週末、修学旅行のお土産を持ってD&D MORTERSに来た。
「おーす、お土産ー」
扉を開けるとバイクをいじっている二人の視線が届いて、店の奥のカウンターにお土産の八ツ橋を一箱置いた。
「お!芽衣ちゃんありがとなー」
「そっか、修学旅行行ってたんだったな。おかえり」
「ただいま」
返事をしながらソファに座る。
「旅行先でさぁ、めっちゃかっこいい単車見た!」
「ほう」
「超渋めのおじさんが乗ってたんだけどマジで見惚れた」
「マジか」
「あとね、企業見学でバイクの整備工場行ってきた」
「どんだけ好きなんだよ」
イヌピーとドラケンが笑いながら私の土産話を聞いてくれる。
日常が帰ってきた。
「てことは、三ツ谷も行ってたんだな?」
「あー、…うん」
思いがけずドラケンの口から三ツ谷の名前が出て、旅行先での出来事を思い出してしまった。
「アイツも土産持ってきそうだなー」
バイクをいじりながらのんきに話すドラケンとは真逆に、イヌピーは手を止めてこちらを見ていた。
何か言いたげな気もするけど、こちらから訊くのは気が引けた。
以前、三ツ谷とここに来た時、彼に散々いじられたのを忘れていない。
同じ気持ちかもしれない、と考え始めてしまったきっかけであることも勿論しっかり覚えている。
修学旅行中に手を繋がれたことも、キスしそうなくらい顔を近づけてきたことも、まだハッキリしない曖昧な関係も、このモヤモヤした気持ちも、イヌピーのせいでフラッシュバックだ。
徐にイヌピーに近づくと、その背中に少し強めに拳をぶつけた。
「んだよ」
「何か言いたそうだから言わないように一発殴っといた」
「あー、はいはい」
イヌピーは呆れたように笑って、また整備中のバイクに視線を戻した。
小さく溜息を吐いて、カウンター内の椅子に座り、頬杖をついた。
作業に勤しむ二人の背中をしばらく眺めていると、店の扉が開いた。
「よう」
入口の方から聞こえる声にハッとする。
ドラケンの予想通り、三ツ谷がやって来た。
旅行の後初めて会う彼に、どんな顔をしたらいいのかわからず、咄嗟にカウンターの下に隠れた。
「これ修学旅行の土産」
「おー、悪ぃな、気遣わせて」
「別に気遣ってるわけじゃねぇよ」
ドラケンとのやりとりは、いつもの落ち着いた声のトーンで、少しほっとした。
「あれ?誰だよ?」
ドラケンの問い掛けに、三ツ谷が誰かと一緒なんだとわかって、耳を澄ませた。
学校の仲間かな、と想像していると、
「初めまして!」
返答したのは、女の子の声だ。
「勝手についてきちまって」
「もお!別にいいじゃん!」
三ツ谷とその声のやりとりは、かなり親しげで、何となく胸が苦しくなってくる。
「今度こそオマエの嫁か?」
笑いながら尋ねるドラケンに、笑いながら返答する声が聞こえた。
「もぉー、やめてくださいよー」
何となく聞き覚えのあるその声に、フツフツと腹の底から込み上げてくる。
「だって芽衣ちゃんは嫁じゃねぇんだろ?なあ?」
ドラケンの問い掛けがこちらに向けられた気がして、私は息を止めた。
呼吸の音がそっちまで聞こえてしまいそうな気がして。
「あれ?どこ行った?」
「あぁ、芽衣ならさっき裏から帰ってっただろ」
ドラケンに対してイヌピーが返答してくれたことにほっとして、止めていた息をゆっくりと吐いた。
「アイツ来てたの?」
「さっきまでいたはずなんだけどな」
「お土産持ってきてくれてすぐ帰った」
「へぇ」
「ねぇ三ツ谷くん、これからどこか行こうよ」
「オレは帰って課題やっつけるけど、オマエ終わってんのか?」
「えへへー」
課題、の単語でその女の子が誰なのか、気付いてしまった。
道理で聞き覚えのある声だと思った。
「じゃ、行くワ」
「おー、また嫁連れて来いよー」
「うるせー」
扉の開く音がして、三ツ谷が出ていったのがわかっても、暫く動けなかった。


「芽衣?具合悪い?」
カウンターに入ってきたイヌピーがしゃがみ込んで、私の背中を摩る。
上手く息が出来なくて、その優しい手のひらに酷く安心した。
数回深呼吸して息を整えると、イヌピーと目が合った。
「あの子も知り合い?」
何か察してくれたのか、心配そうな目をしている。
「落書きしてくれたクソヤローだよ」
直球の返答をして、立ち上がった。
カウンターから出ると、ドラケンが私に気付いて驚いた様子でこちらを見た。
「あれ?芽衣ちゃん帰ったんじゃなかったのかよ」
「隠れてた」
「なんだよそれ」
何も気付いていないであろうドラケンは、目を細めて笑った。
「そういや、さっきのマジで三ツ谷の嫁?何かあいつのタイプじゃねぇよな、イヌピー」
私に続いてカウンターから出たイヌピーに振るドラケン。
「でも否定してなかったし、嫁なんだろうな」
一人で納得するドラケンの言葉に、思い返してみると、確かに三ツ谷は否定してなかった。
私の時はハッキリ否定したのに。
やっぱりあの子と付き合うんだろうか。
いや、もう付き合ってるのかもしれない。
じゃあ、この間のあれはなんだった?
指を絡めてきたのは?
キスしようとしたのは?
ただの気まぐれ?
私の思い上がり?
私の気持ちに気付いて、面白がって遊んでる?
いろんなことが頭の中を巡って、悔しさが込み上げてくる。
「芽衣ちゃんどうした、そんな顔して」
何も知らないから悪気はないんだってわかってる。
それでも。
「ドラケンとタイマン張る」
「は?」
私の突拍子もない言葉に、イヌピーが一瞬驚いてから笑った。
「オレは女とは喧嘩しねぇぞー」
ドラケンも笑って、私の頭を撫でた。
悔しくて苦しくて、この怒りのようなものを何処にぶつけたらいいのかわからない。
「そろそろ昼にすっか。オレコンビニで何か買ってくるワ」
「カップラーメン」
「芽衣ちゃんは?」
「あんぱんと牛乳」
「何だよその組み合わせ」
「好きなんだよ」
「わかったよ」
ドラケンが店を出ると、イヌピーが私の腕を引いて、ソファに座らせた。
「で?何でそんな泣きそうな顔してんだよ」
眉間に皺を寄せて唇を尖らせた自分の顔が、店のガラスに写った。
「別に泣きそうじゃねぇし」
強がってそっぽを向くと、イヌピーは意地悪な言葉を掛けてくる。
「さっきの子、可愛かったよな」
「男は好きだよな、ああいうの」
「落書きするような子に見えないのにな」
「正々堂々喧嘩売ってこいよな」
「それはダメだろ」
「何でだよ」
「芽衣の圧勝だから」
「喧嘩したことねぇんだろうな」
「ほとんどの子がしねぇんじゃね?」
イヌピーの言葉に、俯いた。
普通の女の子はきっと喧嘩なんかしないし、可愛い。
喧嘩なんかしなくても敵を欺く方法を知っていて、男に縋る術を知っている。
「…どうしたら普通の女の子になれんの」
ぼそぼそ呟くと、イヌピーの手が頭の上におりてきた。
「芽衣は普通の女の子だろ」
絶対泣かないって思ってたのに、頭をわしゃわしゃ撫でるイヌピーの優しい声のトーンに涙が落ちそうになる。
また三ツ谷のことで泣くなんて、嫌だった。
「三ツ谷の信念知ってる?」
「…信念?」
「アイツ、自分の本当に大切なヤツしか、バイクのケツに乗せねぇんだよ」
「……え?」
「まぁ、オレから言えるのはそのくらいかな。芽衣は三ツ谷のこと好きなんだろ?」
「……な、なに?」
何となく気づかれているかもしれないとは思っていたけど、こんなにハッキリ訊かれると、しどろもどろになってしまう。
「初めて一緒に来た時、すぐピンときたけど。違った?」
何でピンときたんだろう。
全く意味がわからなくて、開きっぱなしの口が閉じないまま、イヌピーの目を見ていた。
「何か不安に思ってるなら、三ツ谷に直接ぶつけろよ。アイツはちゃんと受け止めてくれるよ」
大切だと思っているからバイクの後ろに乗せてくれたってことなんだろうか。
じゃあ何で、私は満たされないんだろう。


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