな」
「芽衣」
「ん?」
「ちゃんと用意しとけよ、ご褒美」
「あー、はいはい」
楽しそうに笑う彼を見送って、玄関の扉を開けた。




体育祭当日、朝から美結と優に髪の毛を弄り回されていた。
「はいできたおさげー!」
「いやだから、クソだせぇからやめてくんね?」
「今回マジ上手くできたから!」
「見てみ」
優に手渡された鏡を見ると、緩く編まれたお洒落な三つ編みにされていた。
「似合う似合う、可愛い」
「すげぇ、どーなってんのこれ」
「すごいっしょ!」
「おー」
「落書き女には負けねぇ」
「何だよそれ」
「うちの可愛い芽衣を前面に出していく!!!」
全体行事となると、落書き女とどこかで顔を合わせるかもしれない。
「タイマンなら負けねぇのになぁ」
「ヤンキーじゃない子とタイマン張ろうとすんな」
優に突っ込まれて、三人で笑った。
借り物競争は午前中。
終わったらあとは楽ができると思って選んだところもあった。
「よし、芽衣の借り物に何が出てもいいように色々準備してあるからね!」
二人はいろいろ詰め込まれているであろうトートバッグを応援席に持ってきていた。
二人の気合いの入れようと面倒見の良さに思わず笑った。
「助かるわ」
「いってら」
「ファイトー!!!」
いざ始まってみると、ほとんど本気で走らなくていいその競技は楽勝だと思った。
コースの序盤に置かれた封筒から出した紙に、借り物が書かれている。
「…ピアス」
自分のものはダメだというルールがある。
右耳のピアスを触って舌打ちをした。
美結と優を頼りに応援席に行くと、二人は待ち構えていた。
「芽衣、何だった?」
「ピアス」
「な、何だと!?」
美結も優も、そういえばピアス開けてないじゃねぇか、と思い、周りを見渡しピアスを着けてる人を探す。
「おー、いいね」
後ろから私の握り締める紙を覗き込んできたのは、三ツ谷だった。
「ピアス!三ツ谷じゃん!いいとこにいんな!」
「よかった!三ツ谷くん呼び寄せておいて!」
「役に立つかなーと思って呼んでおいた」
「オマエらマジ天才」
「ちょっと待ってろ」
三ツ谷は顔周りの髪を耳に掛けてから、左耳のピアスを外して、私の手のひらに乗せた。
「オレの大事なモンだからなくすんじゃねぇぞ」
「わかってら」
三ツ谷がいつもつけているピアスを握りしめて、コースに戻り、判定係に見せると、丸印が出た。
これはかなりラッキーなお題だったなと思いながら、ゴールに辿り着いた。
無事に借り物競争を終えて、三ツ谷の姿を探す。
なくすと困るからすぐに返したかった。
「芽衣ー!三ツ谷くんここ!」
すぐ近くに三人立っていて、そこに向かった。
「ありがと」
「おー」
借りたピアスを渡すと、三ツ谷はすぐにまた左耳にそれを着けた。
「違う軍なのにここいて大丈夫なの?」
「そろそろ戻るわ」
「ん」
「三つ編み、やっぱ似合うな」
目を細めて笑う三ツ谷に頭を撫でられると、照れ臭くなってその脇腹を小突いた。
「早く行きな!」
「言われなくても行くワ」
舌を出してから去っていく彼の後ろ姿に、いつもみたいに胸がきゅうっとなる。
「青春だな」
「だな!!!」
ぼーっとしていた私の両肩が叩かれる。
美結と優に頭を撫でられると、何故だか笑えてきた。
「こういうの、何かいいな」
思わず似合わないことを呟いてしまう。
隣に友達がいて、好きな人がいる。
こんなに楽しくてふわふわする毎日、昔の自分じゃ想像もできなかった。
「芽衣ちゃん、浸ってる場合じゃないんよ!レアだけどね!?」
「次騎馬戦だよ」
三ツ谷が出ると言っていた騎馬戦。
両腕に絡みついた彼女たちを引き剥がすのも忘れて、ずっと彼を見ていた。
元東京卍會弐番隊隊長だったその男は、いとも簡単に対峙した騎馬のテッペンからハチマキを奪っていく。
「待って、三ツ谷くんめちゃくちゃカッコよくないか?」
「めっちゃ強い!!!」
楽しそうに話す二人に挟まれたまま、三ツ谷が獲っていくハチマキの数を頭の中で数えていた。
その競技が終わった時、宣言通り10本のハチマキを首から掛けた三ツ谷が、こちらに向かって手を振っていた。


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