「三っちゃん、そこ間違ってる」
「あ?」
「その二つ前の問題、間違ってる」
わたしが指摘すると彼は、ん?あ?何だ?と頭を抱え出した。
「それさっき教えたやつの応用なんだけど」
「あ?そうなのか?」
眉間にしわを寄せる三井を真向かいからぼんやり眺めながらふと思い出していた。
三井寿とは三年間同じクラスだ。
彼は入学して割と早いうちに怪我をして、いつの間にかバスケ部を辞めていた。
一年の終わり頃から不良グループとつるんで学年が上がれば下級生を呼び出してシメるというまさに不良、をやっていた。
今年は下級生と喧嘩して病院送りになっていて、何気に三年間同じクラスのわたしは少し彼のことが気掛かりであった。
三年生になって、入学してきた一年生の中には赤い頭をしたガタイのいい子がいて、三井の仲間と入学早々喧嘩していたっけ。
そのうち三井が退院して学校に来たかと思えば、いつの間にかまたバスケ部に戻っていた。
今じゃその子たちと一緒にバスケをしている。
何とも不思議だ。
今年はインターハイ出場を決めていて、いいところまでいけるんじゃないかという噂も聞こえて来るし、何でこの男は一度バスケをやめて不良になったのかと不思議でしょうがなかった。
長かった髪は爽やかな短髪になったし、頭突きされて折れた前歯は差し歯にしたらしい。
バスケ部に戻ってからの彼は本気で部活に打ち込んでいて、授業もちゃんと出るようになったし、喧嘩はしなくなった。
彼の恩人、バスケ部の安西先生ってよっぽど凄いんだろうなあ。
「おい」
「へ?」
「何ぼーっとしてんだよ、教えろよ」
「ああ、ごめん」
そんな三井は、赤点があるとインターハイに出られないと泣きついてきた。
今日は部活に出ないで勉強をしろ、という主将命令があったらしく、放課後の教室に残り勉強を教えている。
赤木くんや木暮くんは勉強ができるのに何でこいつは、
「お、何かわかってきたぞ」
そりゃ不良やってる間は勉強なんてまともにしてないか。
しかしよく進級できたな。
教師脅したんか?
「おい、これで合ってるか?」
「うん、正解」
「っしゃー」
「でも今日徹夜しないと厳しいかもよ」
「あー・・・今日は赤木ん家で勉強合宿」
赤木くんは部活でも厳しいと聞くし、寝かせてもらえないだろうね。
「何だよその顔」
気づかないうちにニヤリと笑ってしまっていた。
ちゃんと学校来なかった分のツケが回って来たんだよ、バーカ。
とは言わないでおこう、彼が怒るとめんどくさい。
「三っちゃん変わったね」
「あ?」
「何か柔らかくなった」
「そうか?」
「あと人相」
「コラ」
一年の時の自信に満ち溢れる彼とはまた違って、今の三井は飼い主に忠誠を誓った犬のような、そんな感じ。
元々、みんなの中心にいるような人だった。
入学して最初の席替えで隣の席になったことでよく話すようになったけれど、不良になってからはほとんど関わっていなかった。
荒れてからの三井は人相が変わったし、周りはヤンキーばっかりだし、関わりたいとは思えなかった。
それが一転、バスケ部に戻った翌日だったかな、急に話しかけられたんだった。
「お前とは友達でいたい」
授業の合間の休み時間だったと思う。
席でぼんやり窓の外を眺めていたところにこの男がやって来て言い放った。
「は?」
前日まで長かった髪が短くなっていたことは、朝教室に入って来た時点で気がついて驚いたけれど、話し掛けられるとは思っていなくてさらに驚いた。
「お前とは一年の時からクラス一緒だろ」
「うん」
「一年の時お前と話するの楽しくて好きだったんだ」
「は?」
全く意味のわからない主張をされて、わたしは酷く困惑した。
お陰でまともに言葉が出て来なかった。
このやりとりを断片的に聞いていたクラスの女子が、"三井がわたしのことが好きで教室で告白したのを冷たくあしらっていた"とか、"わたしが三井に告白をしたけど友達でいたいと返事されていた"とか、変な噂が流れてしまった。
そんなことよりも、昨日まで不良で喧嘩ばっかしてた男が急に変わるものだろうか。
「不良やめたの」
「あー・・・いや、バスケ部に戻ったんだ」
「やめたんだ」
「あー・・・うん」
歯切れの悪い言葉ばかりが返ってきて、何だかどうでもよくなった。
「友達でいてあげるよ」
そう言ったわたしの目を見つめるのは、きらきらした三井の笑顔だった。
不良をやめました、とはいえその間に離れていった中学時代のバスケ部の同級生やクラスメイトがまたすぐに友達に戻れるわけじゃない。
多分、この教室に他に話せる相手がいないんだろう、と少し可哀想に思ったわたしは彼とまた、友達になった。
「なあみょうじ、」
「へ?」
「感謝してるわ」
「は?」
「俺のこと、見捨てないでくれて」
自分から離れていったんだ、見捨てるも何もない。
「別に、その時は三っちゃんが他に友達いないから可哀想だなって」
「まあなー」
少し意地悪を言ったのに、彼は全て解き終わった課題を眺めながら顎の傷を触り、間延びした声で答えた。
「でもさ、何となくクラスの雰囲気も変わったよね」
「あ?」
「三っちゃんが教室に戻ってきてから」
何でだよ、と頭を掻きながら三井は笑った。
「バスケしてる三っちゃん、かっこいいじゃん。みんなそれ知ってるんだよ」
部活に復帰してから数日後、一度クラスメイトの殆どでバスケ部の練習を覗き見に行ったことがある。
あの三井がバスケ部に戻ったらしい。髪を切ったのは部活に戻ったからで、授業に出てるのも不良やめたかららしい。ちょっと見に行ってみねえ?というクラスメイトの会話から、ぞろぞろと放課後の体育館に行った。
「三井すげーな」
「あいつ不良よりこっちの方が合ってるだろ」
クラスメイトは口々に三井のことを褒めていた。
それからクラスの男子は三井におはようとかまたなーとか、挨拶するようになったし、女子の間では三井くん実はかっこいいんじゃないかとちらほら聞かれるようになった。
そのうちに三井はクラスに溶け込んで行って、わたしもそのうちの一人、というところまで落ち着いた。
彼が解き終えた課題の丸つけをしながら、無意識的に言葉が出る。
「やっぱり三っちゃんの周りには人が集まるよね」
「そうか?」
「そうだよ」
嬉しくもあり、少し寂しくもある。
わたしだけが三井の友達でいてあげた時間は意外と短かった。
「でもさ、お前は特別だよなー」
少し感傷的になったわたしの耳に届いた声は、いつもと何も変わらないトーン。
「お前だけが俺を見捨てなかった」
「だから、さっき言ったじゃん」
「それが、特別だって言ってんだよ」
最後の問題に丸をつけ終えてふと視線を彼に移すと、目を細めた優しい笑顔が目に入る。
「ずっと友達でいようぜ」
やっぱり、少し寂しい。
だけど、わたしたちの間に流れるこの空気が好きだから、やっぱりやめられない。
20171107
「友達でいてあげるよ」backtop