少し肌寒い朝、大きな荷物を抱えて駅に向かう。
制服は冬服に変わり、修学旅行の朝を迎えていた。
「絶好の旅行日和!!!」
「ウチ楽しみすぎてあんまり眠れなかった!!!」
駅に着いて合流した美結と優は、早朝だというのにいつもと変わらないテンションの高さだった。
「芽衣すっぴんじゃん!!!」
「朝苦手なんだよ…」
「いつもより朝早いもんね。せめて眉毛かいとこ」
貸切の電車に乗り込んですぐ、二人に顔と髪をいじられる。
もうこれも恒例のようになってしまった。
「デザイン科と一緒なのは行き帰りと宿泊先くらいか」
「だね」
「デザイン科はショーとか見るらしいよ」
「は?うちらより金掛かってんじゃん、ムカつく」
「まぁ、それは仕方なくね?うちの学校デザイン科で持ってるようなもんだし」
「芽衣、三ツ谷くんと会う約束してないの?」
「は?してるわけねぇじゃん」
「なんだよそれー!せっかくの修学旅行だよ?二人の距離がまた一気に縮まるよ?」
「別に、そんな下心ねぇから」
体育祭の後からひと月の間、三ツ谷との距離感はこれまでと何も変わらなかった。
駐輪場で会ったら話したり、時々、放課後バイク屋に一緒に行ったりする程度だった。
「あの時いい感じだったからスムーズにくっつくと思ったらそうでもないし」
「うちらがヤキモキしちゃってる」
つまらなそうな二人に、このまま付かず離れずでいたいかもしれないなんて言ったら、怒るだろうなあ、と思いながら、
「自分の中で爆発しそうになるまでは言わない」
なんて可愛くない返事をした。
「芽衣の気持ちが爆発しますようにって、お祈りしなきゃな」
「千本鳥居行くしね!」
「自分のお願いしとけよ」
「照れんなよ!とりあえずお菓子でも食べて体力備えとこ」


笑いながらくだらない話をしていたら、あっという間に京都に着いた。
「おいでやすー!!!!!」
京都に降り立った瞬間に、美結の大きな声が響いた。
「言いたいだけのやつね。恥ずかしいからやめようねぇ」
二人のやり取りに思わず笑っていると、後ろ頭を小突かれた。
振り返ると、三ツ谷がいた。
「はよ」
「あ、おはよ」
「オマエら相変わらず楽しそうだな」
目を細めて笑う三ツ谷の髪が少し跳ねている。
「寝癖?」
「あー、寝てたから」
サラサラの長い髪を手櫛でとく仕草に、ドキッとしてしまった。
「なんだよその顔」
「は?」
「あんま見んなよ」
眉間に皺を寄せた三ツ谷が、少し頬を赤らめて、それにまたドキドキしてしまう。
朝から私の心を乱してくる三ツ谷に、若干悔しくなる。
「見てねぇよ、バカ」
可愛くない悪態をつくと、三ツ谷はニヤニヤしながら私の鼻をつまんだ。
「あー、そうかよ」
こんなの反則だ。
心臓がうるさくて、胸がきゅうっと締まって、悔しくて堪らない。
「芽衣ー!置いてくぞー!」
いつの間にか少し先に行ってしまっていた二人に呼ばれると、三ツ谷は私の鼻を解放してから、歯を見せて笑った。
「楽しめよ」
「三ツ谷もね!じゃ!」
「おー」
短く挨拶をして、二人の元に駆け出した。
なんだこれ。
めちゃくちゃ楽しい。


初日は、夕方まで観光地を巡り、インスタントカメラ片手にはしゃぎ続ける二人と、馬鹿みたいに笑った。
朝早かったこともあって、夕食の後は部屋でベッドに倒れ込んだ。
「芽衣寝るつもり?」
「いや眠すぎる」
「朝、三ツ谷くんと何話してたの?」
「内容もねぇ話だよ」
枕に顔を埋めたまま答えると、美結が背中に馬乗りになった。
「なんかいいね、そういうの」
「重てー」
「芽衣と三ツ谷くんは、今の距離感が心地いいのかな?」
優の問い掛けに、考えを巡らせる。
少なくとも私は、悪くないと思ってる。
悪くはないんだけど、欲張りになっていることも事実。
私だけに、って我儘なことを考えると、それだけ離れたい気持ちも出てきてしまう。
「あー、ウチも好きな人欲しい!!!」
「私もー!高校入ってからめっきりだわ」
「めんどくせぇだけだよ、こんなの」
結局話は尽きなくて、夜更かししてしまった。




「芽衣起きろー」
「朝ごはん行くよー」
大きな声に起こされて、修学旅行の二日目が始まった。
まだ重たい瞼を擦りながら、美結と優に半ば引きずられながら朝食の会場へ向かった。
既に多くの生徒が朝食を摂っていた。
「芽衣何食べる?」
「あんぱん」
「何飲む?」
「ぎゅうにゅう」
二人に腕を引かれながら、パンのコーナーに行くと、お皿に一口サイズのあんぱんを乗せてもらった。
至れり尽くせりな状況のおかげで、まだ頭がはたらかない。
「オマエ、目開いてねぇじゃん」
「うるせー…」
文句を垂れながら振り返ると、三ツ谷が笑っていた。
一瞬で目が覚めて、目を見開いた。
「!」
「おー、オレの顔見て目覚めたか?」
「馬鹿言え!」
一気に恥ずかしくなってきた。
寝起きのままの姿をこいつの前に晒すなんて。
まさか同じタイミングで朝食に来るなんて思ってなかった。
「お、三ツ谷の!おはよー」
彼の後ろからゾロゾロとデザイン科のお洒落男子たちがやってきて、何故か挨拶をしてきた。
朝だというのに、眩しいオーラを放つ彼らの前で、私は何て顔をしてるんだ。
「三ツ谷くんごめんね。芽衣朝弱くて」
「ああ、知ってる」
口元を押えて笑う三ツ谷はきっと、夏休み初日の私を思い出したに違いない。
「ご飯終わったらうちらが気合い入れるから!!!」
「へぇ」
ニヤニヤと私を見下ろす三ツ谷。
今日は寝癖もついていないし、ツッコミどころがなくて悔しい。
「まずあんぱん食って気合い入れとけ」
お皿の上に置かれていたあんぱんを口に押し込まれた。
「〜!!!!」
何すんだよ!と言おうにもあんぱんが邪魔して言葉にならなかった。
両隣でキャーキャー騒ぐ美結と優を腕から引き剥がすと、あんぱんを齧って手に取った。
「バカ三ツ谷」
「うるせぇ」
目を細めて笑うその顔を見ると、私はコイツをとんでもなく好きだなんだな、と思ってしまう。
すげぇ悔しいけど。
「あ、そうだ」
「、何?」
「今日、夜抜け出してこれね?」
「は?」
「ま、考えといて」
三ツ谷はそう言い残して、既に他の場所に移っていたデザイン科男子たちの方へ行ってしまった。
「「協力するからあんしんして!!!」」
目を輝かせている二人の視線が痛くて、あんぱんをもうひとつ皿の上に乗せて、逃げるように牛乳を取りに行った。


修学旅行二日目、普通科は班ごとに企業見学。
訪問先はバイクの整備工場だった。
私が適当にサボらないように、美結と優のゴリ押しで決められた。
「すげぇ、バイクかっけぇな」
名前もうろ覚えの班の男子たちが、目を輝かせてバイクを見ていた。
「吉野の彼氏、かっけぇバイク乗ってるよな」
男子のうちの一人が言った。
「は?」
突然の振りに驚く。
「え?よく一緒に乗って帰ってるだろ」
「あー、みんなよく見てるねえ!でもね、まだ彼氏じゃないんだよ〜!」
美結がドヤ顔で答えると、何故か男子たちが興味を持ってしまった。
「え?そうなん?」
「デザイン科のヤツだよな?」
「オレらの間では完全にカップルだよな」
「京都着いてから仲良さそうに話してんの見たべ」
ほとんど話したこともないクラスメイトたちにそんなふうに見られていたんだと思うと、急に恥ずかしくなって、頬の熱が上がった。
「二人は付かず離れずのまだ淡い関係なんだぜ!」
「うわー、それ一番楽しい時じゃね?」
「オレもデザイン科の子と付き合いてー」
「オマエは無理だろ」
盛り上がっている美結と男子たちを横目に、熱くなった頬に手を当てた。
「やっぱみんな三ツ谷くんと芽衣が付き合ってると思ってたんだね」
優の一言に、更に頬の熱が増す。
「吉野ってすげぇ怖いと思ってたから、そんな反応するの何か意外だよな」
「あー、それわかるわー」
「待て!芽衣はヤンキーだけど乙女なんだから!」
美結がずーっとドヤ顔で話していて、突っ込む余地もなく笑ってしまった。
周りからそんなふうに見られていることを、三ツ谷はどう思ってんのかな、とか、そんなことを考えてしまった。


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