!attention
二十歳未満の喫煙描写があります。二十歳未満の喫煙は法律で禁じられています。決して、二十歳未満の喫煙を勧める物ではありません。あくまでも創作であることを、ご理解の上、お読みください。
ベランダで煙草を咥えてぼんやり、景色を眺める。
仕事から帰って吸うこの一本が、最高に美味しい。
だからこそ勿体ぶって、火をつける前にただぼんやりそれを咥えている時間も好きだ。
一定時間その楽しみを味わうと、大きく吸い込みながら、煙草に火をつける。
肺に入れてからゆっくりと吐き出した紫煙が、ゆるやかな風に流されて消えていく。
二吸い目をしようとしたところで、部屋の中から、バタバタと騒々しい物音がした。
ガラガラ、と部屋の内側から窓が開く。
「っ、ただいま」
「おかえり、タカ」
肩で息をしている彼は、窓を閉めるとすぐに私の左隣に移動して、サイドテーブル上に無造作に投げてあった煙草の箱を拾い上げた。
箱を開けて中身を一本取り出すと、彼はそれを咥えて、何も言わずに私の方を見る。
「ん」
「サンキュー」
ポケットからライターを取り出して煙草の先に火をつけると、タカは満足そうに目を細めた。
「息切らしてどうした?」
煙を吐きながら、息を整える彼に尋ねる。
「ベランダにいるの外から見えたから、急いで来た」
歯を見せて笑う彼は、最高に可愛い。
「なまえちゃんと一緒に吸いたかったから」
「別に、勝手に吸っていいよ?」
「オレはなまえちゃんといる時しか吸わねぇの」
「可愛いヤツめ」
「うるせぇな」
タカはデザイナーになるのが夢らしく、独学でその勉強をしている。
生地や道具に匂いがつくから煙草は吸わない、と出会った頃に言っていた。
彼に出会ったのは一年前。
飲み会の帰りに寄ったコンビニで、輩に絡まれたところを助けてもらった。
長髪ピアスにタレ目の男が、私に絡む輩に凄んでいるのを見て、とても驚いたことを覚えている。
歳下、しかも未成年だと聞いて、更にびっくりしたことも、鮮明に。
そんな未成年の彼が煙草を始めたきっかけが、悪い大人の影響だと考えると、少し後ろめたさがあった。
だけどそれと同時に、自分に影響された彼が、愛おしくもあった。
「今日遅かったね」
「アトリエ籠ってたら外が暗くなり始めてた」
「何作ってたの?」
「んー、作るって言うより、今いっぱいデザイン画描いてんの」
知人からビルの屋根裏を借りたから、そこでたくさん勉強したり服を作ったりしたいと以前から話していた。
彼は、ベランダの手すりに腕を掛ける私の肩に、もたれかかった。
煙草を持たない右手でタカの頭をくしゃくしゃ撫でると、彼はふふっと笑った。
「なまえちゃん、ほんと男前だよな」
「そんなことないでしょ」
「何度も言ったけど、オレはなまえちゃんのそんなところに惚れたから」
「恥ずかしいからやめて」
タカの頭に置いていた右手を移動させ、熱くなった頬を押える。
「照れ屋なとこも、勿論好きだけどね」
彼はニシシ、と子供みたいに笑った。
タカと一緒に、ベランダで煙草を吸うこの時間が好きだ。
彼に出会う前は、煙草を咥えたら直ぐに火をつけていた。
今、火をつける前に煙草を咥えたままぼんやりするのは、この時間を過ごしたくて、タカの帰りを待っているからなのかもしれない。
吸い終わった煙草をサイドテーブル上の灰皿に押し付けると、彼も同じように押し付けた。
「タカ、お風呂沸いてるし入っておいで。ご飯作っちゃうから」
「ウッス」
窓を開けて部屋に入ると、私はキッチンへ向かった。
一人暮らしの期間が長い分、小洒落た料理よりパパっと作れるものが好きだ。
彼がお風呂に入る間、ご飯を準備するのはいつものこと。
タカは歳の離れた妹たちの面倒を見ていただけあって、手際よく料理もできるし、掃除も洗濯も、卒なく熟す。
特にアイロンがけに関しては、プロなんじゃないかと思ってしまう程。
朝、パリッとしたシャツを着て仕事に行けるのは、彼のおかげだ。
出来ないことがないんじゃないだろうかってくらい、生活力が高い。
だからこそ、私は彼を甘やかしたい。
何でも出来ちゃうくらい、何でもしてきたってことだ。
いっぱい苦労も我慢もしただろうし、私といる時くらいは、何もしなくてもいいくらいでいて欲しい。
「なまえちゃん、上がった」
唐揚げを揚げている背後から、声がする。
「はいよ」
冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、彼に向かって放る。
「サンキュー」
しっかりボトルを掴んだ彼が、ペットボトルの蓋を開けながらリビングに向かいかけた足を止め、こちらにやって来る。
「なまえちゃん」
「ん?」
油に浮かぶ唐揚げに視線を戻すと、背後から急に抱き締められた。
半乾きの長い髪が視界の隅に入り、一瞬ドキッとしてしまったことは、言わない方が良さそうだ。
私の肩に頭を擦り寄せながら、彼は猫のように喉を鳴らした。
「んー」
「なになに、」
甘やかしたいのは私の方だけれど、彼からこんなに甘えてくるのは珍しかった。
「腹減った」
「もうすぐできるよ」
「あーんして」
「?」
言葉の意図が汲めなくて、振り返ると、頬に唇が触れた。
「ほら、あーん」
言われるがままに口を開くと、そこに唇が触れ、舌が入り込んでくる。
「ん、」
菜箸を置いて、その手でタカの頭を小突くと、彼は唇を離して笑った。
「邪魔しないでよ」
冷静を装ってそう言う私も、歳上のくせに本当は全く余裕がない。
「はいはい、悪ぃ悪ぃ」
口でそう言いながら、私の体を解放しない彼を何とか引っ剥がしたいけれど、今は何を言っても離してくれる様子はない。
「ほら、油跳ねるよ」
「平気平気」
背中に重みを感じながら、おいしそうに揚がった唐揚げを皿に乗せる。
「うまそ」
「タカの作ったご飯の方が、私は好きだけどね」
自分の作り慣れた料理の味より、人の作ってくれた物の方がおいしく感じてしまう。
私の言葉に、彼はまた頭をグリグリと擦り寄せた。
「ほら、冷めないうちに食べよ」
私がお皿を持ち上げても、彼は背中にまとわりついたまま。
そのままリビングへ移動し、テーブルにお皿を置いた。
「ほら、座る」
そう言うと、彼はようやく私から離れ、持ったままだったペットボトルをテーブルに置き、向かい側の椅子に座った。
「いただきまーす」
きちんと手を合わせる姿は、初めて会った時には想像もつかなかった。
チャラチャラしてるだけなのかと思ってた。
蓋を開けてみたら、妹やお母さんを大切にする、真っ直ぐな元ヤン好青年だった。
「最近家帰ってる?大丈夫?」
ご飯を頬張る彼に尋ねる。
最近、此処に来る頻度が増えている気がしていた。
昼間はアトリエで過ごして、夜になると私のアパートにやって来る。
そのまま朝まで過ごして、またアトリエに行く。
「思春期だから、ルナ」
「そっか」
「着替えるのも寝るのも気使うし、向こうも嫌だろうなって。でも時々、飯作りに行ってるよ」
妹を思っての生活なんだとわかると、少しほっとする。
私たちの始まりが、決して爽やかなものではなかったから、彼の中の比重が変化していってしまうのは、良くないと思ってた。
「お母さん、心配してない?」
「母ちゃんも、オレが妹たちに気遣ってんのわかってくれてっから。母ちゃん休みの日は顔出してるし」
目を細めて笑う彼を見ていると、本当に真っ直ぐで優しいな、と思う。
「あとは、なまえちゃんの夜一人歩き防止も兼ねて」
「タカと出会ってからはしてないよ」
「それならいいんだけど」
週末、先輩の強引な誘いで、急遽飲みに行くことになった。
今日、タカが私の部屋に来るかは分からないけど、一応遅くなるかもしれないと連絡を入れておく。
連絡を入れた直後に、電話が鳴った。
「もしもし?」
『遅くなるって何時?』
「わかんない、午前様にならないようにはする」
『ならいいけど』
「タカもたまにはお家でご飯食べたら?」
『丁度飯作りに実家帰ってきてたから、そうする』
少し拗ねたような声色が、可愛い。
『迎え行くから、連絡して』
「わかったわかった」
電話を切ると、先輩に連れ出され、会社近くの店に入った。
終始、先輩の仕事と彼氏の愚痴を聞かされた。
早く結婚したいのに、彼氏がなかなかプロポーズしてくれないと嘆く先輩。
結婚は、今の私には程遠い世界のことに思える。
未成年である彼氏の存在は、勿論会社の人には言っていないし、友達にすら言えていない。
よくよく考えれば、付き合いだして一年、私たちは昼間のデートすらしたことがない。
二人で外を歩くのは、夜のコンビニくらいだ。
これでいいのかどうか、先のことを考えると不安なことも沢山ある。
まだ若い彼には、きっとこれからたくさんの出会いもあるし、そのうち私に飽きてしまうことだって有り得る。
初めは、それで良かった。
彼が飽きるまで、彼が素敵な人と出会うまでの短い付き合いで、良いと思ってた。
彼と過ごす時間が長くなるにつれ、私の方が彼を手放せなくなりそうだった。
店員がラストオーダーを取りに来て、私は丁寧に断ると、会計をお願いした。
「先輩、そろそろ帰りますよ」
泥酔して、泣きながら愚痴を零す先輩を慰めていると、ハッとした。
今、何時なんだろう。
時計を見ると、短針と長針が重なり、テッペンを指している。
顔面からサーッと熱が引いていき、慌ててスマホを見ると、23時から10分おきに着信があった。
先輩の話をゆっくり聞くために、サイレントモードにしていて全く気が付かなかった。
会計を済ませて店を出てから、捕まえたタクシーに先輩を放り込むと、私は足早に駅に向かい、電車に乗り込んだ。
最寄りの駅で電車を降りると、着信がさらに増えていた。
折り返すと、ワンコールで電話が繋がった。
「ごめん」
彼に何か言われる前に、先手を打って謝った。
『何してんの』
声色から、怒っているのが手に取るようにわかる。
「今、電車降りたとこ」
『だろうな。駅向かうから待ってて』
「はい」
改札を通り抜け、駅の入口にしゃがみ込む。
やってしまった。
彼が心配性なのは、出会ったその日から知っていたはずなのに。
大きな溜息を吐いて、暫く俯いていると、目の前に人影が現れた。
「っ、なまえちゃん」
息切れとともに名前を呼ばれ顔を上げると、優しい声とは裏腹に、眉間に皺を寄せるタカがいた。
首筋には汗が、伝っていた。
「ごめん」
「もういいから」
私の腕を取り、引き上げると、彼は反対の手で首筋の汗を拭いながら、足早に歩き出した。
何も言わず、一度もこちらを振り返らず、彼は私の腕を引いて歩いた。
アパートに着くと、彼が手際よく鍵を開ける。
タカはそのままキッチンへ向かうと、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、私に向かって放った。
それを掴み損ねて、静まり返った部屋にボトルの転がる音が響いた。
「何してんの、マジで」
静かに言葉を零す彼は、目を合わさず俯いた。
「わかんねぇよ」
いつも歳上の私に合わせようとしてくれているからなのか、それとも元々落ち着いているからなのか、彼がこんなに幼く見えたのは、初めてだった。
「わかるわけないよ。大人になるといろいろあるんだよ」
そう告げると、俯いていた彼は勢い良く私の手を取り、寝室へ向かった。
そのままベッドに沈められ組み敷かれる。
前髪の隙間から覗いたおでこに、青筋が立っている。
すごく怒っている証拠だ。
「なまえちゃんはさ、初めて会った日からそうだよ。いつもそうやって、オレのこと子供扱いする」
そう言った彼の目に一瞬で涙が溢れ、長い睫毛を伝って私の頬に落ちた。
「こうしていじけるのも、泣くのも全部、餓鬼だと思ってんだろ?」
いたたまれなくなって、彼の首筋に腕を掛け、引き寄せた。
思い切り抱き締めると、彼の腕が背中に回った。
「泣かしてごめん」
「何でっ、そんな男前なんだよ、」
「うん」
「……っ、離したくねぇよ、」
「うん」
子供みたいに泣きじゃくるタカの背中をさする。
手放せなくなりそうなのは私の方なのに、彼が震えているのを感じると、何とも言えない気持ちになった。
「タカは、私のこと、そんなに好き?」
耳元で訊ねると、鼻を啜りながら、彼は私の目を見た。
「もう好きとかのレベルじゃねぇんだよ。どうしようもねぇくらい、愛してんの」
涙で濡れた睫毛が、不謹慎にも綺麗だと思ってしまった。
彼のこれからの事を考えたら、縛り付けておくわけにはいかないとわかっていながらも、やっぱり私は彼を離せない。
「とりあえず、落ち着こっか」
私はゆっくりと彼の体ごと起き上がり、ベッドから下りた。
彼の手を取り、ベランダに引いていく。
窓を開け、二人ベランダに出ると、サイドテーブルに無造作に投げてあった煙草の箱を手に取った。
それを二本取り出し、一本を咥えると、もう片方を彼の口元へ持っていく。
促されるままにそれを咥えた彼の顔に表情はなかったけれど、まだ涙が頬を伝っていた。
私は自分の煙草に火をつけると、大きく吸い込んだ。
ゆっくり煙を吐くと、それを再び咥える。
煙草を指で支えながら、彼の煙草の先端に、自分のそれを押し付ける。
彼はぼんやりそれを眺めていた。
「タカ、吸って」
言われるがままに彼が吸い込んだタイミングに合わせて、自分も大きく吸い込んだ。
ジリジリと彼の煙草に火が灯り、紫煙が上がった。
火がついたことに少し驚いた様子もあったが、タカはつまらなそうに息を吐いた。
「何だよ、大人の遊び?」
また自分が子供扱いされた気がして、気に入らないんだろうか。
「遊びじゃないよ」
「じゃあ何なんだよ」
表情のなかった彼が、少し苛立って来るのがわかる。
意地悪したいわけじゃなくて、ただ気恥しいだけだ。
ここまで彼に溺れてしまっている、自分が。
「……愛を、確かめ合う行為」
私の言葉に、彼は目を丸くする。
「私の方が手放せなくなってんの、君のこと」
その言葉を聞いて、彼は涙を零しながら、子供みたいに目を細めて笑った。
「なまえちゃん、やっぱ男前だよな」
少し歳上の私が、彼の目にはそう映って見えている。
暫くお互い無言で、煙を吸った。
最後の一吸いを終え、灰皿に煙草を押し付ける。
「どう、少し落ち着いた?」
「ん」
彼も同じように煙草を押し付けると、ゆっくりと口を開いた。
「ごめん、餓鬼みてぇなことして」
私の方は見ずに、目元を押さえながら、彼は溜め息を吐いた。
元々落ち着いているとはいえ、背伸びしている部分はたくさんあったんだと思う。
「色々さ、我慢しなくていいよ。無理に合わせようとしなくていい。その時その時、思ったことちゃんと、言ってね」
私がそう話すと、彼は目元を押さえていた手で、今度は私の手を取った。
「オレね、今デザイン画いっぱい描いてんの」
「うん、言ってたね」
「なまえちゃんに着せたい服ばっか描いちゃってんだよ、オレ」
タカは眉を下げて、少し恥ずかしそうに話した。
「なまえちゃんに染められてばっかのオレじゃねぇから。オレもなまえちゃんを染めたいんだよ」
その言葉を聞くと、彼には彼の想いがあることもわかる。
いつかいなくなってしまうかもしれない君を、とことん甘やかして、愛したい。
染めてしまう、だなんて後ろめたさもあるけれど、愛おしさの方が勝ってしまう。
こんな駄目な大人の我儘、いつまで言えるか分からないけど、せめて君の愛が、醒めないうちは。
20211024
cigarette kissbacktop