またバイクを飛ばしていた。
彼女の母親から、芽衣は原チャリで事故って救急車で運ばれた、と聞かされた。
急いで仕事から戻って、タクシーを呼び、これから病院に向かうところだと。
搬送先を聞いて、すぐにバイクを走らせた。
有り得ねぇよ。
あんな別れ方しておいて、何やってんだ?
救急車で運ばれる程の事故って。
もしアイツに何かあったら、一生後悔する。
思い上がって、自分勝手なことばかりした。
腹の奥底で思っていることなんて、まだ半分も言えてねぇよ。
アイツのオレに対する本当の気持ちだって、何一つ聞けてない。
あんなので、はい、おしまい、なんて絶対有り得ねぇ。
「無事でいてくれ…」



病院に着くと、エントランスをくぐり、院内のマップを見て、足早に救急外来に向かった。
救急受付の前まで来て、彼女が今どこにいるのか尋ねようとした時、一瞬足がすくんだ。
家族でもないのに、何か教えてもらえんのか?
もしどうにかなってたら、オレはそれを受け入れられんのか?
ここまで来ておいて、急に怖くなった。
その場で暫く立ち尽くしていると、処置室らしき部屋から出てきた彼女が目に入った。
頭に巻かれた包帯と、傷だらけの顔を見て、何も考えられずに駆け寄った。
「え、三ツ谷?アンタ何でこんなとこに、」
オレの存在に気付いて驚く芽衣の言葉を遮って、抱き締める。
「ちょっと、何?」
驚いたような、呆れたような、いつもの調子のその声に安堵して、喉の奥が突っかえそうになる。
今言わなかったら、オレは正真正銘のクソヤロウだ。
「好きだよ」
全部溢れ出てきた。
自分の視界が歪んできて、心底ダセェと思った。
彼女を失ってしまうかもしれないと思って、やっと言えたことが、マジでダセェ。
だけど、もう日和らねぇ。
涙が溢れて止まらなくて、零れ続けるのも構わない。
嫌われてもうんざりされても、もう絶対に冗談だなんて言わねぇ。
それ以上何も言えずにいると、彼女が少し力を込めて、オレの胸を押した。
抱き締めていた腕を解いて芽衣の顔を見ると、彼女は眉間に皺を寄せて、鋭い視線でオレを見ていた。
「………こんなとこでやめてくんね?…急に何だよ」
そうだよな、彼女からしてみたら、オレの言ってることが何一つ繋がらねぇのは当然だ。
傷だらけの彼女の頬に、両手でそっと触れる。
芽衣は目を丸くして、オレの目を見ていた。
涙がボロボロ零れてきて止まらないクソダセェ自分を偽る必要は、もうない。
「芽衣が好き」
何度だって言うよ、オマエがちゃんと聞いてくれるまで、何度も。
「……また冗談、だよ、ね?」
困ったように眉を下げて途切れ途切れに話す彼女を、もう一度抱き締めた。
「前のも冗談じゃねぇけど、本気」
「嘘だ、」
「嘘じゃねぇよ」
「嫁は、」
「ンなもんいねぇし、なってもらうならオマエしかいねぇわボケ」
そこまで言うと、芽衣は腕の中で嗚咽を漏らした。
「……私も、三ツ谷が好き」
嗚咽の隙間で紡がれた言葉に、また涙が溢れてきて、やっぱりオレはクソダセェな、と思った。
もしかしたらこんなに時間を掛けなくても、彼女はオレの方を向いていてくれたんじゃないかって、今なら思える。


二人とも泣き止んで少し落ち着くと、処置室の前の長椅子に並んで座った。
「……何事故ってんだよ」
「ぼんやりしてたら子供が飛び出してきて」
「あー、自爆を選んだわけね」
「……そんな感じ」
「オマエらしいわ」
頭を撫でると、彼女は俯いて、小さな声で呟いた。
「あんなこと言って、ごめん」
「ん?」
「ただのヤキモチだから、あんなの」
「ああ、やっぱそうだよな」
「もう忘れて」
「忘れるわけねぇじゃん。ヤキモチ妬いてくれるほど、オレのこと好きだってことだろ?」
オレの問い掛けに、芽衣は小さく頷いた。
「やべぇな」
「何が」
「嬉し過ぎて、死んじまいそう」
「…バカじゃねぇの」
「はは」
悪態をつく彼女も、いつも以上に愛おしい。
「しっかし、縁石乗り上げて宙舞った割に軽傷すぎねぇ?」
「何か無意識に上手く受け身取れてたらしい」
「すげぇな」
「頭ぶつけてちょっと切れた程度で済んだ」
オレが笑うと、彼女も笑みを零した。
「なぁ、」
「ん?」
「オレ、芽衣のこと大事にするよ。ずっとこうやって一番近くにいてくれねぇかなって思ってる」
とどのつまり、一括りに友達や仲間じゃなくて、唯一無二の存在になってほしい。
「友達はもう終わりにして、彼女になってくんねぇ?」
正面の真っ白い壁を見つめたままそう言うと、彼女はオレの手に触れた。
「私でいいの?」
「オマエしかいねぇって言っただろ」
芽衣の方を見ると、彼女もオレの方を見た。
「素直になれないことばっかだと思う」
「上等」
「だけど大切にしたいのだけは絶対変わらないから、それだけは忘れないで欲しい」
「ん、わかった」
オレの手に触れるその小さな手を握る。
指を絡めると、あの夜と違って強く握り返してくるもんだから、何があっても、もう絶対離してやんねぇ、と思った。


「芽衣」
隣の彼女の名前が呼ばれて顔を上げると、そこには先程会った彼女の母親がいた。
オレが会釈をすると、芽衣は繋いだ手を咄嗟に離した。
「あなた、さっきの」
彼女の母がオレの方を見てそう言うと、
「友達だよ」
遮るように芽衣が言った。
"友達"と言われたのも癪だったけど、何よりこういう時は嘘とか吐きたくねぇなって思った。
「違います。さっき彼氏に昇格しました」
真っ直ぐに芽衣の母親の目を見ながらそう言うと、
「芽衣、こんなに素敵な相手いたのね」
なんて、彼女の母親は笑った。
その言葉に恐縮していると、彼女の母は何かを思い出したように両手を合わせた。
「もしかしてだけど、三ツ谷くん?」
「えっ」
今名乗ろうとしていた名前を口にされて、何で知られてるんだ、って一瞬ヒヤッとした。
芽衣を見れば、彼女は照れているのか俯いたまま顔を上げない。
「前に借りたジャージを洗濯したことがあって」
「あ、オレです」
海に行って二人でずぶ濡れになってしまったあの日だ。
あの時もう既に芽衣はオレの中で特別な存在だった。
考えてみれば、それよりもっと前。
きっと初めて声を掛けたあの時から、彼女を知りたいと思っていた。
「吉野さーん」
処置室の扉が開いて、芽衣が勢いよく立ち上がる。
「中どうぞー」
看護師に呼ばれ、処置室に入ってく彼女の背中を見ながら、小さく溜息を吐いた。
「…あの子、意地っ張りでしょ」
空いたオレの隣に腰を下ろしながら、彼女の母親が話す。
「昔ね、あの子に期待掛けすぎてたんだよね」
「…期待?」
「たくさん習い事させて、友達と遊ぶこともあんまりなかったんじゃないかな」
だから器用に何でもできちまうところがあんのかなあ、なんて考えていると、彼女の母親は苦笑いした。
「中学に上がって、急に反抗期っていうのかな、髪の毛染めて、喧嘩なんかするようになっちゃって」
「ああ、オレ中学同じなんで…まあ、知ってます」
「あ、そうなのね」
オレも元暴走族だなんて言ったら、印象が悪くなるかもしれないし、今は言わないでおこうと、視線を逸らした。
「大事に大事に育ててきたつもりだったけど、結局は私たち親のエゴだったんだって、気付かされて」
「子供はさ、私たちが思うよりしっかり意志があって、自立心が強い。だから、自由に好きなことさせてみようって」
「……好きなこと」
「でもあの子がいろいろ迷ってることには気付いてて……どのタイミングで助言してあげたらいいのか、手を出していいのかわからなかったんだよね」
確かに彼女はいつも、自分には何もないと言いながら諦めたような顔をしてた。
「気がついたら、最近少しずつ落ち着いてきて…もしかしたらいい友達に出会えたりしたのかなって、思ってたところ」
彼女の母親は目を細めて、オレを見た。
「三ツ谷くんの存在も、きっとすごく大きいんだろうな」
「え、」
「芽衣は素直じゃないところもあるし突っ張ってるけど、案外可愛いところもあるからよろしくお願いします」
親の私が言うのもなんだけどね、と付け足して、笑った。
案外どころじゃない。
オレにとって芽衣は、素直じゃないところも含めて可愛い。
強がりなところも、そのくせ泣き虫なところも、全部だ。


処置室の扉が開いて、芽衣が顔を覗かせると、つまらなそうに口を開いた。
「何かいろいろ検査と安静で2泊入院だってさ。中で説明聞いてくれる?」
「マジかよ」
芽衣と彼女の母親が処置室の中へ入っていく後ろ姿を見ながら、溜息を吐く。
今生の別れにならなくて本当に良かった、と心から思った。
オレは人生で最大の運を使っちまったんじゃねぇかな。
芽衣に大きな怪我もなく、そんな彼女に自分の想いを伝えて、彼女も同じ気持ちだと知って。
絶対大切にしなきゃならねぇなと思いながら、天を仰いだ。


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