バイクに跨ったままぼんやり、彼女の言葉を反芻していた。
やっちまったな、と思った。
彼氏でも何でもねぇくせに。
夜出歩くなとか、危ねぇからやめろとか。
芽衣が腹立てるのも当然だ。
だってオレは、何も言葉にしていない。


エンジンを掛けて、バイクを走らせる。
何処かに寄る気にもなれなくて、家に直行した。
家に着くと、ルナとマナが茶の間で学校の宿題をしていた。
「ただいま」
「お兄ちゃんおかえりー」
「おかえりー」
「宿題してんのか?エラいじゃん」
「まあねー」
少し褒めると、マナが得意げに答えた。
しっかりやっている妹たちを残し、部屋に入って床に転がった。
最近の芽衣とのことを、いろいろ思い出していた。


体育祭で、涙を流す彼女を見た時、どんな理由なのかハッキリわからなかった。
美結ちゃんと優ちゃんに聞かされていたこともあって、芽衣は何も悪くないってことだけはわかっていて、また自分の中で何かと闘ってるんだろうなって思った。
抱き締めてやることしかできなくて、情けねぇなと思いながらも、彼女が涙を見せるのはオレの前だけであってほしいなんて、我儘なことも考えてた。
その後、突き放すようなことを言ってきたけど、芽衣がいなきゃオレがダメになっちまうってことも、素直に言えた。
オレから離れたいと突き放す彼女から、意地でも離れてやらねぇ、と思った。
オレの中から芽衣の存在がなくなるなんて、もはや有り得ねぇと思ってたから。
だけど、離れたいと言う彼女の気持ちは、やっぱりオレとは違うんだろうなって、この時は思った。
いつになったら自分の気持ち言えるんだよって思うのと同時に、やっぱり焦る必要もないのかもしれねぇなって悠長なこと考えてた。


そのくせ、修学旅行の夜に部屋を抜け出して会った時、心の底から溢れ出てくる自分の気持ちを抑えられなかった。
お守りを渡した時の芽衣の目は、信じられないほど輝いていた。
表情はいつもとほとんど変わらないのに、少しだけ上がる口角と、光の宿った瞳に、胸の奥がギュッと強く締め付けられた。
焦らなくてもいいなんて考えてたくせに、ああ、オレ本当は今すぐにでもこいつのこと欲しいんだ、って思ってしまった。
本能的に触れたくなってしまって、唇を寄せようとした瞬間、ギュッと目を閉じた芽衣は、少し震えていた気がした。
その様子を見て我に返って、誤魔化すように彼女のおでこを叩いた。
何先走ってんだよって、マジで焦った。
芽衣をオレの方に向かせるために、それまでいろんなことを試してきた。
名前を呼んだり、頭を撫でたり、抱き締めてみたり。
彼女に対する愛おしいを、最大限見せてきたつもりだった。
泣かせてしまったこともたくさんあったけど、それ以上に笑った顔が見たかった。
きっとオレだけに見せてくれた顔もたくさんあって、だからこそ愛おしさが増した。
オレだけに笑いかけてほしくて、他の男なんて見てほしくなくて。
バイク屋でイヌピーと親しげにしていた時、完全に嫉妬してた。
イヌピーにその気がねぇってわかってても、芽衣の心の中まではわからねぇし。
オレの気持ちが少しでも芽衣の中を侵食していかねぇかなって願って絡めた指も、彼女の反応を見た時、もしかしてオレの気持ちも少しは伝わってて、彼女の中にオレの存在の居場所があったりするんだろうか、なんて考えちまった。
それに少し安堵して、心に余裕が出来た。
このまま芽衣を大切にしていたら、確実にオレが彼女の心に居座ることができるんじゃねぇかなって。


芽衣が自宅待機になった時、彼女の仲間たちに聞かされて、すぐに協力すると返答した。
アイツが困った時、どうにかするのは絶対にオレなんだって思いたかったし、以前バイクに落書きされた時、何もしてやれなかったことをずっと後悔してた。
もう彼女の全てを取り零したくなかった。
嬉しいことも、困ったことも、悲しいことも、全部だ。
それなのに、無神経に彼氏ヅラしてしまっていた。
以前のオレなら、何かあったのか訊いたり、訊けなきゃ海に連れ出したりして、少しでも詰めていた。
彼氏ヅラしてぇとか、そんなつもりはなかったはずなのに。
絡めた指を拒否されなかったことが、オレが彼女の特別になれている気になっちまってたんだろうな。


芽衣が最後に吐き捨てるように言った言葉も、思い当たる節があった。
先週末、ドラケンの店に行った日だ。
後々考えると、おかしいと思った。
あれだけあのバイク屋が好きで、夏休みに入り浸ってたヤツが、お土産だけ置いてすぐ帰るなんて。
今思えば、オレが店に入った時、アイツもそこにいたんだろう。
店の前でバイクを降りた時、偶然会ったクラスメイトの女子がなんやかんや言いながらついてきてしまって、今は絶対に芽衣と鉢合わせたくねぇな、なんて考えてた。
店に入って、さっきまでそこにいたけど帰った、と聞いた時、心底ホッとした。
このクラスメイトの女子とオレは、それ以上でも以下でもない。
正直、オレに気があるんじゃないかって思うことも時々あるけど、そんなことはどうでもよかった。
ドラケンに、「もしかして嫁か?」なんて聞かれた時も、どうでもよすぎて、面倒で、返事なんてする気になれなかっただけ。
もし、芽衣がその場にいたら、オレは間違いなく全力で否定したはずだ。
変な誤解はされたくねぇし、オレが見てるのはオマエだけなんだとまで、言っちまってたかもしれねぇ。
ただ、そこに姿が見えなくても芽衣がいたなら、話の辻褄が合う。
いくら本人がいなくても、事実じゃないことは、ちゃんと否定するべきだった。
その時それに気づけなかったオレは、彼女の言う通りクソヤロウだ。
いろんなことを思い返して、気持ちが伝わっているんじゃないかなんて、少しでも思ってしまった自分の傲りに、心底腹が立った。
言葉にせずに愛おしいを見せてきたことが、逆に壊してしまった。
つまらないことを否定するのを面倒臭がっただけで。


悶々とした気持ちのまま、体を起こして、鞄の中を漁った。
バイクのキーを手繰り寄せると、そこに付けた、芽衣から貰ったお守りを握りしめる。
「おにーちゃん」
「あ?」
部屋の戸が半分開いて、マナの声に振り返る。
ルナとマナが二人並んでこちらを見ていた。
「何でそんなに元気ないの?」
「芽衣ちゃんと喧嘩でもした?」
心配そうなマナの声とは正反対に、少し強めなルナの声。
何も言っていないのに、何でわかってしまうんだろう。
「お兄ちゃん、大事な子にはちゃんと大事なんだって、伝えないとダメだよ」
「え…」
心の中を見透かすように、ルナは話した。
「芽衣ちゃん美人だから、お兄ちゃんがそうやってウジウジしてる間に、他の男に取られちゃうかもね」
誰かにそう言われると、本当にそうなってしまうんじゃないかって気になってしまう。
もう一度、お守りをギュッと握りしめると、大きく息を吸った。
「……なぁ、今日の晩飯、ルナに任せていいか?」
オレが問い掛けると、ルナは胸を張った。
「任せて!お兄ちゃんは芽衣ちゃんとしっかり話でもしてきなよ」
妹に奮い立たされるなんて、情けねぇ兄貴だ。
バイクのキーを握り締め、部屋を出た。
駐輪場からバイクを出して、半キャップを被ると、エンジンを掛け、走り出した。
つまらないことは全部否定して、オレの本当の気持ちを全部、話そう。
言い訳だとか、嘘だって思われても仕方ねぇ。
オレがまいた種だ。
それでも、このまま彼女の中からオレの存在が消えてしまうのは、死んでも嫌だった。
もう打算なんていらねぇよ。
何でもっと早く気付かなかったんだ。
こっち向いて欲しいなら、ああだこうだ考える前に、最初から言葉にしておけばよかった。


バイクを走らせて、彼女の家に向かった。
何て言おう、なんて考える必要もない。
カッコ悪くてもダサくても、全部曝け出す。
オレが今考えてること、全部だ。
芽衣の家の前でバイクのブレーキを掛けて止まると、丁度玄関の扉が開いた。
「…あら?」
「あ、」
彼女の母親らしき女性が慌てた様子で出てきた。
「芽衣のお友達?」
「あー…、はい」
「芽衣の母です、いつもお世話になってます」
「あ、いえ…」
友達、という関係を今自分で肯定するのは何となくモヤモヤする。
だけど今のオレたちの関係が、友達であることには間違いなかった。
それより、慌てた彼女の母親の様子が気になった。
「あの、芽衣さんいますか」
「実はあの子、」


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