自宅待機を食らってから二日。
晴れて自宅待機が解かれて、学校に来た。
あの日の別れ際に美結と優は、
「あとはうちらに任せて、学校からの連絡待ってなよ」
と言ってくれた。
どうなるかと一日中ぼんやり考えながら過ごしてしまった昨日の夕方、担任から連絡があった。
美結と優と三ツ谷の三人が、生徒指導に事情を説明しに行ってくれたらしい。
とんでもなく熱弁してくれたようだと聞いた。
担任からの電話の内容を思い返しながら、駐輪場に原付を停めて玄関へ向かうと、後ろから頭を小突かれた。
「はよ」
振り返ると、三ツ谷が目を細めて笑っていた。
「おはよ」
美結と優、そして三ツ谷にも助けられて、私は停学を免れた。
「よかったな、停学ならなくて」
「悪いことしてねぇもん」
「だな」
「自宅待機した分補習だってさ、クソ」
「それは仕方ねぇよ、がんばれ」
隣で笑う三ツ谷を見ていると、また穏やかな日常が戻ってきたと思い、ホッとした。
「…助けてくれてありがと」
三人がいなかったら、私は確実に停学だった。
「オマエら見てると、何か良い気分になるんだよな」
「え?」
「やっぱり仲間っていいよな」
「……うん」
いつか、離れてしまうもしれない。
それでも、大事だと思える。
損得なしに闘ってくれるアイツらを、私の方がきっと離せない。
もしもその"いつか"が来たら、縋ってしまうかもしれないくらいだ。
教室に行くと、いつものように、彼女たちが絡みついてきた。
「おはよー!」
「おはよ」
「無事停学免れてよかったねぇ」
「ほんとありがとう」
「子供みたいに泣いてたねぇ」
「鼻垂らしてたねぇ」
「…それは忘れろよ」
二人に迷惑をかけまいと、私が勝手にしようとしたことも、きっと愛なのかもしれない。
たぶん、もう自分の大切な人たちを、離したくないんだと思う。
どんな理由があっても。


放課後、生徒指導室へ向かう。
ノックをしてから扉を開けると、すぐに生徒指導が頭を下げてきた。
「吉野、すまなかったな」
「え、いや、別に」
意外な態度で迎えられ、しどろもどろになっていると、生徒指導は顔を上げて話し始めた。
「昨日の朝、あの三人が駆け込んで来た時は驚いたよ。吉野のこと、いろいろ話してくれた。オレも変だとは思ったんだよ。ライターもないし、煙草だけあんな所に入ってるなんて」
だったら何で疑ったんだ、と腹の中で思う。
「一応、生徒指導の立場として、事実確認はしなきゃならないからな」
腹の中を読まれた気がして、背筋が伸びる。
「吉野は煙草吸わないってアイツらが言ってたよ。喧嘩っ早いけど、友達思いなんだってこともな」
そんなことを言ってくれていたんだと思うと、嬉しいような恥ずかしいような。
私の大切にしたい気持ちが、ちゃんと伝わっている気がして胸の奥がじんわり熱くなる。
「でもな、お前別件で補導されたのも事実なんだぞ。反省文な」
「あー、」
感動で胸がいっぱいになったのも一瞬。
生徒指導の無情な言葉に、忘れていた、と言えずに頷いた。
「仲間大事にするなら、日頃から気を付けろ。軽率なことはするな。悪気なくてもアイツらに心配掛けることになるんだぞ」
初めて、生徒指導の言葉が響いた。
いくらモヤモヤしていたとはいえ、時計も見ずに原付で走り続けたのは、確かに軽率だった。
もっと上手くやれたんじゃねぇかな、と考え出したら、バカなことしたな、と心底思った。
生徒指導室を出て、階段を駆け下りた。
教室に寄って荷物を持ち、玄関へ行くと、外では風が強く吹いていた。
反省文課せられたけど、とんでもなく清々しい気持ちだった。


駐輪場に行くと、三ツ谷がバイクに跨り、つまらなそうな顔をしてこちらを見ていた。
「おい」
「ん?」
「オマエ、また補導されたのかよ」
「ああ、」
やっぱりその件も耳に入ってしまったか、と思いながら、視線を逸らした。
「さっき生徒指導室にオマエの件礼言いに行ったら、聞かされた」
三ツ谷は大きな溜息を吐いてから、無表情で真っ直ぐに私の方を見た。
「夜出歩かないって言ったよな」
「あー…時計見てなくて」
この言葉を何度も言った。
事実とはいえ、言う度、言い訳臭いなと思える理由だった。
「危ねぇからやめろっつったよな?」
眉間に皺を寄せ、いつもより強めの口調で言われたのが、面白くない。
何でここまで言われなくちゃならないのか、わからなかった。
いろいろあって忘れそうになってたけど、元はと言えばコイツが落書き女とバイク屋に来たことに対するモヤモヤを解消するために、原付飛ばしてたんだ。
言わば元凶であるコイツに、とやかく言われる筋合いはない。
他の女を寄せ付けて、仲間に嫁とか言われて、否定もしなかった。
手なんて繋いできたくせに。
あんなにドキドキさせて、人の気持ち掻き乱してきて、期待させておいて、他の女が嫁だ?
ふざけんな。
思い出すと段々、腸煮えくり返ってきた。
助けてもらって停学を免れた件を、悠々と超えてしまう。
「……クソヤロウ」
そう吐き捨てると、三ツ谷の眉間の皺がより深くなった。
「は?オマエのこと心配してんだろ?この間のレディースのヤツらだって、またいつ何仕掛けてくるかわかんねぇし」
「んなのテメェに関係ないね」
「…オマエなぁ、」
またいつもみたいに心配してくれてんの?
だけど今回の件に関しては、大きなお世話だ。
呆れたように話す三ツ谷に、笑顔を作って向ける。
引き攣っていようがなんだろうが、どうでもいい。
「仲間っていいよな」
「あ?」
「私たち、友達であり仲間じゃん?これ以上、私の中に入ってこないでくんね?」
その言葉に、三ツ谷は目を丸くした。
友達である私に対する自分の距離感がバグっていたことに、ようやく気付いたんだろうか。
「嫁とお幸せに」
捨て台詞を吐いてから、三ツ谷の横を通り過ぎ、足を進めて自分の原付の所へ行った。
自転車の間からそれを出して、エンジンを掛ける。
横目に三ツ谷の様子を見ると、彼は前を向いたまま、動かない。
反省してんのか、考え込んでるのか、はたまた何も考えていないのかは、わからない。
「…もう知らねぇ」
独り言を呟いてから、原付に乗り、スロットルを回した。
自分からまた、線を引いてしまった。
だけど、ここで線を引かないと、もう戻れない。
ゼロに向かっていくのは、怖い。


とにかく、面白くない。
何だか、またこのまま原付で走り続けても、スッキリしそうにない。
バイク屋に行く気にもなれなかった。
つまらないけど、まっすぐ家に帰る選択をする。
思い返すと、自分が勝手に浮かれていただけだったんじゃないかと思う。
ちょっと気があるような素振りをされただけで、勝手に気持ちが盛り上がって、勝手に怒りをぶつけた。
だって、アイツの考えてることなんて知らないし、本当の気持ちなんて、もっとわからない。
頭の中で考えてるのが、三ツ谷のことばかりで悔しい。
あんなこと言っちゃって、明日からどんな顔して会えばいいんだろう。
そんなことばかり考えていると、近くの公園から子供が遊んでいる声が聞こえてきた。
こんな強い風の中で遊んでるなんて、元気でいいよなあ、とぼんやり思っていると、少し先で、右手の公園からボールのようなものが転がってきた。
飛ばしていた原付のブレーキを掛けようとした瞬間、そのボールを追いかけて、小さな子供が勢い良く飛び出してきた。
やばい、跳ねる、と思った。
咄嗟にハンドルを左に捻って、縁石に乗りあげると、体が宙に舞った。
世界がスローモーションで反転していって、あ、私死ぬんだ、と思った。
何で、最後にあんなに可愛くないこと言っちゃったんだろう。
こんなことになるなら、ゼロになってもいいから好きって、言っておけばよかった。
言葉にもしていないのに、私だけがいい、なんて勝手すぎたかな。
どんな理由があっても大切だから離さない、という選択肢は、三ツ谷に対しても選ぶべきだったんじゃないかな。


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