バイク屋からの帰り道、行き先も決めずにひたすら原付で走った。
結局、閉店までバイク屋で悶々とした気持ちを抱えたまま過ごしてしまい、辺りはすっかり暗くなっていた。
いつからだろう。
三ツ谷の気持ちが知りたくなったのは。
彼も同じ気持ちだったらと願うようになってしまったのは。
もう感情を掻き乱されたくないのは確かで、なのに離れようとするとアイツに引っ張られる。
今思えば、最初からそうだった。
離れたいと思うと、必ず引き戻された。
アイツのことばっかりで、頭の中がぼんやりしている。
ガス欠になりそうな原付を押しながら大通りを家の方に向かって歩いていると、前から特攻服を着た女が三人、歩いてきた。
「あれ?オマエ吉野芽衣じゃね?」
すれ違いざまにそう言われ、足を止めると、引き返してきた三人に囲まれてしまった。
よく見ると、去年喧嘩して完敗した新宿のレディースの女だった。
「最近見ねぇと思ってたけど、まだこの辺うろついてんのかよ」
「関係ねぇだろ」
目を合わせず答えると、他の二人が原付を触りだした。
「単車乗ってねぇのかよ、気合い入ってねぇな」
勝手にベタベタ触りやがって、と言いたいのを堪えた。
三ツ谷のことで苛立ってはいたけれど、それを発散するかのようにここで喧嘩したら、私はまた腐ってしまう。
もしかしたら、前以上に。
「ま、うちの暴走族もだいぶ縮小したからよ、オマエに構ってる暇ねぇんだわ」
だったら最初から絡んでくるんじゃねぇよ、と思っていると、何をするわけでもなく三人は去っていった。
「何だったんだ…」
絡まれてイライラさせられて、無駄な時間を使ってしまった。
途中でガススタに寄って、ガソリンを入れた。
ひたすら走り続けて、少しだけモヤモヤが薄れた。
だけど、三ツ谷と顔を合わせるのは怖かった。
ゼロか百なら50でいいと思ったのは自分なのに。
三ツ谷の隣に誰かがいるなら、もう50すらなくなってしまいそうで、どうしたらいいのかわからない。
「君、高校生?」
「あれ、前も遅くにここにいたよね?」
ぼんやり考えていた頭の中が、突然ハッキリした。
声を掛けられた方を振り返ると、警察官が二人近付いてきた。
「え、もうそんな時間すか?」
ずっと時計を見ていなかった。
「もう23時だよ」
「すみません、時計ずっと見てなくて」
強く言い返したら、また学校に連絡がいってしまうと思い、恐る恐る言い訳をすると、
「言い訳しなくていいから。学校と名前また教えてくれる?」
と無情な返答が返ってきた。
今度こそ停学かもしれねぇな、と思いながら溜息を吐いた。
「君、暴走族とか入ってないよね?」
「いえ、興味ないんで」
「それならいいんだけど、夜遅くまで遊ぶのやめなさい。悪いことしてなくても補導対象だから」
「はい」
別に遊んでたわけじゃねぇのに。
またつまらないことが起きてしまったなと思いながら、ガソリンが満タンになった原付に乗り、まっすぐ家へ帰った。




「吉野、止まれ」
翌朝、学校へ行くと、駐輪場の横に生徒指導が立っていた。
「何すか」
多分、昨日の補導のことを説教されるんだろうな、と思った。
原付から降りると、生徒指導の思いがけない言葉が飛んできた。
「持ち物検査だ」
「は?」
「お前、昨日また補導されたな?」
「わざとじゃないっすよ」
「言い訳はいらん。それについては後で生徒指導室に来い」
そう言ってから、生徒指導は声のボリュームを落として話した。
「昨日お前が補導された近辺で、暴走族に入っている他校生が薬物所持で捕まった」
「え?」
「まさかお前は関係ないと思うが、朝のホームルームで全校生徒が荷物検査をやる。バイクの確認だけさせてくれ」
バイク通学の生徒が、駐輪場で全員検問にあっているらしい。
周りを見渡すと、他のバイク通学生も、車体を確認されていた。
「どうぞ、何も出てこねぇっすよ」
せいぜいシート下に汚いクロスが一枚入ってるくらいだ。
「おい」
原チャのインナーポケットを確認している生徒指導の声色が先程と変わった。
「お前、これ何だ?」
生徒指導の手には、煙草の箱が握られている。
「……は?」
「は?じゃないだろ、何だって聞いてるんだ」
「知らねぇよ」
「吉野、お前このまま生徒指導室だ」
原付を駐輪場に停めると、生徒指導の後をついて行った。
何で煙草が出てきたのかわからなかった。
そもそも煙草は吸わないし、誰かに原付を貸したわけでもない。
わけがわからないまま生徒指導室に着いた途端、説教が始まった。
「お前、煙草は停学だぞ」
「知ってますよ」
「何やってんだ」
「だから、私のじゃないって」
「じゃあ誰のなんだ?お前のバイクから出てきたんだぞ!?」
「マジでわかんねぇって」
「反省する気もないんだな?」
「だから違うって」
「じゃあ昨日補導されたのは何だ?また同じガソリンスタンドだよな?」
「それは…本当に時計見てなくて」
「時計見てなかったら何時まででも出歩いてていいのか?」
「だから…」
いくら何を言っても信じてもらえず、悔しさが込み上げてきた。
「吉野、お前暫くおとなしくしてたよな?心入れ替えたんじゃないかってお前の担任が言ってたよ」
生徒指導は大きな溜息を吐いた。
「担任の期待も裏切る行為だぞ」


結局この日は、そのまま家に返され、暫く自宅待機させられることになった。
家に着いた直後、美結から着信があった。
「はい」
『芽衣!暫く休みって何!?』
「停学になるかもしんね」
『は?何したの?』
「何もしてねぇよ…だりぃ…」
最近は美結と優と一緒にいる時間が長くて、放課後はバイク屋に行くことが多かったし、何の隙もなかったはずだ。
夜だってもちろん出歩いてなかったし、喧嘩だってしていない。
悪いと思うことは、何一つしていなかった。
昨日は、無心で原付に乗ってしまったのがいけなかったとは思うけど。
『芽衣が停学になるようなことなんてするはずないの、わかってるよ』
優の声も聞こえてきて、涙が溢れてきた。
悔しさと、不安だ。
停学になったら二人にまで迷惑掛かってしまうかもしれない。
『芽衣の潔白、うちらが証明する』
「は?」
『生徒指導に謝罪させてやるから』
珍しく怒った様子の美結の声を最後に、通話が切れた。
危ないことしてくれなきゃいいな、と思いながら溜息を吐いたと同時に、一瞬、落書き女が頭を過ぎった。
いくら何でもそこまでするか?
昨日、三ツ谷とバイク屋に来ていたことを思い出すと、胸糞悪い。
そもそもそんなことがなければ、時間も見ずに原付で走り続けることはなかったし、補導だってされずに済んだんだ。
そこまで考えたところで、ふと、昨日街中で会った新宿のレディースのヤツらのことを思い出した。
むやみやたらに原付を触られた。
もしかしたら、あいつらかもしれない。


その日の夕方、自宅待機中にも関わらず、昨日ヤツらに会った大通りに行った。
もしかしたら会えるかもしれないと思い、原付に跨ったたまま、暫く待ち伏せしていた。
「あれ?またオマエかよ」
憎たらしい声がして、顔を上げると特攻服の三人組が現れた。
「よう、待ってたわ」
そう言いながら、原付から降りた。
「何か用かよ」
「煙草、オマエらだろ?」
なるべく怒りをぶつけないように冷静に尋ねた。
「なに?センコーにでも見つかった?」
三人が笑い出すと、苛立ちが募り、抑制が効かなくなった。
真ん中にいた因縁の女の胸ぐらを掴んだ。
美結と優に迷惑がかかってしまうかもしれないことも、事のきっかけである三ツ谷に対するモヤモヤも、コイツらのくだらない遊びも、もう全部限界だった。
ぶん殴ってやる、と拳を握った瞬間、
「おい!」
後ろから声がして振り返ると、優と美結が立っていた。
「…え?オマエら何してんの?」
驚きで、握った拳が緩んだ。
「芽衣こそ何してんの!うちらが何とかするって言ったでしょ」
「喧嘩したらまた生徒指導室だよ!」
「だからって、危ないことしようとすんなよ」
下手したらこういう変なのに絡まれてしまうかもしれないのに。
掴んでいた胸ぐらを離して溜息を吐くと、二人は顔を見合せた。
「助っ人呼んでるからいいの!」
「は?」
「わりぃ、遅くなった」
二人の後ろから、制服のままの三ツ谷が現れた。
「何で三ツ谷まで…」
「…こっちのセリフだ」
三ツ谷は、私がいることに一瞬驚いた後、すぐに正面の三人組に視線を移した。
彼の姿を見ると、レディースの三人組は目を丸くした。
「元東卍幹部の三ツ谷じゃね?」
「は?まさか吉野の仲間?」
「めんどくせぇのは御免だわ、行くぞテメェら」
そそくさと踵を返した三人の前に、三ツ谷が回り込んだ。
「煙草の件、詳しく聞かせろよ」
笑顔を作っている三ツ谷の、目が笑っていない。
三人は凍りついたような表情で、顔を見合わせた。
「ちょっとふざけて原付のポケットに煙草入れてみただけだって」
引き攣った顔で真ん中の女が答える。
「暇潰しの遊びだよ、なぁ?」
両隣の二人と顔を見合わせると、ジリジリと後退りした。
「もうコイツに構わないでくんねぇ?」
そう言いながら三ツ谷が微笑むと、三人は慌てた様子で、
「もう構わねぇから、勘弁して」
そう言い残して、逃げるように去っていった。


「やっぱりこんなことだろうと思った!そもそも芽衣煙草吸わないし!」
「てかあんなゴリゴリのヤンキーと喧嘩しようとしてたん?ウケる」
家まで送ると言ってきた三人と並んで、原付を押しながら歩いた。
美結と優は、何だか楽しそうに笑っていた。
「去年の春にボロ負けしたのもあの真ん中のヤツだよ」
「マジか!やばい、ウケる」
「因縁の相手ってわけか」
「てか、何であんな所にいたんだよ」
突然現れた三人を不思議に思っていた。
「担任から聞き出した!煙草持ってたから自宅待機だって」
「どうしたらいいかって三ツ谷くんに相談したら、この辺詳しいから手がかり探すなら手伝うって言ってくれて」
「あー…」
なるほど、と思いながらも、やっぱり当てずっぽうみたいに行動してくれた二人に、体育祭の時、美術準備室に来てくれたことが頭を過った。
二人の笑顔を見ていると、喉の奥から込み上げてくる。
こんな私のことを、無条件に信用してくれた。
自分たちが危険に晒されるかもしれないとわかってても、私の潔白を証明しようとしてくれた。
「ねぇ、芽衣、わかってくれた?」
「ん?」
「ウチらがアンタのこと、こんだけ思ってんだよってこと」
優の言葉に、頷く美結。
前にも似たようなことを言われたな、と思って、込み上げてきたものが溢れ出した。
「…マジで、ごめん」
「だから謝んなくていいの!こういうときはありがとうだよ」
「……ありがとう」
「ほら、泣くなー!鼻垂らしてるし」
「拭いてくれ…」
「はいはい」
立ち止まって鼻を拭ってもらうと、三ツ谷が笑った。
「オマエら、最高だな」
「まあね。愛だよ、愛」
「愛だー!!!」
原付のハンドルを握って両手の塞がった私を、二人が抱き締めた。
欲しがって与えてもらうものじゃない。
損得なしに全てを投げ出しても守りたいと思ってくれたこれは、彼女たちの言う通り、愛なんだろうな。


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