週末、真っ暗な部屋の片隅で、膝を抱えて啜り泣く。
何があった訳でもないけれど、最近夜になると毎日のように、私は一人なんだなあと考えてしまう。
仕事も上手くいかないことが多いし、生きててもいいことないなあ、とか思う。
ベッドにもたれかかると、何だか眠くなってくる。
このまま目が覚めなければいいのになあ。


ピンポン


微睡みかけていた意識が、一気に現実に引き戻される。
携帯の時計を見ると、23時を指している。
こんな遅くに宅配便が届くはずはないし、もちろんピザだって頼んじゃいない。
わたしを訪ねてくる人なんているはずもないのに、無意識に立ちあがった。
仕事が終わって帰ってから、何も食べていない。
空腹と、泣きすぎて疲れたせいで、よろけながら玄関へ向かう。
何の躊躇もせずに、チェーンを外して鍵を回せば、勝手にドアノブが回った。


「バカか、おめーは」


ゆっくり開いたドアの隙間から、ツートーンの髪が覗いた。
「いま躊躇せずに鍵開けたろ」
開ききったドアの先には、タカちゃんがいた。
きっと私は、絵に描いたように、目を丸くしているに違いない。
私が何も答えないでいると、タカちゃんは少し強引に玄関に入り込み、扉を閉めた。
「いつも言ってんだろ、確認してから開けろって」
手際よく鍵を回し、チェーンを掛けたタカちゃんは、そっと私の頭を撫でた。
「寝てた?電話出ねえから心配した」
さっきまで泣いていたせいで、涙腺が緩い。
少し屈んで目線を合わせてくれたタカちゃんと目が合った瞬間、涙が零れた。
「悪かったよ、最近立て込んでて全然来れなかった」
困ったように眉を下げたタカちゃんを見ると、涙が溢れて止まらない。


「…もう終わったのかと…思ってた」


蚊の鳴くような声を絞り出すと、タカちゃんはそっと、私を抱き締めた。
「なまえ、飯食った?」
優しく抱き締めるタカちゃんの腕の中で、首を振る。
「ちゃんと食ってねえだろ。痩せてんじゃねえか」
体重計なんてもうしばらく乗ってない。
抱き締めるだけで、私の体重まで分かっちゃうタカちゃんはすごい。
「職業病?」
ぐずぐずと鼻を啜りながら尋ねると、タカちゃんは笑った。
「普通抱き締めて体型とかわかんねえよ」
採寸するのに抱き締めねえし、と付け加えて。
「じゃあ何で、わかるの」
「お前のことならなんでも分かるよ」
頬を擦り寄せ、私の後ろ頭を優しく撫でるタカちゃんに、胸がきゅうっと締め付けられる。
「寂しい思いさせてごめん」
声にならなくて、首を横に振ると、タカちゃんは抱き締めた体を離し、目を細めた。
「飯食えそ?オレ腹減ったし簡単に何か作ってもいい?」
私が頷くと、タカちゃんにリビングのソファまで誘導される。
「ちょっと待ってて」
そう言い残し、彼はキッチンへ向かった。


夜になると、憂鬱になる。
タカちゃんの仕事が忙しいことは知ってるし、私ばかりに構っていられないのは当然。
理解してるつもりなのに私は、時々、世界中でたった一人ぼっちになった気がしてしまう。
そんな時は、真っ暗な部屋で気が済むまで泣いて、そのまま寝落ちする。
最近は、仕事終わりに遅くなっても必ず連絡をくれるタカちゃんに、返信できないことも多い。
朝になると、仕事に行くための準備で、憂鬱になる暇もない。
仕事をしている間は、ただひたすらに業務をこなす。
職場には良くしてくれる先輩もいるし、可愛い後輩だっている。
そのおかげで、何も考えなくて済む。
帰りの電車に乗り込むと、少しずつ憂鬱になる。
家に着くと、完全に力が抜ける。
私は、何がしたいんだろう。


「お待たせ」
ぼんやりしていた私の視界に、タカちゃんが入り込んでくる。
タカちゃんはテーブルに器と蓮華ををふたつずつ並べると、座布団の上に腰掛けた。
「雑炊?」
「そ。食えそうなら」
器からたつ湯気をみていると、何だかお腹が減ってくる。
「食べる」
ソファをおりて、タカちゃんの隣に座った。
「いただきます」
「どうぞ」
蓮華を手に取り、湯気の立つ雑炊を口に運ぶ。
優しい味が口いっぱいに広がって、また涙が零れそうになった。
夢中で食べて、すぐに器は空になった。
こんなに美味しいと感じるご飯は、久しぶりだ。
「タカちゃん、おいしかった、ご馳走様」
「はは、いつもより食うの早いじゃん。おかわりねえぞ」
タカちゃんは嬉しそうに目を細めた。
かと思えば、すぐに眉毛が下がって、私の頬に手を伸ばした。
「久しぶりに早く終わったから電話したけど出ねえし、寝てんのかなーと思ったけど、」
タカちゃんの親指が、私の目尻を優しく擦る。
「何泣いてんだよ」
やっぱりタカちゃんにはバレてしまうんだなあ、と思いながら、目を逸らした。
「何かあった?」
尋ねる声が優しくて、また涙が溢れてきた。
目を逸らしたまま首を横に振ると、彼は立ち上がり、ソファに腰掛けた。
「ほら、こっち来いよ」
隣に腰掛けると、肩を掴まれ、体を倒された。
「今日は特別に、膝枕」
そう言いながら、優しく私の前髪を指で流した。
タカちゃんの顔を見上げると、瞬きに合わせて長い睫毛が揺れる。
「仕事?上手くいってねえの?」
「そういうわけじゃないけど」
濁した返答をすると、下を向いたタカちゃんと目が合った。
「何となく仕事してるなら、辞めてもいいんじゃねえの」
自分でもわかった、眉間に皺が寄っていくのが。
今、日中何も考えないで済むのは仕事をしてるおかげだ。
辞めてしまえば、逃げ道がなくなる。
きっと一日中、部屋の隅で涙を流すことになる。
勿論、タカちゃんはそんなことを知らないし、きっと辛い思いをするくらいなら辞めたらどうか、というひとつの提案なんだと思う。
だけど、私は仕事が辛いわけじゃない。
むしろ今なくてはならないものなんだと思う。
かと言って、気持ちを紛らわすために一生続けていけるのかと言われると、わからない。
それに、どんなに大変でも自分の好きなことを仕事にしているタカちゃんにこう言われてしまうと、余計考えてしまう。
私、何してるんだろう、って。


「転職する?オレんとこ」


「え、」
前髪を撫でてくれていたタカちゃんの指が、私の眉間を捉えた。
「正直、ひとりじゃしんどくなってきてて、人手が欲しい。忙し過ぎて、いや、ありがたいことなんだけどね?」
そう言いながらタカちゃんは、私の眉間の皺を伸ばすように撫でる。
「前よりなまえに会えないし、足りてないの、オレは」
私が毎日のように泣いてる理由も、その真っ直ぐな目に、見透かされている気がした。
「タカちゃん」
「ん?」
「私、夜になると、憂鬱になるの」
自分の気持ちを話そう。
タカちゃんはきっと、笑ってくれる。
「毎日、泣いてる」
「うん、そうだろうなって思ってた」
タカちゃんは目を閉じて、また指で私の前髪を撫でる。
その指が優しくて、また涙が溢れてきた。
「私、一人なんだなあって、思ってた」
「うん」
「タカちゃんのこと、信じてない、とかじゃなくて、」
「わかってる」
「寂しかったっ…タカちゃんはいつも私のこと思っててくれてたのにっ…」
とめどなく涙が流れて、彼はそれを指でなぞった。
「オレも寂しいんだよ。一人で抱え込まれると」
タカちゃんはゆっくり私の肩を抱いて体を起こしてくれる。
促されるまま、向かい合う形で彼に跨った。
少し上から見るタカちゃんの、揺れる睫毛はやっぱり綺麗だ。
タカちゃんの前でこんなに泣いたのは、多分初めてだと思う。
もう何時間も泣き続けて、瞼が重い。
とんでもなく酷い顔をしているに違いないのに、タカちゃんは優しく私の頬を撫でた。
「何でも話して欲しいなんて、我儘言わねえ」
頬を撫でていた手が首元に回り、引き寄せられる。
「オレのことで泣くなら、オレの前で泣いて欲しい」
そう言った直後、優しく触れた唇の感触に、目眩がしそうになった。
直ぐに離れていった唇が名残惜しいなあ、と思っていると、それが顔に出ていたみたいで、タカちゃんは小さく笑った。
「で、さっきの返事は?」
「え、」
「オレんとこ、来る?」
まさかさっきの話は本当だったんだろうか。
こんな私が役に立てることなんて、あるんだろうか。
そもそも、ファッションを学んだことなんてないし。
邪魔になるくらいなら、他の人を雇った方が効率良さそうだし。
色んなことが、頭の中に浮かんでくる。
「役に立てるかどうか、とか考えてる?」
私の頭の中は、どうやらタカちゃんには透けて見えているらしい。
「何ならデスクに座って、見ててくれるだけでもいいよ」
「そんなのいいわけないじゃん」
「何で?奥さんが傍で見守ってくれるだけで、仕事の効率爆上がりよ?」
目を細めて、大きな口を開けて笑うタカちゃんを見て、私もつられて笑った。


「やっと笑った」


その優しい目を見つめていると、全てどうでも良くなってしまうから、困る。
「さらっと奥さん、って言ったのは、スルーすんの?」
その言葉に、重たい瞼を見開いた。
「なにそれ、」
「結婚しよって、言ってる」
「わかりにく…」
小さく溜息を吐いた私は、行き場のなかった両手で、タカちゃんの頬を捉えた。
「嬉しい」
絵に描いたように下がっているであろう目尻から、また涙が零れた。
「明日、休みだろ?オレも仕事行かない」
ただでさえ忙しいのに、私の寂しさを埋めようとしてくれてるのかな。
それはそれで、悪い気がしてくるな、なんて思ったら、
「だから、ふたりで結婚指輪でもデザインしようぜ」
こんな素敵な言葉をくれる。
寂しいのも、嬉しいのも、私は全部、タカちゃんと一緒がいい。
口角を上げて微笑むタカちゃんにキスを落とすと、彼は少し照れたように、私を抱き締めた。




20211010
憂鬱な夜に花束を


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