「寒すぎるわ」
窓際で両手を擦り合わせながら、購買のパンをかじる昼休み。
「あと少しで今年終わるよ」
「やば」
三ツ谷と付き合い始めて一ヶ月。
メールでやり取りをしたり、時々一緒に帰って公園でくだらない話をしたり、これといって大きな出来事はなかった。
「あ、そういえば今日三ツ谷くんと帰るんだっけ」
「うん」
「何か芽衣と三ツ谷くん、焦れったいんだよなぁ」
「何が?」
「何がって」
美結は唇を尖らせながら、私の脇腹を突っついた。
「バイクにニケツはもう付き合う前からデフォじゃん?」
「うん」
「何かイチャイチャ〜って感じが想像できなくて」
「は?」
「2人きりになったらチューするかと思いきやまだって言うし」
「ば、」
確かに私自身も、三ツ谷と付き合ってから恋人らしいことをするなんてことが全然想像できてない。
バイクに乗る時掴まることはあっても、向き合ってハグすることもなければ、手を繋ぐことだってない。
付き合うって決めたあの日が触れ合ったピークだったのかもしれない。
隣で美結の話を頷きながら聞いていた優が口を開く。
「三ツ谷くん、手早そうだなーって勝手に思ってたけど意外とヘタレ?」
「あ、そっち?」
二人のやり取りに少し考え込む。
三ツ谷が私に触れたいと思うことはないんだろうか。
距離感は付き合う前から何も変わらない。
変わらないってことはきっと、ずっと、このままなのかもしれない。
そんなことを考えていると、美結が笑いながら私の頭をわしゃわしゃ撫でた。
「大事にされてるってことでしょ」
「それね」
誰かに大事にされることは本当にありがたいことで、でもそれは、他の人とは違って、三ツ谷にはもっと私を知って欲しいし、私だってもっと三ツ谷のことが知りたい。
「こうなったら芽衣からちゅー作戦だ!」
「は!?」
目を輝かせる美結の頭を小突くと、優も乗ってきた。
「いや、ありだな」
「そんなことできるわけ、」
「芽衣だってそろそろ何か起こさないと、大事にされてるだけじゃ足りなくない?」
そうかもしれない。
私自身はどうなのって考えた時、もっと知りたい、もっと触れたい、そんな思いばかりだって気付く。
一緒にいる時、胸がきゅっと締まるあの感覚を、三ツ谷に伝えたい。
「ウス、待たせてわりぃ」
駐輪場で、三ツ谷のインパルスの横にしゃがみこんで待っていると、彼が現れた。
「全然、大丈夫」
三ツ谷はポケットからキーを取り出してバイクに刺した。
「今日どうする?どっか行く?」
いつも私に委ねる三ツ谷は、ずるいなと思う。
「…海、見たい」
私の言葉に、三ツ谷は一瞬目を丸くして、直ぐに微笑んだ。
「オレも、行きたいと思ってた」
三ツ谷のバイクに二ケツして、季節外れの海に辿り着いた。
バイクから降りると、防波堤に上がって、海を眺める。
風はなくて、波は穏やかだった。
三ツ谷はその横に腰を下ろして、私の制服の袖をクイッと掴んだ。
「え、」
「座って」
「うん」
今まで、こんな事をされたことがなくて、少し戸惑いながら三ツ谷の隣に腰を下ろした。
「知ってた?オレら付き合ってもう一ヶ月なの」
「知ってるよ」
「何かあっという間だよな」
「ね」
三ツ谷の言葉に相槌を打つだけになってしまっている。
何を言おうか考えていると、三ツ谷の手が私の頬に伸びてくる。
驚いて目を見開くと、三ツ谷の手が私の髪を掬った。
「相変わらず傷んでんな」
笑いながらそう言う三ツ谷に、一瞬でもドキッとしてしまった自分がバカだと思った。
「うるせぇよ」
いつものように返事をして、そっぽを向いた。
もしかしたら、私だけがもっと触れたいと思っているのかもしれない。
三ツ谷にとって、私は何なんだろう、どうしたいんだろう、そんなことが頭の中を巡っている。
「いじけんなよ」
「いじけてねぇよ」
笑いながら私の髪を触り続ける手に、速まったままの心音が落ち着かない。
「なぁ」
「なんだよ」
「こっち向けって」
きっと三ツ谷からしたら、こんなことは何でもなくて、でも私はどうしようもないくらい、こんな些細なことで胸が苦しくなる。
この距離で目を合わせることだってドキドキするんだよ。
そんな気持ちが伝わらないように、精一杯何でもないフリをして三ツ谷の方を向いた。
目が合うと、三ツ谷は眉を下げて笑った。
「…オレだけ?」
「…何?」
「もっと触りたいとか、思ってんの」
「え、」
その言葉に驚いて何も言えないうちに、三ツ谷の顔が近付いてきた。
ぎゅっと目を閉じると、唇に柔らかい感触がした。
息をしてたか止めてたかもわからないくらい、頭の中がごちゃごちゃしていた。
だって、私だけだと思ってたから。
唇が離れて、ぎゅっと閉じていた目を開けると、三ツ谷は見たこともないくらい頬を赤く染めて、目を細めていた。
「芽衣、好きだよ」
その表情にまた胸がきゅうっとなって、今度は私から三ツ谷にキスをした。
「私も好きだよ」
私の言動に酷く驚いた様子で、三ツ谷はしばらく目を見開いて固まっていた。
「…ホント、ずりぃわ」
「どっちが」
恥ずかしくなって三ツ谷の肩を小突くと、今度はどちらからともなく唇を合わせた。
「オレさ、ずっと自信なくて」
「何の?」
「芽衣の彼氏っていう自信」
「何それ」
「だってさ、友達の時から良くも悪くもずっと何も変わらなくて、ちゃんとオレのこと好きでいてくれてんのかなって思っちまったりするんだよ」
そう言ってから、三ツ谷は私の手を取った。
「でももう大丈夫だわ、ありがとな」
少し照れくさそうに笑う顔が、愛おしい。
「私だって、もっと触れたいし、知りたいよ、三ツ谷のこと」
悶々と考えていたことは、この海でなら素直に伝えられる。
「好きで好きで堪んねぇよ、アホ」
少しも可愛くない言い方をしたのに、三ツ谷は歯を見せて笑った。
「ンだよそれ、可愛すぎるわ」
重ねた手をさらに強く握って、空いている手で私の髪を撫でた。
「この傷んだ髪まで好きだわ」
「悪口なのかそうじゃねぇのかわかんねぇわ」
日が落ちるのが早くなって、辺りが薄暗くなってくると、私たちはどちらからともなく立ち上がった。
「さて、帰りますか」
「うん」
今日、海に行きたいと言えてよかった。
タンデムシートで揺られながら、三ツ谷の背中に耳を当てる。
一歩だけかもしれないけれど、彼の中に入っていけた気がして、頬が緩むのを抑えるように唇をきゅっと結んだ。
私の考えてることなんて、所詮ただの煩悩だ。
それだけ三ツ谷が好きなんだ、と改めて実感してしまって少しだけ悔しくなった反面、こんなに好きになれたことに驚いてる自分もいる。
三ツ谷の腰に回した腕に力を入れて、いつもより少しだけ強く抱き締めた。
backtop